12 正当なる報酬と神々への冒涜
1
迷宮十階層 主の部屋 大型魔獣牙猿
「《強奪》」
クリッドが独自魔法《強奪》を発現する。左腕に闇が纏わりつき三メートルほどの大きさになる。
「ギィギィギィ」
牙猿が左右象牙にも似た大きな牙を震わせながら怯える。
「ご安心ください。闇へ還るだけです」
クリッドが左腕を牙猿に振るう。全長二メートル級の牙猿が闇に包まれて消える。後には地面に魔石が残るだけだった。
「あまり美味しい魔力じゃあありませんね。大味です。干し芋のほうが美味であります」
クリッドは十階層の主であろうが、危なげなく狩る。迷宮では不測の事態も多く、油断は禁物であるが低層の魔猿では、真なる悪魔のクリッドにとっては戦いではなく、遊びの狩りに近い感覚のようだ。初めは【アトラクション】を楽しんでいたクリッドも、若干物足りなく飽きてきた様子である。
『お疲れ様です。クリッド、順調に十階層まで攻略出来ましたね』
(……)
ユーズレスはエメラルドの瞳を一回点滅させた。
「私にかかればお猿さんなど他愛もありません。それよりこれはなんですか。キラキラしていて綺麗な石ですね」
クリッドが牙猿からドロップした五センチ程度の魔石を拾う。
『それは魔石といって迷宮魔獣を構成する魔力の核のようなものです。質としては、まあそれなりですね』
「ここの魔獣は、この魔石なる石から造られた生命ということですか」
『この迷宮自体が、秘密の部屋までの侵入者迎撃システムなのです。この迷宮は本来、侵入者を迷路のような構造で迷わせ、体力と精神力を消耗させて罠や魔獣で迎撃するといったものです。深層に行くにつれて道は険しく、罠は難易度が上がり、魔獣は強くなる。この迷宮自体が、魔力によって魔獣の核である魔石を生成する人工魔石生成装置みたいなものなのです』
「この魔石の材料は一体なんですか。魔界ではこんな綺麗な石は見たことないです」
クリッドが魔石をとても尊いものを拝見するかのように見つめながらいう。
『魔力を圧縮したものを固定化しています。固定化の方法は秘匿されていますが、ちなみに一階層から魔猿にも魔石はあったのですよ。今回は、採取が目的ではなかったので剥ぎ取りはしませんでしたが』
「なんですメェェェ、勿体ないことしたメェェェ」
『低階層の魔獣からドロップする魔石は、質も大きさも大したことありませんよ。下の階層にいけば魔獣は強くなりますがその分、魔石の質も大きさも比例して良くなりますよ』
(……)
ユーズレスはエメラルドの瞳を一回点滅させた。
「それは大変だメェェェ。迷宮はお宝の山だメェェェ。早く下に行くメェェェ」
クリッドは山羊の形した悪魔であるが、まるでさかりの馬や猫のように興奮している。
『待ちなさい。クリッド。ここで一旦、休憩を挟みましょう』
「まだまだ、全然疲れてないメェェェェ。早く、下の階で遊びたいメェェェ」
『順調な時ほど適度に休憩が必要です。気付いてないかもしれませんが、迷宮に入ってすでに半日が経過しました。悪魔の時間的感覚はデーターがないので分かりませんが、人種の基準ではすでにオーバーワークです。休憩による補給を推奨します』
補助電脳ガードがクリッドの手綱を握る。実際、迷宮初心者にありがちな興奮状態は非常に危険だ。適度な高揚は恐怖耐性を上げて戦闘の【パフォーマンス】を向上してくれるが、疲労の感覚を忘れさせるだけで実際に身体は疲れている場合が多い。
また、過度の高揚は自身の状態や戦闘能力を過大評価させてしまい格上の魔獣との戦闘において撤退の【タイミング】を見失い、命を落とす場合もある。
それは、人種の判断基準であり真なる悪魔となったクリッドには生命の格としては最上位にあたるであろう。補助電脳ガードは、先の戦闘記録を統合するにクリッドの戦闘能力は非常に高いと判断する。
また同時に戦闘経験は乏しいとも推測した。魔獣が弱いせいもあり、基本的に剣技による一閃で終わるが、複数を相手取るときの連続的な動作や地形によってぎこちなさや、判断の迷いが見られることがある。適応力は高い方ではあるが、それはまだ低階層での魔獣相手だからだ。
迷宮内でのユーズレスは大気中からの魔力供給量は地上に比べて低く、深層までは余分な魔力は温存したい。酷な話ではあるが、舎弟であるクリッドにはまだまだ頑張って貰いたい。
また、クリッドの修行にもなるだろう。クリッドは別に冒険者を目指しているわけではないが、本来の目的は地上に社会勉強をしに来ているのだから、いい経験になるだろう。自軍の襲撃者迎撃システムが、修行の場というのも皮肉な話ではあるが……。
「了解致しました。紳士たる私としたことが、お恥ずかしいとことをお見せしました」
『ちなみに、その魔石はクリッドの物です。迷宮主の討伐記念にどうぞ』
「本当にいいのですか。嬉しいメェェェ、大事にするメェェェ」
クリッドが今日一の笑顔を見せた。この魔石との出会いが、後のクリッドの魔法や地上と魔界に大きなうねりを起こすのはまだ少し先の話である。
2
「美味いメェェェ、美味いメェェェ、幸せだメェェェ、生きててよかったメェェェ。ミルクにこんな食し方があったとは。これは、まさしく人類の英知たる結晶だメェェェ」
クリッドが匙を使い、ユーズレスの作ったミルク氷菓に舌鼓する。
休憩も兼ねて、クリッドが頑張ったご褒美として特濃ミルクから、ユーズレスが氷菓を作ったのである。レシピは古代図書館の電子書籍である〖簡単時短レシピ〗参照である。
ボッチ旅をしていたユーズレスは既に、この時短レシピのすべてを脳内シミュレーション済みだ。ユーズレスにとっては初の実戦となったが、クリッドの表情と称賛からも大成功のようだ。ミルクは機械にとっては錆びを助長する毒でしかないものを、美味いと食べているクリッドのことは理解できないユーズレスではあったが……
『これで終わりではありませんよ。テンスあれを……』
(……リ……)
ユーズレスはバックパックの四次元より、干し芋を取り出す。
「これは、さきほどの干し芋でありますね」
『これを、その氷菓につけて食すのですよ。クリッド、世界が変わります』
「なっ、なんですと……そのような冒涜的な行為を神はお許しになるのでしょうか。ゴクリ」
クリッドは言葉と裏腹に喉が鳴り、口腔内から唾液が漏れる。
『クリッド、クリッドは今日、頑張りました。とっても頑張りました。これはその報酬です。天上におられる神々もクリッドの正当なる権利を奪うことはできません。もしそのような恥知らずの神がいたら、奪うのです。自分の尊厳を、奪えれるな!奪えです!』
「奪われるな、奪え! そそそっそ、そうだメェェェ。シャチョウがいうなら仕方ないメェェェ。これは、正当なる権利だメェェェ。なにも悪いことしてないメェェェ」
クリッドが干し芋を少し千切って口の中に入れようとするのをユーズレスが妨害した。
「なんだメェェェ、ユーズ兄上なにするんだメェェェ」
『クリッド、なんですかそのみみっちい食べ方は。それこそ神に対する冒涜です。干し芋を匙の代わりにして氷菓をすくうのです』
「救うのですか……なるほど、これは氷菓という生きとし生ける恵みを救う救済措置なのですね。それでは仕方ありませんね。ゴクリ、いざ世界のために」
クリッドが干し芋に氷菓をまんべんなくすくい口に入れる。数度の咀嚼のあとには……
「うめメェェェメェェェメェェェメェェェメェェェ」
迷宮内に山羊の叫び声が鳴り響いた。その魂なる叫びは、魔界にも届く勢いだった。
ユーズレスはエメラルドの瞳を何度も点滅させた。十年間のお勉強が実った瞬間だった。
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