幸せと祉(しあわ)せ
前月認定分の手当申請にあたり「思い出の関係者」をベルトコンベアにてAのマシンまで運びます。「思い出の関係者」には、望んだ夢を見ていただきます。守秘義務がありますので、夢を見せる方法につきましては詳細をお教えできかねます。「思い出の関係者」の中には、この手当てを申請された方もいらっしゃることもありますが、認定順に処理いたしますので、ご希望に沿えないことも……いえ、夢の中で「幸せ」を支給しておりますので、問題ありません。
Aのマシンで「思い出の関係者」に加工を施します。加工後は「思い出」と呼ばれます。「思い出」は、別のベルトコンベアにてBのマシンまで運びます。
「思い出」は質の良いものばかりです。時々、粗末なものも見られますが、Bのマシンで改良させ、おしなべて「最良の最高の思い出」へと加工します。
「思い出」は、クレーンでCのマシンへ投入されます。ここから「思い出」は、「手当」へと作られてゆくのです。Cのマシン内には、歯の尖った円盤が6枚、1本の棒に通され縦に回転しております。シュレッダーを思い浮かべていただきますと、分かりやすいでしょう。
ここで「思い出」を、細断します。
ここで「思い出」を細断するのです。
大事な工程です、Cのマシンで「思い出」を細切れにするのです。
そうすることで、申請者に合った「生きる力」を作り、支給できるのです。命? はて、命を奪うと? とんでもない。わたくしどもが処理をしておりますのは「思い出」です。「思い出の関係者」には、良き幸福な夢を見続けていただいております。当社の研究ですと、半永久的に。「思い出」に加工されても、夢で暮らされていらっしゃるのですよ。生きていらっしゃるのです。誤解をなさらぬように。当社に重要な業務を与えてくださったのですから、今後ともよろしくお付き合い願います。
さあ、細断した「思い出」をDのマシンで各申請に合わせた「手当」に形作り、梱包、振り込み、送付、供給、邂逅、などなど、申請者の元へ「手当」をお届けします。最近は、他府県様からも契約いただいておりまして、非常に立て込んでおりまして、いえいえ、潤っていることをひけらかしているわけではございませんよ。それほどわたくしどもが、全国にお役に立てるようになってきた、という事実をお話しているにすぎないのでありまして…………
「フクヤマ、なに青白い面してんだ、はっは、まさかリバースするつもりじゃねえだろうな? チビるか? あ?」
「あ……いえ……そんな…………」
「たまげるよな、俺らが委託した『処理』ってもんが、こんな機械じかけなんだからな、へっ、お菓子工場のノリかい、行政様がこんなおふざけな方法を選ぶとは、世も末ってものさ」
主任、あんた、何ぬかしているんだよ。なんで平気で見ていられるんだよ。僕に気持ち悪い光景を見せるなよ。悪夢だよ、夢であってくれ。
「現実だよ。幸せというものは、それ相応の犠牲を払わないと手に入れられないんだ。こちらが幸せだと、あちらは不幸、あちらが幸せだと、こちらは不幸、しかたない、全員が全員、幸せになれる世の中はないんだから、かといって、不幸なやつらに幸せになってもらわないと! とか道徳の優等生めいたこと唱えるやつに限って、てめえを犠牲にしてそいつらを幸せにしてやる行動など1ミリも起こしてないんだよなー、ま、俺もそうだ、今自分が幸せでありつづけるようにあくせく働いて頑張るだけだ、他人の幸せを祈り、そいつらのためにも頑張るやつは存在しないよ、他人が不幸になった時、あ、良かった俺には不幸が降りかかってない、ラッキー、現実はそんなもんさ」
「主任は……この事を知って……どうするつもりなのですか」
やけに乾いた笑いが、機械が運動する室内へ投げつけられた。
「さあね、馬鹿馬鹿しい、お前と組んで告発してやろうかとも義憤にかられそうになったが、やめだやめ、面倒くさいわ」
「見慣れておいて、見ぬふりですか」
「あー、そうだよ、それが何か? フクヤマ、矛盾してるぞ、ただの同僚、干渉しないと入庁時に発言してたよな? ま、連れてきた俺も矛盾しているようなものだが、あ、今日で俺、仕事辞めるわ、島買ったからのんびりスローライフするわ、なんだって俺は『病弱な頭でっかち』で通ってるからな」
「…………」
主任には、何も言えなかった。僕は、口をかたく閉じて、ロッカーを出て、帰宅した。ここで、正直に思っていることをさらりと言ってのければ、爽快だったのだろうか。人格が迷走したみたいに泣きじゃくり嘔吐してやれば、慰めてもらえたのだろうか。分からない、分からない、これから僕は、どうして生きていけば良いのか。仕事は、辞められない。辞めたら僕は食べていけない、最高の地位が奪われる、職を失った人間は、特に若者は、人生に「負けた」と判定されて、蔑まれるのだ。
教えてくれ、僕は、明日、どこへ行けばいいのか。
― ええ、よくご存知ですね。こちらの手当、始まって十年経つのですよ。その間に、法改正が何度かございましたが、手当の内容、申請方法は当初と同じです。申請の際に、思い出を聞き取らせていただきます。どなたとの思い出かを教えていただくことになります。氏名、生年月日、性別、住所、情報が多ければ多いほど「生きる力」が強化されます。今月申請されまして、認定となりましたら来月分から支給開始です。そうですね、現金を振り込みさせていただくこともございますし、お望みの方との交際、婚姻、離婚もございます。申請される方がお望みの手当を支給させていただきます。ええ、その質問につきましては ―
「それでは、番号札6番の方、聞き取りを行います。答えられない項目があれば、遠慮無く仰ってください」
改めまして、八十島そらです。
初めて連載やってみました。できることが増えていって、喜びをかみしめております。
手当というものは、種類がいろいろあって、申し込む側も処理をされる側も大変そうに思います。処理をされている方は、窓口のお仕事だけじゃなくて、内側でも何か作業されているのですよね。私は、複数のことを引き受けてこなしていくことが不得手ですので、器用でかっこいいですねと声をかけたくなってしまいます。あまりそのような場所に足を運ばないのですがね……。