第5話
吉岡朔朗はスクールカーストでは最下位の位置に属していた。
デブでブサイクな見た目を理由に不良たちからイジメの対象にされていた。
暴力を振るわれない日はなく、金が必要だと言われると無理矢理財布から金を奪われることがほとんどだった。
周りの生徒たちは保身のために見て見ぬフリをする。ここで朔朗を助けると自分までイジメのターゲットにされてしまうと思っての行動だ。
彼にとって学校は地獄も同然だった。何が悲しくてこんなにも苦しい思いをしなくてはならないのかと毎日息が詰まりそうな気持ちだった。
自殺も考えたこともあったが、いつもあと一歩のところで止めてしまう。
自分が情けなかった。もっと自分に力があったらイジメられることもないだろうに。もっと自分に勇気があったらこんな思いをしなくてもいいのに。
ベッドの布団の中に潜り込んで、朝がこないことを祈っても明けない日はない。今日もカーテンの隙間から日の光が差し込んでくる。
ああ、今日も地獄が始まる。
しかしその日の朝はいつもと違っていた。
机の上に一枚のカードが置かれていた。
見たこともないカードだった。テレビゲームを買うことはあるが、カードゲームを買うことはない。
そのカードはあるモンスターの絵が描かれていた。
◆
「おいデブ岡。金貸してくれ」
不良三人に囲まれて今日もカツアゲをされる。
金を盗られる時はいつもこんな感じだ。逃げ場をなくすように周りを囲んで両目から放たれる威圧で相手を委縮させるのだ。
相手がビビりあがって抵抗できなくしてサイフを盗むのだ。
「い、嫌だよ……」
「ああ? 逆らったらどうなるかわかってんのか!?」
「ひぃっ!」
胸倉を掴まれる吉岡。
その時、吉岡の制服から何かが地面に落ちた。
「ん? なんだよコレ?」
一人の不良がそれを拾い上げる。
「あ……」
「なんだこれ? カードか? 小学生でもあるまいしお前こんなもん持ってんのかよ。気持ち悪い奴だな」
吉岡は今朝自分の机になぜかあった一枚のカードを、なんとなく学校に持ってきていたのだ。
「か、返して!」
素早い手つきで不良が手にしていたカードを奪い返す吉岡。
「こ、これは僕のなんだ……だから!」
「別に俺たちはそんな紙切れに興味なんてねーよ。それより金だよ金! さっさと出さねぇとぶっ殺すぞ!」
不良たちが吉岡に暴力を振るい始める。殴りと蹴りを繰り返されて、体中を痛めつけられる。
「やめてよ、やめてよぉ……」
「ああ? なんだって? 聞こえねーんだよクソデブがっ!」
本当は聞こえているのにわざと聞こえないふりをして暴力を続ける不良たち。
「や、や……やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
一方的にやられている吉岡の中にある何かがキレたその瞬間、カードが光だし、中から何かが飛び出してきた。
不良の一人が吹っ飛ばされた。
「ぐばぁ!」
壁に激突した不良はそのまま気を失ってしまう。
「な、なんだってうわあああああああああ!」
いきなり吹っ飛ばされた仲間を見ている間に、もう一人の不良の悲鳴が響いた。
不良の目に映ったのは見たことのない奇妙な存在だった。
それを目にした瞬間、全身が震えあがっていることを実感した。
「た、助けてくれ……」
「……いやだ」
拒否をしたのは吉岡だった。
カードから飛び出したその存在を知ると、急に強気な態度を取り出したのだ。
一瞬で察することができた。
このモンスターは……いや、ビーストは自分が得た絶対的な力。神様だか悪魔だかが不幸な思いをしている自分を助けるために、この力をくれたんだ。
カードに描かれていたそのビーストは現実世界に現れて、力のない自分に力を貸してくれる最強の存在なのだ。
「なっちまえええ!」
不良たちは気を失うまで吉岡が召喚した異形の存在によって蹂躙された。
死亡こそはそなかったが全身がまともに機能しなくなるまで徹底的にやられたのだ。
まるで吉岡が今まで溜まっていたうっぷんを晴らすかのように。
「はははは……アハハハハハハハハ! これで僕は、俺は! 何も恐れることなんかないんだ! 俺は最強なんだあああああああああああ!」
こうして吉岡朔朗は学校の暴君として降臨することになる。
◆
そして現在。
「吉岡さん……」
吉岡にパシリをさせられていた不良の一人が教室の扉からこっそり現れる。
「ん? どうした? うな重は買ってきたのか?」
「そ、それが……その」
なんだか申し訳なさそうな態度をとる不良に吉岡はしびれを切らした。
「なんだぁ? 買ってきてねぇのかかよてめぇ死にてぇのか! ああ!?」
「お、お客人というかなんというか」
「は……?」
吉岡があっけにとられていると教室の扉から一人の男が入ってきた。
「あんたが吉岡?」
彼の名は矢崎永一。
吉岡と対決する男である。