出会い
1
「まだ4月だというのに、梅雨みたいな気候だなあ。」
今日の夕方は雨。足のサイズが合わないローファーの靴と空気のじめっぽさに顔を少し歪ませつつ、ビニール傘を差して、橋を渡って帰路に着く。こんな風の強い日は久々で、何度もひっくり返るビニール傘に悪戦苦闘している。通り過ぎる車がうるさかった。音楽を聴こうとイヤホンを取り出したが、雨音と車やらトラックの轟音で聞えないだろうと諦めた。
私は椎名心。16歳の高校生。周りからは、穏やかさんだとか、人によっては意見がはっきりしているとか、はたまた子どもっぽいと言う人もいる。私は一つ自負していることがあって、人の本心を見抜くことが得意だ。もう最近では、心を感じ取る超能力か何かが自分にはあるんじゃないかというほどまでだ。
ひっくり返る傘に悪戦苦闘しているうちに、橋の中盤まで差し掛かった。後半戦だ。すると、雨が大分弱まってきていたようだ。そして気が付けば、車も人もいない。橋の上は閑散としていた。
2
霧で少しもやがかっていてよく見えないが、向こうから人がやってくるのが見える。どうやら傘を差していないようだ。不審に思い、その人影をじっと見つめていると、何やらものすごい轟音がした。とたんに眩しさとめまいで自分が倒れてしまったのが分かった。雨水が染み込んだコンクリートと同じくらいの量の汗を自分もかいているのだと思った。近くで雷が落ちたのだと分かるまで5秒ほどかかったが、どういうわけか頭が重たくて起き上がることができなかった。気が付けば、私の向かい側からやってきた男が私の頭から憶測で80cmほど離れたところで立っていた。学生だろうか。制服を着ている。私は、どういうわけか必死で早く起き上がろうとしている。身体に力が入らなかった。男は私の頭上で、しゃがみ込んだ。とてもきれいな青い目をしている。
男は私に何かを言っている。
「やあ、君はこの世界がもうすぐ終わることを知った時、どうする?」
どこかのアニメのやや深刻なシーンで見る怪しげな台詞を吐く男に、ますます身体が強張っていくのを感じたが、どこか安心するような声で、緊張はすぐに解けていった。
「どうにかしたいと思う?どうにかしようって、何か方法があるのならそれを探そうとする?」
どこか暗黙の了解のようで、私は妙に男の言っている事と、その男の焦りに同調してしまった。持ち前の能力だ。私はこう言った。
「もちろん。君がなにかに困っているのなら、私は手助けしますよ…?ただ、君の言っていることがもし本当なら、私どうしたらいいかわかんないよ。そして、これ、ひとりひとり聞いて回っている感じでしょ?怪しいからやめたほうがいいよ」
私はうっかり口を滑らせて本音を言ってしまった。これはいつもの癖だ。
青い目をしている時点で既に怪しいと言ってしまいそうになったが、それはすんでのところで吞み込んだ。
青い目がゆっくりと瞬きして、こういう。
「よくわかったね。君、すごいよ。ありがとう。これは深刻な問題なんだ。頼んだ!」
思ったよりも素っ頓狂な答えが返ってきて安心したが、なんて不器用な人なんだと私は思った。頼み方を知らない。まず、事情やその背景を話すのが普通だ。唐突にそんな言い方をする男に不思議と笑いが込み上げてきて、こころは声を上げて笑いそうになったが、そこも呑み込んでこころは静かに微笑んだ。でも、流石に意味が分からないので、ここで当たり前な質問をしてみた。
「どうして、そんな質問をするんですか?あまりにも深刻そうな顔していたから、きっと本当なんだろうなって思ったけど。」
やけに呑み込みの早い自分にも驚いていた。それは昔からの自分の性格であるが、世界が終わるという言葉を聞いてもなお、すんなり受け入れてしまうのだ。
男は答えた。
「それが僕にもわからないんだよね…。なんか、おじいちゃんから伝言を預かっているんだ。僕の未来の大切な人が、無事に二十歳を迎えられるようにって。」
「はぁ。」変な声が思わず出た。
「まぁ、おじいちゃんはもう死んでしまったのだけど、タイムマシンを作っていたんだ。その取扱説明書に書いてある。無事二十歳を迎えられますようにって」
『タイムマシン』、その言葉を聞いて、胸の鼓動の高鳴りを感じた。どうして、彼は青い目をしているのだろうか。取扱説明書…?まぁ、お手製の取扱説明書だからそんなことが書かれていてもおかしくはないかと思いつつ、こう聞いてみた。
「大切な人ってことは、おじいちゃんはきっとそのタイムマシンに乗って未来に行ったことがあるんだね。」
「そういうことになるのかな。これから、タイムマシンを見せてあげるよ。なんだか君、目がさっきからきらきらしているし。行こう。この後暇?今放課後なの?」
まるで用事を入れるかのような言い方に笑いがこみ上げてきてこころは大声で笑った。こんなに笑ったのは久しぶりだった。そして、今自分が制服を着ていることも忘れていた。