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前編

 少し前に暴かれた七不思議は嘘で、本来のしっかりホラー風味がする真・学園七不思議のうわさを聞いて、私がそれを調べて回っていたときだった。


「君は、屋上の淑女霊を見に来たのだね? やめておきたまえ。アレは名前ほど風流なものじゃあないよ」


 特別教室棟の屋上に出る扉の前に、セーラー服を着てスラックスを穿いた、上履きの色的に上級生の生徒が、手すりの1番上に腰かけた状態で話しかけてきた。


 ――どっち、なんだろう……?


 去年から男子も女子も組合わせが自由になっているとはいっても、だいたいなんとなく分かりそうなのに……。


 その妙に精気があるようでどこまでも無い顔で笑う先輩は、ショートカットなせいもあるのか、全然どっちだか見分けが付かなかった。


「ふぅん。その顔は僕の生物学的性別を図りかねている、といった様子だね?」

「えっ」

「図星のようだね」


 完全に思っていた事をズバリ言い当てられ、そうです、と白状したのと同じ様なものの驚き方をしてしまった。


「僕は気にしないから安心したまえ。半分わざとやっている節があるからねぇ」


 クツクツ、というのが一番正確なニヤケ笑いをする先輩は、私の目を見て心底楽しそうに、絡みつくような男子としては高い声でそう言ってくる。


 ――今思えば、例えるなら宇宙の様な先輩の濃紺の瞳に、この瞬間、私の目も心も全部吸い込まれてしまったんだ。


「ふふ。()の外皮を全て剥ぎ取ろうとするかの様な、好奇心に支配された視線を向けてきたのは、君が初めてだよ」


 胸が締め付けられる感覚を覚えながら、熱でも出たみたいにぼんやりしていたら、先輩は目を丸くしてそう言って、さっきよりも幾分も楽しそうに口の端をつり上げた。


「まあ僕は言うだけは言ったからね。後は自己責任でやりたまえ」

「あ、はい……」


 また独特の笑い声を漏らしつつ立ち上がった先輩は、そう言い残して悠々と階段を下りていった。


 何だったんだろう……。


 そんなよく分からない先輩に感じた、初めてでよく分からない感覚に私は首を捻りつつ、メモしてきた幽霊の出現条件を確認する。


 屋上の淑女霊は、夕方4時44分に屋上のドアを開けると、特別教室棟屋上北側のフェンスの向こうに、昔の制服を着た女子生徒がボンヤリとたたずんで下を見ている、というもので、どうも下から見ると認識出来ないらしい。


 そろそろだ。


 携帯の時計を見るとあと20秒ぐらいでその時間になるから、私はドアノブに手を掛けてスタンバイした。


 3秒前から頭の中でカウントして、丁度にドアを開けると、


「あ」


 顔はよく見えないけど、聞いていた通りの人影が聞いていた通りに立っていた。


 本当だったんだ、真・七不思議……ッ。


 思わず笑みがこぼれてきて、私は噛みしめるようにガッツボーズをした。


 ネットで見て、転入前に楽しみにしていた七不思議の真相が、どこまでもしょうもない物だった、と聞いてがっかりしていた私は、大興奮のまま携帯のカメラを向ける。


「写真はよしたまえ」


 だけど、シャッターを押そうとした瞬間、さっき降りていったはずの先輩が横から入ってきて、証拠写真の代わりに先輩の顔写真が撮れてしまった。


「うわひゃあッ」

「私の隠し撮りじゃあない顔写真は、どうも稀少きしょうらしいから大切にしたまえ」


 腰を抜かして引っくり返った私へ、スラックスがスカートに入れ替わった先輩が、冗談なのかどうか分からない事をまたニヤリと笑って言った。


 夕焼けを背にする先輩の濃紺の瞳は、そこだけ宇宙が透けて見える様な気がした。


「――この学びは、今でこそ自由で開かれたものではあるけれど、かつてはそうではないときがあったんだよ」


 引っくり返ったまま、またボヤっとしていた私に向かって――いるのかどうか分からないけど、先輩は、時代というやつさ、と言って横にずれながらくるっと振り返った。


 もうそのときには人影が消えていて、ただの放課後の屋上にもどっていた。


「時代というものに追い詰められ、どこにも行く所がなくなって、ここから押し出された者達が彼の淑女の正体なのだろうね」

「そうなん、ですね……。ところで、どうして写真を撮っては?」

「ふぅん。今の話を聞いて、すかさずそう訊くのか君は」


 正体はどうでもいいから、一端、話をおいて先輩にカメラの件を訊いたら、ますます気に入った、と言いながら振り返ってまた蠱惑的に笑う。


「彼女は、望まない写真をばらまかれてここから押し出されたのだよ。だから写真を撮られることも、それを人に見せて回ることも逆鱗に触れてしまうのさ」


 まあ見るだけなら無害なのだけれどね、と言って先輩は肩をすくめた。


「撮っていたらどうなっていたんですか?」

「さあね。少なくとも、その後の話をとんと聞かないのは確かだ」


 起き上がろうとした私に手を差し伸べた先輩の言葉には、暗に最低でも行方不明になっている、という事を感じ取れた。


「君は寮生かな?」

「いえ」

「ならば真っ直ぐ帰るといい。今日は彼女を見たから特にね」


 私が手を掴んで立ち上がると、それじゃあ、と言って、先輩は今度こそ階段を降りていった。


 あ、名前……。


 先輩の適度に硬く、ヒンヤリした手の感覚が残る手をじっと見ていた私は、足音が聞こえなくなってから名前を訊くのを忘れていた事を思い出した。


「おーい。もう鍵閉めるから入っておいでー」

「あっ、はいっ」


 その事に後悔して頭を抱えていると、鍵を持って見回りに来た、確か藤宮ふじみや先生だったっけ? に呼びかけられた私は慌てて中へ駆け込んだ。


 真っ直ぐ学校近くのアパートに帰った私は、予習をしている最中でも、夕方の不気味で綺麗な所を濃縮したみたいな、先輩の黒い瞳と笑顔がずっと頭から離れなかった。


 寝るまで悶々と考えていたせいか――。


『へえ、随分と強引じゃあないか。君にそんな欲求があったなんて驚いたね』


 私は学校の倉庫みたいな部屋で、床に仰向けになっている先輩を見下ろしていた。


『君のその目。探求者というよりはまるで獲物を捕らえた捕食者のようだ。私は骨の髄まで食べてしまわれるのだろうね』


 先輩の衣服は乱れに乱れていて、それをやったのは私だ、という事が覚えが全く無いのに何故か分った。


『けれどまあ、こうして無理やり中身を暴かれるのもなかなか刺激的だね? 最も、これは君の想像する夢だから、君が僕に求めているものではないのだろうけれど』


 ――こんなとんでもない夢を見てしまって、真夜中に汗だくで目を覚ました。


 私が先輩に感じたあれは、こういう事をしたいってこと……?


 一瞬、自分への怖さが押し寄せてきたけれど、夢の中で先輩が言っている通り、あれは私の想像でしかなくて、実際今、私はあの夢に価値を感じられていなかった。


 じゃあなんだろう……?


 私はその答えにどうしても当たりを付けたくて、睡眠不足もお構いなしに、ネットで初対面のときに感じたものに近い感覚を調べ倒した。


 夢中で調べに調べて、考えをまとめた頃には夜が明け始めてしまったけど、私はやっと結論に行き着いた。


「これは恋だッ!」


 私はお医者さんに褒められるほど、かなりの健康体だから病気は無いだろうし、余りにも納得がいく答えが出たからつい大声で叫んでしまって、上下左右から壁と床と天井を叩かれた。


 ……まあ、名前すら知らない相手なので、まずはそれを知ってスタートラインに立たなきゃいけないんだけど。

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