32:教会跡地へ
教会跡地に踏み込む直前、大きな爆発音にイーサンは足を止めた。自分の後ろで騒いでいる部下の話では港の倉庫が燃えているらしい。彼はそれを聞いて、ブワッと顔から汗が吹き出した。
あそこには皇帝夫妻がいる。燃えた倉庫は端の方の倉庫らしく、その近辺にいなければ無事だとは思いたいが。
「閣下、何人か港に回しましょうか?」
部下が指示を仰ぐ。だがイーサンは少し考えた後、首を横に振った。
「いや、ここは我々に与えられた役割に徹しよう」
「しかし、あちらには陛下が」
「大丈夫だ。あいつなら心配ない」
彼はそう言い切った。
実際に全く心配がないと思ってはいないが、もし爆発のあった場所にいたとしたならばほぼ即死だ。生存は絶望的。今から助けに行ったところで間に合うわけじゃない。
そして仮に爆発に巻き込まれていなかったとしたら、それはそれで行く意味がない。奴は嫌味なほどに腕が立つし、逃げ足は誰にも負けないほど速かった。もう死んでいるのなら助けに行っても意味がない。死んでいないのだとしたら、多分逃げ切れているはずなので意味がない。
(だから、行っても意味がない)
そう、自分に言い聞かせるようにイーサンは何度も心の中で呟いた。
本当は一人なら逃げ切れるだろうが、皇后が共にいたのではそう簡単にもいかないこともわかっている。それでも、彼には皇帝アーノルドに託されたこの場所を制圧することが何より重要だ。
仮に皇帝が亡くなっていたとしたら、次に帝位につくのはここにいるトマス・ステュアートになる。それだけは避けたい。
黒のローブで体を覆い、木陰に隠れて様子を窺うイーサン。
屈強な男たちが銃を持って見回っている。数にして十いや、二十はいる。中にはさらにもう数名いると考えていいだろう。
「あの小屋が取引場所か」
「行きますか」
「ああ、作戦通りに動いてくれ」
「了解です」
イーサンの指示の元、制圧部隊は二手に分かれて奇襲をかけるように小屋を取り囲んだ。
***
「あの、言ってもいいですか?」
獣道で激しく揺れる輸送車の後部座席で、ロイは高らかに手を挙げた。
助手席に座るシエナは『許可しましょう』と返す。
すると、彼はずっと疑問に思っていたことを聞いた。
「なんで護衛を置いてきたの?」
シエナの行動が理解できなさすぎて、思わず昔の口調に戻ってしまう。それに隣に座るマーシャは不服そうな顔をした。
どうやら護衛騎士たちはシエナの指示により、ゴロツキ達と共に港の消火活動に当たっているらしい。ロイは『護衛』という意味がわかっているのかと呆れ顔だ。
「そうは言うけれど、ロイ。もうすでに軍部があちらを制圧している頃でしょう?ならば護衛がいても仕方がないと思わない?」
こちらには正式な護衛騎士のマーシャがいるし、護衛対象は腕が立つ皇帝アーノルドと何だかんだで絶対に死ななさそうな皇后シエナ。
自分の身くらい自分で守れる人間しかココにはいないのだから、貴重な男手はあちらに置いてきた方が効率的だと彼女は言う。
「正直、足手まといは非力なロイ様だけですね」
「辛辣っ!味方してよ!」
「ロイはあちらに残りたかったの?」
「そういうことを言ってるんじゃなくて!」
「というか、シエナ。あの男たちは信頼できるのか?置いてきて大丈夫か?」
「大丈夫だと思う。ちゃんと調きょ……、説得したし」
「シエナさん?今、調教って言おうとした?ねえ、言おうとしたよね?」
「それに、ほら。彼らの強さは例えるのならば、お酒が入って少し気が大きくなっている場末の酒屋のおじさん程度だから。正式な騎士が三人もいれば制圧できるわ」
「はい無視!別にいいけど!!」
全く緊張感のない車内。まるで遠足に行く幼馴染の会である。
とりあえず、例えがわかりにくいが、シエナの感覚ではあのゴロツキたちは大したことがないそうだ。アーノルドは妻がそう言うのならと無理矢理納得した。
「そんな心配そうな顔をしなくとも大丈夫よ、本当に。ステュアート公爵の性格上、教会の方に腕の立つ護衛を置いているはずだから、心配するならむしろ軍部の方ではないかしら」
「なら、それこそ大丈夫だろう。イーサンが指揮を取るのなら負けることはない」
「あら、そうなの?彼の性格的に正々堂々正面突破とか考えそうなものだけれど」
「アイツは意外とそういうタイプじゃない。この暗闇なら、まず二手に分かれて外にいる護衛に足音を立てずに近づき一人ずつ確実に始末していくだろ?そして静かに外を制圧したのち、音を立てずに建物内に侵入し、一気に締めるはずだ」
「軍人というよりも暗殺者ね」
アーノルド曰く、意外にも彼は接近戦のスペシャリストだ。影の二つ名はサイレントマーダーらしい。シエナはやっぱり暗殺者だとつぶやいた。
「よし、このへんで止めよう」
運転していたアーノルドは教会近くの林の中で車を止めた。
四人は車を降りると木々の隙間から見える古びた教会を見上げる。
「さて、それじゃあ行きますか」
「おそらくここで祝杯をあげている悪党どもを」
「ぶん殴りに」
とても素敵な笑顔で拳を鳴らす三人に遅れて、ロイは一人小さく『おー』と声を絞り出した。
明らかに血の匂いがする。彼は非戦闘員ならここで待っていてもいいと言われたが、ここで待っていて残党に襲われたらそれはそれで怖い。というか、対処できない。
究極の二択を迫られたロイはあたりを警戒しながら勇敢な彼らの後ろにひっついて教会へと向かった。




