番号札2番
―こちらの手当には、所得制限はございません。ああ、全部支給と一部支給のことですか。過去にそういった手当もございましたが。時代もうつりかわるとともに、制度も見直していかねばなりませんので。他に気になる点はございませんか。かしこまりました。それでは、申請の手続きに入ります。
ご説明が長くなりまして申し訳ございません。いえ、いつでも仰っていただければ、可能な範囲でお答えします。ご協力いただきまして、ありがとうございます。
それでは、番号札2番の方、聞き取りを行います。答えられない項目があれば、遠慮無く仰ってください。
今回の申請について、どなたとの思い出を提出されますか?
「去年離婚した相方と、チビだ。チビには罪はないんだけど、思い出がちょっとでもあれば加算されるんだろ」
はい、さようでございます。お二人の思い出について、詳しく聞かせていただけますか。
「相方とは1年付き合って結婚した。同時にチビができて、気づいたら逃げられてた。チビはおれの方によくなついてたのによ。まったくなにが気にいらんかっただか。帰ってきたかと思えば紙切れ渡されたからよ、場のノリ? もういいよってもんでハンコ押してやってついでに役所に出しといてやった。そうだな、相方はなに考えてんだか読めないやつだった。そこそこ美人で、自慢できたけど、起伏が激しくて不機嫌なときはとことん不機嫌だったな。そいつにプロポーズする日の話だ。なんてことないサテンで、あいつはクリームソーダを飲みたいっつった。サテンによくある飲みもんだよ。あんたモノ知らねえの? おれとあんま年変わんないくせに。ハイハイ、そこのクリームソーダは、フツーじゃなかったんだ。バニラアイスとメロンソーダと食紅べたべたのサクランボじゃなくてよ、ホイップクリーム、ミルクプリン、乳酸飲料ソーダ、マシュマロ、真っ白けなクリームソーダが出やがった。あいつ、自分のルール通りじゃねえとヒステリックになるから内心びくびくしてたわけ。あいつのなかじゃ、クリームソーダは白と緑と赤、だからな。結婚申し込むのにキレられたら台無しだよな。オチとしちゃあ、意外にもあいつ、ご機嫌でよ、そん時の笑顔は、一番好きな笑顔だったわ。もっとムードあるとこ、夜景がきれいな店で指輪渡す予定は取り消して、そこでプロポーズした。あいつ、めったに笑わねえんだ。でもな、心を許したやつには、かわいらしく笑うんだよな。もうなんでも言うこと聞いちまう魅力があるんだ。おれ、あの笑顔であいつのためにいろいろしてきたぜ。あいつが喜んでくれるなら、なんだってな。チビとは、いっぱい遊んでやった。おれは、親がひとりで、食っていくために働きづめで、親族ともそんなに仲良くなかったもんで、親とゆっくり過ごすってのに憧れていたんだよな。初めて公園に連れてやって、夢だった肩車をしたら、チビ、あいつにそっくりのニッコリしてた。おれがあん時見れなかった晴れた空を、チビには見せることができたんだ。おまえだけは、これからおれみたいなさびしい思いはさせねえからな、って約束したらこのザマだ。暴力ふるったおぼえも、あいつらに暴言はいたこともまったくねえし、一生守ってやるって決めてたんだけどよ。生きてるって、うまくいかねえことだらけだな。おれ、悟ったわ。あ、また紙書かねえとなんないの? いらねえよ、しゃべったことだけでいいから、早く『幸せ』ってやつをくれよ」
番号札2番の方は、一刻も早く受給されたい様子でした。しっかり働いていらっしゃるのに、お金では幸せは買えないのでしょうか。
「来月からっつっても、入るのはまだ先なんだったよな。それはそちらの都合にあわせてやるよ。認定できなかった、だけはやめてくれよな」
絶対に認定されます、というのは難しいところですが、力を尽くさせていただきます。申請の結果は、来月に郵便にてお送りします。貴重なお時間いただきました。お疲れ様でした。
以下の申請について処理してよろしいか
「へえ、フクヤマ君くらいの若い子も申請するの。今の子はさっさと幸せになりたいものなのね」
「そうとは限らないと僕は思いますが、係長」
主任は、まだ体調がすぐれないそうだ。時間がかかると他の業務に支障がでるため、今回の申請については、主任を抜いて、係長からお伺いをたてることになった。
「離婚しといて正解よ。これだけは絶対。この人、フリーじゃない。あたらしいパートナー見つけてまだまだ遊べるわよ。ま、私は子連れ離婚だったけど、幸せよ。娘は私の味方なんだもん。私のこと、大好き大好きって甘えてくれるのよ。朝から晩までお母さん大好きなの。ああ、今日も定時であがりたいわ。かわいい娘が待っているんだもん。フクヤマ君も、結婚してなんか無理だわって思ったら離婚しときなさい! この仕事クビにならないし、給料もそれなりにもらえるし、子ども引き取ってもそうじゃなくても、うまくやっていけるし、ストレスフリーよ」
「そうですか」
懲りもせずに「とりあえず結婚してみろ」「子どもはいるといい」「離婚しても幸せだ」を唱えられるものだ。新興宗教の勧誘か? それと娘自慢も飽きないものだな。無理に「オカアサンダイスキ」と言わせているんじゃないのか。とんだ毒親だな。参観で久々に登校できたそうだが、要するに不登校だろうが。子の問題に向き合っていない、形だけの「親」。子どもを言い訳材料として利用しては突然休んで周りに負担をかけて。職員としても半端、親としても半端。面の皮だけはご立派なことだ。
思い出を申請し、認定されると手当が支給される。手当は、お金じゃない。「生きる力」と名付けられているけれど、つまりは「幸せ」を給付するらしい。1回の給付で辞退する人もいれば、3年以上受給しているハングリー精神の持ち主もいる。
今回、認定された番号札2番の方は、生きる力を半年分受給された結果、一生困らない財産を手に入れて、天国にいる心地をされているそうだ。
受給者の行く末は、業務上、会話する頻度が多いアルバイト職員がご親切に話してくれるので知っているだけだ。他言する気はない、しようとも思わない。
「ほら、私の言った通りよ。妻と子に逃げられてもね、そんなのたいしたことないのよ。お金持ちになれば帳消しどころかおつりもくるわ!」
「おみそれしましたよ、係長」
もちろん、棒読みである。
「フクヤマ君にもいいパートナーできるわよ。この職業やってますって言えば、わんさか食いついてくるわよ。間違いない!」
「……とっくにいますよ」
「え、本当なのそれ。珍しいわ、あなたがプライベートの話するなんて。なにそれ、もっと詳しく話しなさいよ」
話してさしあげた。すべて偽りの情報を。明日になれば、福祉課のフクヤマ君には、パートナーがいるという噂でもちきりになるだろう。嘘だというのに。
この職場は、暇な人間ばかりだから、嘘でも本当でもおやつ代わりに噂をつまんではもてあそぶのだ。僕は、ただの事務員だ。そこに、どの学校を出たのか、どこに住んでいるのか、家族はいるのか、実家の人たちの職業は何か、結婚しているのか、付き合っている人はいるのか、趣味は、休日は何をしているのか、そういうことは語らない。職務に不必要であるし、僕には何もないから。話すに値するようなことは、持っていないから。そうだとしてもかまってくる人は、よほどのお人好しなんだろう。この小さな世界には、頭に花を咲かせている輩が集っているのだ。