15 金獅子物語
1
「勇気と無謀ですか」
(勇気はどんな絶望の時でも覚悟を持って行動できることと偉大な先人の書に記されていた)
「無謀は」
(自分の能力以上のことをやり過ぎることと本機は理解している)
「私の先ほどの行動は無謀だったと」
クリッドはか細い声でいった。
(勇気は自分でも評価することができるが、無謀は客観的な評価だ。古来の言葉では広い意味では、イキッてる等とも訳すこともある)
「……」
(でも今回、クリッドは自分の出来ること、難しいことを知った。自分が出来る精一杯が分かったんだ。次に生かせばいい)
「私はまたチャンスを頂けるのでしょうか。捨てられないのでしょうか」
(そんなわけないだろう。クリッドは本機にとって大切な弟だからな。それにな、チャンスは気付かないだけで無限に転がってるさ)
ユーズレスと補助電脳ガードはクリッドのその言葉の意味を計りかねた。やはり、地上と魔界では風習や考え方文化も異なるのだろうと。
「私も、臆病を治して勇気あるものになれるでしょうか」
(クリッド、臆病は悪いことじゃない。臆病じゃない生き物はいない、臆病の中に覚悟と勇気があるんだ)
「メェェェ、よくわかりません。でも、兄上が私になにか精一杯を伝えてくれているというのは分かります」
(お前ならきっと優しい勇気あるものになれるさ)
ユーズレスはクリッドの頭を撫でた。シルクハットがちょっとだけクシャッとなった。
クリッドは杯の中のスープを啜った。
「おっ…美味しい。不思議です。さきほどまで、全然味がしなかったのに……とても温かい」
『……』
ユーズレスの中の補助電脳ガードがほほ笑んだ。ユーズレスもブルーの瞳を点滅させる。
グリッドは誓った。このユーズレスの言葉と魔法のスープの味を、ずっと幾千幾万の時が過ぎようと忘れないと。忌み子であった自分に、初めて優しさ言葉を教えてくれたこの機械の兄弟を決して裏切らないと……
「メェェェ、メェェェ」
悪魔は泣いた。深々と泣いた。だが、その涙は幼き頃より魔界で泣いた冷え切った涙ではなく、血の通った温かな頬をつたう涙であった。
そのあと、機械人形ユーズレスは電子書籍〖勇敢なる金獅子物語〗をグリッドに読み聞かせしながら思考する。役に立たないと思っていた電子書籍〖パワハラと社畜にならない百の名言〗を読んどいて本当に良かったと……
焚き火の薪がカサリとズレて、祝宴の聖火がユラユラと機械の【ドヤ顔】を照らした。
2
階層の階段近くの安全地帯でクリッドは寝た。クリッドによると悪魔の本格的な睡眠は数十年から百年単位らしい。本来、悪魔に一日毎の睡眠は必要ないらしいが、古来に冒険者ギルドで出していた〖迷宮初心者ガイドブック〗に則って五時間以上の睡眠を強制した。安全地帯にいるが、索敵や警戒は補助電脳ガードに任せてユーズレスもスリープモードで軽度休眠した。
起床したクリッドにはユーズレスが昨日から仕込んで寝かせていたパン生地をふっくらと焼いて、焚き火で炙ったトロトロのチーズをつけて食べさせた。
「これが噂のコスパの悪い、コスパン……悪いパンですね……ゴクリ」
クリッドが昨日に負けず劣らずの「美味メェェェ」を炸裂させていた。どこが悪いパンなのですかというクリッドの問いに、補助電脳ガードとユーズレスも「質問の意味が分からない」と答えた。クリッドは、これは良いパンですねとメェェェ、メェェェ騒いでいた。
パーティーの空気が良いパンになった。クリッドがユーズ兄上のバックパックは魔法のポケットだメェェェと高らかに叫んだ。
十七階層の再探索が開始された。
3
『《防御・小》』
ユーズレスが拠点防衛装備〖クーリッシュの盾〗構えながら五体の影骨に前進する。影骨は中央二体がロングソードを後衛一体が杖を構えている。左右の残り二体は、装備のない通常個体で《告解》の準備詠唱を行っている。
ユーズレスの巨体の後方に隠れるようにしてクリッドがついてくる。ユーズレスの突進でロングソード持ちの二体が体勢を崩す。クリッドがすかさず一体の首を刎ねて、返す刀でもう一体の右手首を切断してロングソードによる攻撃を無効化する。杖持ちの個体が味方ごと巻き込む《火球》を放ってきた。
ユーズレスが盾で攻撃を受け止める。
盾には魔法耐性が非常に高いようで傷一つ付かない。ユーズレスが動きを止めた瞬間を狙って左右の影骨が《告解》の発動条件である影を踏みもうとするが戸惑いをみせる。クリッドはすでに無力化した影骨の首を刎ねて、杖持ちが魔術を発現した隙を見逃さずに杖を両断したあとに影骨を狩った。
『《物理攻撃・極小》』
ユーズレスは戸惑う二体の影骨に大盾を横なぎに振り体勢が崩れたところを押し倒して潰した。数百キロの機械人形に潰された二体の影骨は魔石となった。
「やった、やったメェェェメェェェ」
臆病な勇者クリッドがささやかな臆病を飼いならした瞬間だった。まだまだ大きな臆病はあるしだろう。小さな一歩であるが、クリッドにとっては数百年の時を駆けるよりも大きな一歩だ。
『お疲れ様です。クリッド』
(クリッドが三体を倒してくれたから助かった。お手柄だ、クリッド)
「一人で戦うよりとても楽でした。はじめは攻撃武器でない盾で何をするのかと思いましたが、こういった戦法あるとはデュエット……いえ、シャチョウをいれてトリオですね。とにかく頼もしかったです」
(古来では敵の攻撃を引き付ける役割をタンクと呼んだそうだ。その隙に攻撃する役をアタッカー、ここに遠距離攻撃のできるシューターがいればバランスもいいが、とにかくその都度試していってみよう)
『断っておきますが、テンスは装備いかんで狙撃手、魔法職もこなせます。今回は魔力の省エネのためタンクが最適解ですが』
「凄いメェェェ、兄上はなんでもできるメェェェ。さっきの《告解》も全く意に介さなかった。本当に凄いメェェェ」
クリッドがユーズレスを褒めたたえる。
『(ハハハハハハハ)』
「どうしたメェェェ、なにかおかしなこと言いました」
(クリッドだって、本機の影はお前が持って行っただろう)
『現在、テンスの影はクリッドの受肉の際に《強奪》されたためありません』
「あ、そうだったメェェェ」
影のない機械人形ユーズレスと補助電脳ガードがニヤリと笑った。
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