第8話
「あれ? 消えたよ? どこ行ったんだ?」
吉岡が操っていたビースト、クラーケンに徹底的にダメージを与えた俺のフェンリル。
触手を全て切断して、胴体だけの存在となったクラーケンは光の粒となって消滅していった。
「ビーストアウトだ」
俺が疑問を抱いたと同時に聞き覚えのある声が教室の隅っこから聞こえた。
「チェック」
神の使いを名乗るうさぎ、チャックがそこにいた。
俺が吉岡と戦っている姿を教室の外から見ていたのだろうか。
人間の言葉を口にするうさぎの登場に周りの不良連中は「うさぎがしゃべってる!」と驚きを隠せない様子だが、周りのことなど今はどうでもいい。
「なんだよ、ビーストアウトって」
「ビーストは一定のダメージを受けると自動的に消滅してカードの中に返っちまうのさ」
チェックはテコテコと歩いて教室の床に落ちていた一枚のカードを手に取った。そして「ほら」と俺に見せてきた。そのカードには先ほど戦った蛸のビースト・クラーケンのイラストが描かれていた。
そんなシステムがあったとは。俺のフェンリルは今まで負けなしだったのでビーストの活動にも限界があることなんて今初めて知ったぜ。
「これはオレっちが回収させてもらうぜ」
そう言ってチェックはどこからともなく大きな本、というよりカードバインダーらしきものを取り出した。中には複数枚のカードを収納できるようにフィルムでできたページが何ページもあるが、その中身はまったくカードが入っていない。
「このカードバインダーはビーストカードを封印する力を持っている。今は空っぽだがどんどん増えていくさ」
そう言いながらカードバインダーの中に先ほどのクラーケンのカードを収納した。
「これで残り28枚だな」
「ん? ビーストってのはそんなにいるのか?」
「ああ。オレっちの『ネメア』とお前の『フェンリル』そしてこの『クラーケン』の数を含めてビーストカードは全部で31枚存在するんだ」
「……そもそもビーストカードって一体――」
チェックに質問しようとしたとき後方から「ひぃぃ!」となんだか情けない声が聞こえてきた。
振り向くと鼻から血を流しっぱなしの吉岡が腰を抜かしたポーズのままずるずると後ろに後退しているではないか。
「てめぇ……今までよくやってくれたな!」
吉岡を追い詰めていたのは周りの不良集団だった。どうやら俺が吉岡を懲らしめたことをきっかけに日ごろのうっぷんを晴らさんと報復を目論んでいるようだ。
指をポキポキと鳴らす奴もいれば、椅子を武器代わりに手に取っている奴もいる。
「な、なんだよぉ! なんだよぉ!」
さっきまでお山の大将を気取っていた吉岡もクラーケンを失ったとたん弱気になってしまっている。両目にはうっすらと涙がたまっていた。
「そ、そもそもお前らが悪いんだろ! 僕のことをイジメたりするから! 僕だって被害者なんだよ! そうだ、散々やられた僕にだって人をイジメる権利があってもいいんだ!」
「てめぇ!」
そこらへんにあった机を蹴り飛ばす不良。ガシャンという音に委縮してしまう吉岡はとうとう鼻水まで垂れ流し始めた。
「やめてよぉぉぉぉぉ! もうあの頃には戻りたくないんだよぉぉぉぉぉぉ!」
甲羅の中に引っ込んだ亀のように小さく身を固める吉岡。すっかり雑魚キャラとなってしまった吉岡にもお構いなしに不良の一人が殴打を繰り出そうとしたので、俺はすかさずそいつの顔面に「おらぁ!」パンチをしてやった。
「てめぇ! なにしやがんだ!」
「おめーらの事情とかは知らねーけどよー? おめーらが苦しい思いをしていたのはこいつをイジメていたからなんだろ? 自業自得じゃねーか。ところがこいつに力がなくなったとたんまたイジメをするのか? これじゃあくだらねー無限ループじゃねーかよ」
「こいつは俺の友人を病院送りにしたんたぞ!」
「あーはいはいわかってますよ。たしかにコイツがお前らにしたことはよろしくないことだ。だが、そういう状況を作り上げてしまった張本人はお前らじゃねーのかよ?」
「そ、それは……」
「まぁ今回のことを教訓にお前らもこれからは仲良くだなぁ……あれ?」
俺が学校の先公のごとく説教している間に吉岡の姿がいなくなっていた。
「おいチェック、吉岡はどこいったんだ?」
「なんか顔を真っ青にしながらここを出ていったぞ」
「はぁ? なんでまた!?」
俺は教室を出ると吉岡の後ろ姿が見えた。
「吉岡!」
俺は急いで吉岡を追いかけた。あいつにも色々と言ってやらにゃいかんことがあるっていうのにトンズラとはいい度胸だ。
◆
「い、い、いやだ! またあの時みたいにイジメられるのはイヤだ!」
突然現れた他校の生徒とビースト同士の対決をしたはいいが敗北してしまうなんて思わなかった。
僕が持っていたクラーケンに敵うものなんてこの世にいないと思い込んでいたせいかもしれないが、とにかく僕はこの学校のトップじゃなくなってしまった!
クラーケンの持っていない僕はただのデブだ。またあの時のようにイジメられるんだ!
逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。いち早くこの学校から去らないと今までコケにしていた連中に仕返しをされてしまう!
今度は怪我だけじゃ済まないと思う。もしかしたら殺されてしまうかもしれない!
そう考えると心臓の鼓動が速くなって、今すぐにこの学校から立ち去らないといけないと思い、気づいた時には自分の居場所であった教室を後にしていた。
とにかく走った。普段運動なんてしない僕でも力いっぱい走ることだけを、この学校から離れることだけを考えてひたすらに両足を動かした。
靴箱がある玄関まであと少し、この階段を降りればすぐそこだ。
「あっ!」
急ぎすぎたのがよくなかったのか、階段を降りようとした瞬間に足がもつれてしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
階段を転げ落ちる僕の体中に痛みが走る。踊り場に倒れたと同時に僕の意識は失った。