13:イーサン・ベレスフォードの襲来(2)
「はぁ!?シエナがベレスフォードをもてなしている!?」
急な視察から帰ってきたアーノルドは衛兵からの報告を聞き、思わず声を荒げた。突然の訪問はいつものことだが、彼がシエナの元を訪れているとは予想外だ。
アーノルドは急いで応接室へと向かう。
(シエナがあいつの相手をしているなんて!)
イーサン・ベレスフォードはシエナに対して、皇后に対する好意以上の感情を抱いている。それもおそらく、彼女が社交界にデビューした頃からの恋。
もちろん彼は分を弁えており、今までシエナに迫ったりすることは一度もなかった。多少恋心が漏れ出ていると感じる事もあったが、疑り深いシエナがそれに気づくことはない。
だが、今の状況はこれまでとは大きく違っている。
現在のアーノルドはイーサンから見ると、ただの浮気男だ。正義感の強い彼が浮気されたシエナを憐れみ、行動に出てもおかしくはない。彼の思いが彼女に届いてしまう事をアーノルドは何よりも恐れていた。
何故なら……。
(あいつの顔はシエナのタイプのど真ん中だ!)
アーノルドの額から汗が流れ落ちる。
シエナは昔から中性的な顔立ちの男に弱い。彼女が『かっこいい』と言う男の大半は、女装が似合いそうな顔をしている。それこそ、ロイとアーノルドを横に並べて、『顔だけで夫を選ぶとしたらどっち?』と聞くと彼女は間違いなく『ロイだ』と即答するだろう。彼は女装が大変よく似合う。現在進行形でよく似合う。
そして、いつもは険しい表情で誤魔化しているがイーサンはとても可愛らしい顔立ちをしている。
(どうかあいつが眼鏡を外していませんように!)
アーノルドはそう祈りながら勢いよく応接室の扉を開けた。すると妻の前に跪き、彼女の手を取る旧友の姿がそこにはあった。
一瞬、状況が理解できずに固まるアーノルド。
「あら、陛下。意外と早かったのですね」
息を切らせている夫の姿に、『そんなにイーサンに会いたかったのだろうか』とシエナは首を傾げた。
そのキョトンとした表情の彼女にアーノルドは一瞬毒気を抜かれたが、イーサンに握られた手を見て彼は再び頭に血が昇る。
「何をしている?ベレスフォード」
地を這うような低い声でそう問いかけたアーノルドは、睨みつけるようにイーサンを見下ろした。対するイーサンはシエナの手を離し、ゆっくりと立ち上がると彼を睨み返した。
「会話をしていただけだ」
「なぜ手を握る必要がある?」
「忠誠の証に手の甲にキスしようとしていただけで他意はない」
「どうだか」
アーノルドがそう言って鼻で笑うと、イーサンは彼の胸ぐらを掴み、自分の方へと引き寄せた。
そして耳元で低く囁いた。
「仮に他意があったとしても、勝手に愛人を作り、あまつさえ城の中に引き込み、妻を悲しませるような男に嫉妬する権利などないと思うが?」
彼からは怒りを必死に抑え込んでいるような、そんな雰囲気を感じた。それを言われてしまっては何も言い返せないアーノルドは、ぎりっと奥歯を鳴らす。
(今か?嘘だと言うタイミングは今なのか?)
怒り心頭のイーサンを目の前に、アーノルドは迷った。
このまま暴露してしまえば、おそらく彼の重い右ストレートが腹部に入る事だろう。そうなると多分内臓が破裂する。
死にたくはないアーノルドは口をつぐんだ。
「チッ。何か言えよ」
何も言わない彼に苛立ったイーサンは、小さく舌打ちした。
そんな一触即発の空気の中、シエナはじっと二人の様子を見ていた。
(……えーっと、顔、近くない?)
最早キスしそうな距離感だ。
具体的に表現するならば、今の距離のまま、アーノルドの後ろにある扉が再び勢いよく開いた場合、扉に背中を押された彼がよろけて、イーサンに事故チューしてしまいそうなくらいの距離感。
そこでハッとシエナは気づいた。
(もしかして、私に取り入ろうとしていたのではなく……)
よく考えれば、昔からイーサンは何かとアーノルドを意識していた。
いつもアポ無しで来ては長々とアーノルドと話し込んでいるのは、彼と時間を共有したいから?
夜会などでやたらと目が合うのは彼を見ていたから?
ずっと恋人すら作らないのは彼のことが好きだから?
恋人を作らないイーサンには、元々『男色家なのでは?』という噂があるが、あれは真実だったのだろうか。アーノルドに対するイーサンの執着について、普通の友人にしてはおかしいと感じていたシエナは、そう考えると何となく腑に落ちた。
(だとするならば、ただ単に好きなアーノルドが不誠実な事をしているのが許せなかったという可能性も……)
無きにしも非ず、かもしれない。
(そして『俺の好きだった頃のお前を取り戻してくれ!』からの、『本当の俺を見つけてくれたのは、お前だ!』となり、ひしっと抱き合う二人。あ、だめだわ。泣けてくる……)
男相手だとそもそも勝ち目がないシエナは、これ以上深く考えると病みそうなので、考えるのをやめた。可能性の一つとして考慮する程度にしておいたほうがよさそうだ。
そんな風にシエナが一人悶々としていると、お約束通りに、勢いよく扉が開いた。
「失礼します!」
扉を開けると同時にそう言って室内に入ってきたエマ。
当然の如く、開いた扉はアーノルドの背中を押した。
そして……。
「あらやだ」
よろけたアーノルドは、イーサンの唇を見事に奪った。流れるようなフラグの回収に思わず拍手してしまいそうだ。
「も、ももも申し訳ございません!」
口元を押さえて顔面蒼白な二人に、エマは必死で謝る。
結局、イーサンは『扉はゆっくり開けるように』と言い残し、涙目でその場を走り去ってしまった。
帝国一哀れな男、イーサン・ベレスフォードに幸あれ。




