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10、久々の従者との再会。

城から数時間揺られ、見慣れた風景が見えてきた。

馬車の止まる音に、父や母そして弟までもが玄関から飛び出してくる。


ルーゼンを心配して眠れぬ夜を過ごしたのか、みんな疲労が隠せない表情だった。

馬車から降りたルーゼンを母が駆け寄り抱きしめる。


「ああ、ルーゼン……」


涙が溢れて止まらない母を抱きしめ、『ただいま、母さん』と小さな声で言った。


ああ、ただいま。

僕はやっと帰ってきたんだ……。


3年前より少し小さくなった母の温もりを腕の中で感じて、じんわりと心が解けていく。


「ルーゼン、よく帰ってきた。

さぁ疲れただろう、うちへ入りなさい。」


父の優しい声に促されるように、母がルーゼンから離れる。

そっと玄関へと手を差し伸べ、ルーゼンに微笑んだ。


「あ、待って。

お客様が一緒なんだ。」


ルーゼンが振り向くと、エルヴァンがゆっくりと馬車から顔を出した。

父はエルヴァンの顔を見ると、よそ行きな顔で微笑む。


「ああ、王から聞いているよ。」


父はそう言うとエルヴァンの方へと歩み寄る。

そして丁寧に頭を下げた。


「遠いところから我が息子の為、よくお越しくださいました。

リーバス・サイマンと申します。

こっちが妻のクララ。そして次男のリノです。」


父は家族を紹介をするとエルヴァンに片手を出し、敬意を示した。


「サイマン侯爵、突然お邪魔してすまない。

エルヴァン・キングスフォードだ。

シングレストの学園生活ではルーゼンにとても世話になり、感謝している。」


父の手を握り返し、エルヴァンは軽く微笑む。

そして母や弟とも握手を交わした。


「父さん……ティティはどこ?」


いつもなら飛んで出てきてくれるはずの従者の姿が見えなかった。


『ルーゼン様、お帰りなさい!』


ルーゼンより少し低い身長。

キャラメル色の明るい茶色の髪。

将来執事になりたいと、伸ばした髪を後ろに結んでいた。


笑うと少し首を傾げる癖が、ルーゼンより幼く見えた。


あたりを探すように見渡していると、父は言いづらそうに目線を逸らした。


「ティティはちょっと前から体調が思わしくなく、ずっと休んでいる。

衰弱もひどく、医者も原因がわからないと言っていた……。」


「え……?」


驚いて見上げるルーゼンに、弟のリノが側へ寄ってきてルーゼンの腕を取った。


「ティティなら大丈夫!兄さんが帰って来たって知ったらきっと元気になるよ!さぁこっち。」


リノの無邪気な笑顔に押され、引きずられるように玄関とは反対の、離れへと向かった。


リノに連れられ、本宅から少し離れた場所へと急いだ。

本宅ほどではないが離れも結構大きな建物で、ここは住み込みで働いている使用人たちが寮として使っている。

入り口に入ってすぐ、ティティの部屋の前に着く。

ティティの部屋は離れの一番手前の部屋だった。


トントンとノックをする。

中から聞き覚えのある懐かしい声が『はい』と返事をした。

聞き覚えある声が、少し低くなっている。


「ティティ、リノだよ。」


扉に向かって声をかけると、さっきより小さな声で『どうぞ』と聞こえた。

リノがルーゼンに向かって人差し指を口に当てる。


『サプライズだから、静かにね!』


そう小声で合図すると、楽しそうにティティの部屋のドアを開けた。


使用人の部屋はこじんまりとしているが、それほど古くない。

ティティは几帳面なので、部屋も清潔で綺麗に整えられていた。


こっそりと扉の隙間から覗くと、ベッドの上に膝を抱え座っている人影が見える。


伸びた髪が鬱陶しそうだが、少し成長したティティの顔だった。

だが具合が本当に悪そうで、げっそりとやつれて見える。


「ティティ!具合はどう?

今日はティティにお客様を連れてきたよ!」


リノはティティの顔色なんかお構いなしに楽しそうに両手を広げた。

そんなリノに理解が追いついていないティティが困惑した表情を浮かべる。

無言のティティに構わずリノは続けた。


「さぁ兄さん入ってきて!

ティティも待ってたでしょ?兄さんが帰ってきたんだよ!!」


両手を広げくるくる回るリノの言葉に、ティティが扉の方を見て固まった。

ゆっくりと扉からルーゼンが入ってくるのが見える。


ティティはルーゼンを見て恐怖に顔を歪めると、声にならない金属のような悲鳴をあげた。


何事かと部屋にいた使用人たちがティティの部屋へと集まってきた。

今は丁度夕飯時で、昼間の勤務の使用人たちはほぼ部屋に戻っている時間だった。


ティティの部屋に人が集まってきたのと、ルーゼンを見てパニックを起こしているティティの様子に、リノも狼狽える。


ティティはルーゼンの従者だ。

支えるルーゼンが居ないことで体調が悪いと、そう思っていたのだろう。

ルーゼンに会えばきっと良くなるはずと。


ところがティティは気でも触れたかのように泣き叫び、床に擦り切れるほど頭をつけて謝っている。


動揺したのはルーゼンも一緒だった。

この状況をどうしたらいいのか全く検討もつかなかった。

狼狽える弟と泣き叫ぶ従者を目の前に、ただ呆然と立ちすくんでいた。


冷静だったのはエルヴァンだけだった。


テキパキと集まってきた使用人たちを散らす。


『ティティはルーゼンが帰ってきたので感極まっているに違いない。

どうか感動の再会を、温かい目で見守ってやって欲しい』


どう見ても真逆の状態なのに、自分の身分をチラつかせ、無理に押し通したのだった。

使用人たちも流石に、隣国の王子が言った言葉を信じないわけにはいかない。


ティティがずっと病に伏せっていたのは使用人たちも知ってたので、とりあえずそれで納得し部屋へと帰っていった。


扉の前から人影が消えると、今度はリノを落ち着かせるように言う。


『ティティはちょっとびっくりしただけだから。とりあえず落ちつこう。』


ルーゼンより4つ下のリノはまだ14歳。

現状を理解する前に、静かにさせるほうが先決だ。


子供をあやすのは得意ではないが、女性の扱いには長けている方だ。

それを応用すればなんとかなる……!


リノを慰めながら、ルーゼンの背中をポンと叩く。


「しっかりしろ。ちゃんと話をするんだ。

俺にも言ったように、彼が被害者だということを伝えてやってくれ。」


落ち着いた声でルーゼンを諭す。

その言葉にやっとルーゼンは目の前のティティを見ることができた。


床に這いつくばるように泣き叫ぶティティをゆっくりと起こす。

それでもルーゼンを見ようとしないティティを、優しく包むように抱きしめた。


「……ティティ、ただいま。」


ルーゼンの声にティティが見上げた。

おでこは床に擦り付けられ、赤く擦りむいていた。

キャラメル色の長い髪をかき分け、ティティの顔を見る。


大きな瞳に目一杯の涙を溜め、唇を震わせていた。


「ティティ、こんなに痩せて……ちゃんとご飯食べている?」


ルーゼンの問いにティティはより一層涙をためる。


「私なんかが、お、烏滸がましい行為を……」


「大丈夫、全部知ってる。」


寂しそうに微笑むルーゼンの答えに、ティティはより一層体を強張らせた。


「ル、ルーゼン様に、もう二度と顔向けできません……!私は、あなたの従者として……」


嗚咽が混じり、うまくしゃべられない様子のティティをさらに強く抱きしめる。


「だから大丈夫。全部知ってるから喋らなくていいよ。」


「わ、わた、わたしは……死んでお詫びをし、しようと、何度も……!」


その言葉にハッとし、ルーゼンはティティの腕を掴んだ。


腕をよく見ると、ティティの左腕にはいくつものためらい傷が残されていた。


なんとも言えない怒りがふつふつと湧いてくる。

こんなになるまで何も知らなかった自分にも、そして初めてアンルースに浮かぶ強い憎悪。


ティティの腕を掴んだまま、ワナワナと震えるルーゼンにティティが再びルーゼンの腕からすり抜け、床に頭を打ちつけた。


「ルーゼン様、ルーゼンさまぁ!

も、申し訳……あ、あ……」


しぼり出すような声にルーゼンは再びハッとし、ティティを再び自分の胸へと引き寄せた。


「ごめん、ティティに怒っているわけじゃないんだ。

自分に腹が立つ。

こんなにティティが苦しんでいたのに、ボクは何も知らなかった……!

ティティ、ごめん……!!」


今度はルーゼンが泣きながら謝る。

ティティはルーゼンの言葉に目を丸くし、小さく息を吸い始めた。


「ティティ!ちゃんと息をして!

ゆっくり吸って……吐いて……!」


ルーゼンの声にティティは見開いたままルーゼンを見ていた。


「わ、私を、けいべ、つ……して、ないのです、か?」


「どうして?

ティティはボクの家族だよ。どんなことがあっても、家族だ。

ティティがボクを大事に思ってくれてたように、ボクもティティが大事なんだ。」


「……だい、じ……」


ルーゼンの言葉を理解しようとしているのか、言われた言葉を繰り返す。

強ばり固まったままのティティにルーゼンは泣きながら微笑む。


「ティティはボクの為に、無理矢理……自分の信念を曲げられてしまったのに……それをずっと黙って耐えてくれてたんだよね……」


ルーゼンは泣きながらティティに謝った。

ティティをぎゅっと抱きしめる。

大事なものを包見込むように。


ルーゼンの言葉にティティも声を殺し泣いた。


「ルーゼンさま……!わた……僕、とても怖かったです……!!」


ティティの気持ちを解けていく気がして、ルーゼンもまた声を殺しながら泣いた。


その様子をじっと見つめていたリノとエルヴァンの視線がぶつかった。

なんとも言えない顔をしているエルヴァンにリノが何かを察したのか、ふと爆弾を投下してしまう。


「ねえねえ、それってもしかしてアンルース王女の事?」


慌ててエルヴァンがリノの口を押さえたが、遅かった。


キョトンとした顔でルーゼンとティティがリノを見ていた。


その2人の表情に思わず力が抜け、エルヴァンの手が緩む。

緩んだ腕からすり抜けたリノが、顎に指を置きながら首をコテンと傾けた。


「へぇ、ティティも襲われたんだ。アンルース王女、僕も襲ってきたよ!」


そう言って無邪気にエヘヘっと笑うが、リノ以外は言葉も出ないぐらい固まっていた。


『……襲ってきた?

襲ってきたとは……?』

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