11 パンドラの迷宮
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パンドラの迷宮
ユフト師の地下研究所である「秘密の部屋」に続くまでの五十階層からなる侵入者対策の警備システムである。稀代の天才ユフト師が幼い頃より構想していた馬鹿みたいにコストのかかる現在では【オーパーツ】と夢物語の構想(設計図)や、戦場の魔女と言われた破壊神チェイサーの生みの親アリスの生前の研究データー等が集約しているまさに人類の英知が詰まった聖域である。厄災戦争時代に、軍は多くの戦力を投入して「秘密の部屋」への占拠を試みたがいずれも失敗に終わった。五十階層からなる迷宮であるが、十階層ごとに階層の特色が違い、最下層の試練の間にいる「鉄骨竜」はTUFシリーズのプロトタイプで創造主のユフト師ですら制御すること叶わなかった地上に出せない暴走竜だ。単純なその戦闘力たるや、厄災戦争時代の破壊神チェイサーすら凌ぐであろう。
いまだかつてパンドラの迷宮を踏破した者は存在しない。
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『緊急事態発生、緊急事態発生、秘密の部屋に繋がるエレベーターが破壊されています。状況を見るに自然現象によるものではなく、人為的な現象であると判断します』
補助電脳ガードの【アナウンス】する。その音声には怒りの声が聴きとれる。
「これが地下までの穴ですか。ニンゲンとは面白いものを作りますね。この金属なる破片は魔界では作ること叶わないでしょうね。悔しいですが、科学なるものは魔界より遥かに発達していたのですね」
クリッドはエレベーターであったものの前にしゃがみ込み、粉々にされた金属の破片を拾う。
(この金属は本機には及ばないが、相当の硬度を誇っていたはずだ。拠点防衛用に造られたこの設備は上級魔術クラスでも傷一つ付かない代物だが、人為的なものならばこうも粉々にするとは少なくとも本機や兄弟たちに匹敵するレベルだぞ)
「この蹄がの跡が怪しいメェェェ。とてもとても嫌な予感がするメェェェ。帰ろうメェェェ」
クリッドよ、一体どこにお帰りのつもりだろうか。
ユーズレスは、足跡のスキャンをした後にもう一つの地下の扉である〖パンドラの迷宮〗を見る。こちらも地下迷宮への扉が破壊されている。ユーズレスは思考する。研究所に侵入者が入れば一大事であると、ユーズレスにとっては〖秘密の部屋〗は誕生した場所であり自分の家のようなものだ。
「とても嫌な予感がさらにします。とても行きたくなくなりました。行きは怖い、帰りはヨイヨイだメェェェ」
クリッドは本当に行きたくないようだ。クリッドに弱気な声にユーズレスは構わずにパンドラの迷宮へと歩を進めた。
「聞いてますよね。ああ、聞いてませんね」
舎弟であるクリッドは兄の後ろを嫌そうについて行った。クリッドは知った。弟という立場は高確率で決定権がなく、兄の無茶に付き合わされる運命にあると。
機械と悪魔といった一見変わった兄弟の迷宮探索が始まった。
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迷宮の中は、灯りはあるが基本的には巣窟の中で薄暗いので視界は良くはない。だが、高度なセンサー持ちの機械と闇の世界の悪魔には環境要因としては問題ない。一階層の序盤で補助電脳ガードが先走るユーズレスをなだめる。補助電脳ガードがメモリーからパンドラの迷宮のあらましを【アナウンス】する。
勿論、ユーズレスもパンドラの迷宮の知識は記録してあるが迷宮探索の鉄則としてパーティーメンバーでの情報共有は重要なことだ。情報を言語化することで、情報の裏に秘められた見えない気づきや、確認をすることでいざという時の不測の事態にも、個人としてではなくパーティーとして行動することが出来る。臨機応変な対応も大事であるが、基本的には安全を考えれば【マニュアル】に勝るものはない。
『この迷宮は特徴として階層ごとに魔物が出現します。魔物の出現回数はランダムですが、一階層から三階層は基本的に一体ずつで、四階層から七階層は三体、それ以上の階層はランダムで最大では二桁も記録にあります。また、十階毎に主なる魔獣がおりますので警戒が必要です』
「概ねは理解しました」
『迷宮は本来、休憩を挟みながら時間と装備を整えて安全マージンを優先しながら探索するものです。しかし、今回、我々は先行している対象の目的の確認・グランドマスターであるユフト師の手掛かりに対する障害になる際は、対象の制圧も視野にいれます。迷宮内での対象との戦闘の可能性も覚悟して下さい』
(よし、すぐに行こう)
ユーズレスが迷宮に猪突猛進しようとする。
『ビィィィィ、ビィィィィ、テンスは、今回はお休みです』
(なんでだよ)
『迷宮内は地上と比較して魔力濃度が低いです。最下層の鉄骨竜は強敵です。それまで燃費の悪いテンスは迷宮主との戦闘に備えて温存する必要があります。ここは、クリッドにお願い致します』
「こういうアトラクションは初めてだメェェェ、ちょっと怖いメェェェ」
補助電脳ガードはクリッドの戦闘力を評価しておきたい。
『魔力量だけでしか判断はできませんが、十階層まではクリッドの脅威たる魔獣はいないでしょう。それにクリッドのカッコいいところを見てみたいですね。テンスもそうでしょう』
「カッ……カッコいい」
クリッドも欲しがりな空気を醸し出す。
補助電脳ガードは、ユーズレスに話を合わせろと電子シグナルを送る。
(そうだな。本機もクリッドのカッコいいところを記録したいな)
「まあ、そこまでいうなら仕方ありませんね。魔界の高貴なるプリンスと言われた私の実力をお見せしましょう。能ある鷹は爪を隠す、私の敬愛する言葉です」
魔界ではあまり褒められたことのないクリッドは嬉しくてたまらない。
「ギィギィギィ」
興奮気味に魔獣、魔猿が姿を現す。大きさはユーズレスの腰辺りの体格だ。
『低階層に出現する猿型の魔獣です。噛みつきや、爪での攻撃に注意です。単体ではそれほど脅威ではありませんが、群れを呼ばれると厄介な魔獣です』
「早速の見せ場ありがとうございます。魔力は温存したほうがよろしいのでしたね。出番ですよ。夢剣三日月、今日も笑いなさい。高らかに」
キャハハハハハハハハハハハハ
クリッドが仕込み杖から刀身を抜いた瞬間に、笑い声に交じって見えない斬撃が魔猿の首を刎ねる。
『(おおおおお)』
ユーズレスと補助電脳ガードはその剣技の美しさに見惚れる。魔猿ではまだクリッドの実力は測れないが、相当の強者であろうことが分かる。
「どうでしょうか。私の自慢の夢剣三日月の切れ味は」
(クリッドはメエメエ騒いでる、なんちゃって山羊じゃなかったんだな)
『お見事です。見直しましたよ。クリッド』
「こう見えても、英才教育受けてるんだメェェェ」
クリッドは嬉しさのあまり若干ディスられてることに気付かない。実は、クリッドにとってはこれが初の実戦だ。クリッド自身も知らず知らずのうちに興奮している。良くも悪くも、クリッドのいったように魔界は悪魔遊戯によって武力による争いはないのだろう。魔界大帝が健在な間は……
『剣技もさることながら、面白い剣をお持ちですね』
「この夢剣三日月は、私は寝つきが悪い子だったので、とある悪魔貴族がオーダーで作ってくれたのです。キャハハハハハとよく笑うでしょう。おかげで、安眠の生活を送れました。この剣はただ笑っているだけじゃなくて、そのうちに剣の気持ちが分かるようになってきたのです。友達が一人もいなかった私は、この夢剣のおかげで色々なことを学びました。この剣技についてもそうなのです。あれ、あれ、あのー、もしかして、引いてます」
クリッド興奮のあまり、やらかした気がした。
『とてもユニークなお育ちだったのですね。流石、魔界のプリンスは違いますね。御見それしました』
(本機は、魔力節約のためスリープモードとなります。以後は情報処理速度が低下し、会話にも時間がかかります)
『テンス、テンス、ずるいですよ、テンス』
「あのー、やっぱり引いてますよね。引きますよね」
ユーズレスはベストタイミングでスリープモードに移行した。
『……先を急ぎましょうか……』
「メェェェエェェェェェェ」
その後、二階層から三階層までは魔猿が一体ずつ出現したが、クリッドが一閃した。
四階層から六階層までは三体出現したが、まるでクリッドの相手にならなかった。
七階層から九階層までは三体から五体までランダムに出現した。迷宮内に木が生えており、木をつかった縦横無尽な連携には多少手を焼いたが、基本的にはクリッドの一閃で終わった。クリッドは複数個体の集団戦の勉強になったといった。ボッチのクリッドは思いの外、適応力が高かった。
夢剣がボッチじゃなくなったクリッドを祝福するかのように、カタカタと笑った。
連続投稿終了です。
ストック使い果たして連続投稿してみたのですが、如何せん底辺作家の悲しいところで、なかなか結果は芳しくないですね。
海王神シーランド前の箸休めだったのですが、作者の悪い癖でまた話が広がりました。ちゃんと回収できるのかね(笑)
迷宮編もストック貯まったらまた連続投稿予定です。
第二部完結後に初感想頂きました。とても嬉しかったです。ありがとうございます。どんな感想でもご意見でも嬉しいです。励みになります。
暑い日が続きますが、皆様体にはお気をつけて。それでは良い夢を。




