14 オニイサン
1
十七階層に突入した。
階層自体の構造の変化はなく、ユーズレスを先頭として補助電脳ガードが索敵を担い、クリッドが万が一に備えて後方の警戒をする。
「魔石、お宝、ザック、ザック、ザックザメェェェ」
当のクリッドは浮かれ調子でその限りではないが、仕方なく補助電脳ガードが全方位に《探知》を張り巡らせる。数歩進んだ後に……
『左角を曲がったところに五体の影骨を捕捉しました。この階層から武器を持っている可能性が高いです。気を付けて下さい』
「五体だろうが十体だろうが敵ではありません」
クリッドはいつものように駆け出した。ユーズレスが調子に乗ったクリッドの後を追う。
角を曲がった先には、四方を木が囲むようにした狭いスペースに五体の影骨がいた。前衛の四体のうち一体が盾持ちで、後衛に杖持ちの個体がいた。明らかに集団での連携を想定した集団だ。
『テンス、戦闘準備を』
ユーズレスが赤色の瞳を点滅した。
「必要ございません。兄上とシャチョウはどうぞご見学下さい」
クリッドは走った勢いのままに右側の個体を斬りつける。初撃で一体目の首を刎ねる。クリッドに後衛の個体が杖から《火球》を発現する。グリッドは避けようとしない。
「カーテン」
クリッドの燕尾服の裾が深紅に光り生き物のように動き《火球》を防御する。どうやらただの布ではないようだ。傷の一つもついてないし、焼け跡もない。クリッドも自身の装備に自信をもっていたので、避けなかったのだろう。しかしそれが悪手であった。
クリッドの隣にいる盾持ちが《火球》と同時に突進してきたのだ。大盾による物理衝撃も燕尾服よってクリッドにはダメージはないが、予期せぬ衝撃に体勢が崩れる。左側にいた二体の影骨が上層の個体とは比べ物にならない速さで移動し、同時にクリッドの影を踏んだ。
クリッドの影に《告解》が発現した。
2
「メェェェ、メェェェ、違うメェェェ、そんなつもりはなかったメェェェ」
クリッドに影が囁く。その声はユーズレスには聴こえない。
杖持ちの影骨が準備詠唱を始めて杖に魔力が収束する。この魔力量は《火球》より威力のある中級魔術であろう。影を踏んだ二体の影骨がクリッドにしがみつき、盾持ちが叫んでいるクリッドに突進してくる。
『テンス、グリッドの援護を、《敏捷》《防御・小》』
(グリッドしっかりしろ)
ユーズレスが魔術の射線上に移動しようとした刹那に……
「ダメメェェェ、私は、私は、僕は、何も悪くないメェェェ」
クリッドの影から二メートルほどの大きな漆黒の手が発現する。
「メェェェ、《強奪》」
『ビィィィィ、ビィィィィ、緊急退避プログラム発動《敏捷・極》』
補助電脳ガードが警告して、ユーズレスが前方の加速をしゃがみ込みながら片腕をついて減速つつ、停止した際の慣性を利用して後方へ退避する。
漆黒の手が水平に振るわれクリッドの周辺が闇に染まる。後には四体の影骨はおろか、何も残らなかった。
赤い毛皮に包まれた羊がメェェェ、メェェェと悲しそうに泣いていた。
3
十七階層の階段近く安全地帯
パチパチパチパチ
焚火の火が緩やかに形を自在に変えながら二人を照らす。
焚火の上には鍋がおかれておりミルクを温めている。ユーズレスがミルクを沸騰させないように温度を確認しながら、ときおり匙で混ぜている。
「ウウゥゥゥ、グスン、メェェェ、メェェェ、情けないメェェェ。恥ずかしいメェェェ」
戦闘後にひとしきり泣いた後にクリッドの影はおさまり、ユーズレスが羊になったクリッドを担いで十七階層の入り口まで撤退した。影骨を倒した際にクリッドの《告解》も解かれたはずだが、先ほどの戦闘を引きずっているようだ。
『無事で何よりでした。素晴らしい剣技だったので、確認しませんでしたが、実戦経験はありますか』
「……今回が初めてだメェェェ」
山羊に戻ったクリッドが下を見ながら答える。その姿はまるで嘘をついていた子供のようだ。
『クリッド、そういうことは』
(生きてて良かったな)
ユーズレスが青色の瞳を点滅させながら語りかける。ユーズレスが補助電脳ガードの言葉を遮りながら、クリッドに温めたミルクで作ったスープを渡す。クリッドが陶器でできた杯を受け取とる
「ウウゥゥゥ、グスン、メェェェ、メェェェ、あ……温かいメェェェ」
クリッドが杯の温かさを手で感じる。
(クリッドの剣技はとても綺麗だった)
「……」
焚き火の炎がユラユラと揺れる。二人は少しの間その自由な炎を眺める。
「僕のこと怒らないのかメェェェェ」
(どうして、本機のために頑張ってくれたクリッドのことを怒らなきゃいけないんだ。本機のために頑張ってくれてありがとうな。クリッド)
ユーズレスはブルーの瞳を何度も点滅させた。通常運転時は思考はクリアだ。
「頑張ってないメェェェェ。魔石がいっぱい取れて面白かったメェェェェ。シチャチョウに怒られて当然だメェェェェ」
『……クリッド』
(せっかく作ったんだ。一口飲んでみろ)
クリッドがいわれるままに杯のなかのスープを口に運ぶ。
「温かい、でも味がするけど味がしない」
(温かいなら良かった。そういえばクリッドは自分のこと私だったり、僕になったりするんだな)
「本当は僕が素だメェェェェ。僕は泣き虫で、弱虫で、臆病虫だから、ちょっとでも自分を変えたくて私って言ってみたり、言葉遣いを気を付けてたメェェェェ」
(クリッドは凄いな。ちゃんと自分のことが分かって変えようと努力してるんだな)
「バカにしてるメェェェェ」
『……』
補助電脳ガードは何も言わずにユーズレスに任せる。
(自分のことをちゃんと他人話す。それはとっても怖いことなんだ。勇気のいることなんだ。だからクリッドは凄い。クリッドは勇者だ)
「勇者ってなんだメェェェェ」
(古来の書物と映像で獣神機械人形で世界を救う物語があった。勇気あるものそれこそ勇者であると)
「勇気あるもの」
(そうだ。自分の弱いところを人に話せるクリッドは勇気あるものだ。話してくれてオニイサンは嬉しいぞ。クリッド)
ユーズレスがクリッドの肩に手を置く。不思議とクリッドはその機械の冷たい重みを、温かく心地いいと感じた。
(だけど、勇気と無謀は違う)
迷宮ではほとんどしゃべらなかった機械人形が、オニイサンとしてお話を始めた。
ラフ絵 羊のクリッド ヴァリラート様 作
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