16 鼠でも獅子を狩る
1
トリオは流れに乗った。
十七階層ではその後三回の戦闘があった。
いずれも、五体の影骨が出現してユーズレスを前衛として集団の動きを乱して、クリッドが遊撃に回った。危なげなく戦闘は終了した。クリッドの動きは伸び伸びとしていたが弱点のようなものも見えてきた。
クリッドの剣における技量は相当なものである。この階層までほとんどの敵を一撃で屠っている。
最初の一体だけは……上層では感じなかったが、二体目からの個体を標的にするときには判断に迷うことがある。これは、実戦不足によるところと、クリッドはおそらく独りで訓練ばかりをしてきたのであろう。
ユーズレスが誕生する遥か昔からずっと独りでその剣技を磨いてきたのだ。まるで他にやることがありませんでしたとでもいうように……そのためか、型の剣舞として美しさが輝き、実戦を想定した剣技ではないのだろう。
連撃での位置取りや、個体の動きを予測する能力、その場の判断で一歩遅れる節がある。クリッドの剣技は、常に最高の一撃を放つために最高の踏み込みと位置取りをしないと発揮できない条件付きの剣技なのだ。それは、実戦の剣とはいえない。
「なにかありましたか」
考え込んでいたユーズレスと補助電脳ガードにクリッドが聞く。
『いえ、クリッドお疲れ様でした。伸び伸びとした動きでしたね』
「どこか動きが悪かったですか」
(悪い動きじゃなかった。悪くはないぞ)
ユーズレスと補助電脳ガードは思考する。悪くはないが、最善ではないと。しかし、初の実戦でしかも迷宮探索で多くをクリッドに求めるのは違うような気がした二人であったが。
「シャチョウ、ユーズ兄上、我々はパーティーです。何か悪いところがあったら隠さずにいって欲しいです。泣いたりはしませんから……多分」
『クリッドの剣技は素晴らしい芸術です。初めの一撃は、その後の連撃や他を相手取るときには些か、ぎこちなさというか迷いがみられます』
(簡単にいうと実戦不足と想定不足やひらめきに、自信が足りない……クリッドの技が勿体ない、剣が泣いている……気がする)
クリッドは仕込み杖である剣の柄を撫でる。思い当たる節があるようだ。
「なにか助言はありませんか」
(本機は機械だから、ガードがいつも補助や高速演算で予測してくれてるからなあ)
「シャチョウからなにか」
補助電脳ガードとユーズレスは驚いた。クリッドの剣技はかなり高いレベルにある。そのクリッドが自分から助言を求めるとは予想しなかったのだ。この山羊の皮を被った羊は変わりつつある。
『そうですね。失礼かもしれませんが、クリッドはずっと独り、いや、その笑う剣と一緒に型稽古のようなものをきっと長い時間おこなっていたのでしょう』
「ええ、ある意味では私の師とでもいいます」
『その弊害でしょうね。クリッドの剣技は美しすぎるのです。動きをスキャンするとその動作の一つ一つがまるで同じです。一ミリのずれもないのです』
「それはいいことではないのですか」
『クリッド、戦闘では常に最高の一撃が打てるわけではないのです。達人は、自分の動きで相手を誘導し自分の領域に誘い込む技を持っています。ですが、それはだいたいが個人対個人です。こういった迷宮での戦闘では常に最高が打てるわけではありません』
(ガードの補助を受けた本機でもそうそうない)
『常に、【クリーンヒット】を打たなくてはいけない訳ではありません。勿論、一撃で相手を沈黙させることができれば理想でしょうが。どういった状況でも七から八の一撃放ち、時には五以下で牽制し、相手と駆け引きをして来るべき瞬間に十をたたき込むのです』
「具体的はどのようにすればいいでしょうか」
『私は剣士ではありません。テンスからは、なにかありますか』
(本機も古代図書館から電子書籍の通信剣道しか分からない。でも、クリッドには頼もしい相棒がいるじゃないか)
ユーズレスが夢剣を指さす。
カタカタカタカタ
夢剣がクリッドの腕でカタカタと嬉しそうに笑っている。
クリッドは泣かずに最後で話をすることが出来た。
2
十八階層の攻略が始まった。影骨が三体出現した。ロングソードと盾持ちと初めて弓持ちの個体が出現した。影骨の弓が速射でこちらを襲ってきたそれと同時に、ロングソードの個体がクリッドに肉薄してくる。いままでにない相手からの速攻だ。
クリッドは虚を突かれて出遅れたが、矢はユーズレスがクーリッシュの盾で防いだ。盾に矢が命中した金属音で、クリッドは目が覚めたのかユーズレスに斬りかかろうとしたロングソードの影骨に側面より周り、右脚に一撃を入れた。体勢を崩した影骨が、ユーズレスの大盾による突進で吹き飛んだ。敵の初手は防いだ。
クリッドはそのまま敵側に走り抜けると思ったが、判断に迷い弓の速射と許す。ユーズレスがクリッドの前に来て盾を構えて防御した。
〖クーリッシュの盾〗
〖種類〗大盾
〖効果とストーリー〗
巨匠クーリッシュ作による大盾。物理防御(大)、魔法防御(大)で特別な効果はない。職人による丹精込めて造られた盾。ヤシガニのはさみの構造を参考にしており、鉄鋼の薄い層とそれより軟らかいクッションのような役割を担う層を組み合わせた「柔」と「剛」の性質を持つ。技量のあるものが使用すると攻撃を受け流すことにも非常に使いやすい。使用の際に魔力を消費しない。
『速攻は潰されました。テンスを盾として接近してするか、遠距離からの攻撃の選択があります。クリッド、魔術は使えますか』
「今は……自信がないです」
(クリッド、本機が接近する。後ろについてきてここぞのタイミングで飛び出せ)
ユーズレスが盾を構えながら接近してクリッドがアタッカーとして攻撃に回った。時間はかかったが、三体を屠った。クリッドはまだどのように動けばいいのか分からなかった。時にはユーズレスの動きを邪魔することもあった。
夢剣は相変わらず、クリッド以外にはキャハハハハハと笑うようにしか聴こえない。正直な話、この階層レベルではクリッドの真紅の燕尾服には傷一つ付けられないし、生命としても魔獣と悪魔では明らかに格も違う。
クリッドが《告解》にさえ気を付ければ全くもって安全な階層であるが、機械であるユーズレスと補助電脳ガードは何も言わない。迷宮は恐ろしい場所である。多くの鼠が獅子を殺すのだ。小さな虫の毒が獅子を殺すのだ。
理から外れた存在である悪魔とて、きっと例外はないだろうから。
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