第3話
退屈な授業が終わって、放課後がやってきた。
学校を後にした俺は行きつけの喫茶店で好物のナポリタンでも食べてほのぼのしようと思っていたが、それはできなかった。
なぜなら不良A、B、Cがまたまた俺の前に現れたからだ。
「まだ懲りてねぇのかよ」
俺は懐からフェンリルのカードを取り出そうとする。
フェンリルの姿と力はこの間見せてやったはずだ。だからこいつをちらつかせりゃ銃を見せているようなもんと同じはずだ。
「ひぃっ!」
ほらな。不良Aが生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えているじゃねぇか。
「ち、違うんだ!」
不良Bが顔を横に振ってそう言った。
「俺たちはお願いをしに来たんだ!」
「お願い? 金なら貸さねーぞ?」
「違う違う、そんなんじゃない! 俺たちはあんたに助けを求めにきたんだ!」
「助け?」
どうやらリベンジしに来たんじゃないらしいな。
◆
ここは俺の行きつけの喫茶店「喫茶・安心地帯」。昭和チックなナポリタンが有名な店である。
俺は好物のナポリタンとレスカを注文した。不良たちは三人ともコーヒーを注文した。
「で、助けてほしいってなんだよ? 不良A、B、C」
俺はナポリタンをすすりながら質問する。
「いやまずその俺たちをアルファベットで呼ぶの止めてくんね? 俺たちにもちゃんとした名前があるんだからよ」
「そんなこと言ったってお前らの名前なんて知らねーよ」
「ならば俺から名乗らせてもらうぞ。俺は武内鉄男。最強不良トリオ『舞炎隊』の頭を務めている」
そういえばこいつらって自分たちのことを舞炎隊って名乗っていたっけ。すっかり忘れていた。
「俺は坂牟田俊郎。小学生の時はそろばんを習っていた」
いやお前が昔そろばん習ってたとか知らんし。
「俺は志葉達臣。特技はオセロだ」
その情報いる?
こうして舞炎隊の三人は自己紹介を終えた。まぁ俺は最初に紹介してくれた武内の顔と名前だけは覚えることができた。他の二人は知らん。数日後に忘れるかもな。
「それじゃあ本題だが……俺たちはあんたの力を知っている。あんなバケモノを操る力があったんじゃ俺たちは絶対に勝てない。けどな、あの力を持っているのはなにもアンタだけじゃないらしいんだ」
「ん?」
武内の言い方はまるで俺以外にもビーストを使う人間がいるみたいじゃないか。まぁ実際昨日は「ネメア」っていうライオンのビーストを操るウサギと出会ったぐらいだからな。
「これは俺の知り合いの知り合いに聞いた話なんだが……」と武内は話を始めた。
なんでもその知り合いの知り合いが通っている北高では、ある一人の生徒がほとんどの不良を手駒のごとく操っているらしい。
ちなみに俺たちが住んでいるこの町には4つの高校があって、頭のいい高校から順番に「東高」「西高」「南高」「北高」となっている。俺が通っているのは南高だ。
「そいつは喧嘩の腕はからっきしだが、なんでもバックには大きな存在がいるんだ」
バックに大きな存在、っていうのは裏社会の人間とか反社会的勢力とかのことではなく、本当にその男の後ろには人間離れした「何か」がいるらしいのだ。
奴はその力を使い、一気に不良たちのトップに立ち上ったらしい。
そいつがお山の大将を気取ってから校内の不良たちは自由が利かなくなってしまった。
パシリをさせていた奴がパシリをさせられたり。
暴力を振るっていた奴が逆に暴力を受けたり。
カツアゲを繰り返していた逆にカツアゲされたり。
立場関係が逆転してしまったのだ。
「なんだよそれ。今まで加害者側だった奴らが被害者側になっただけじゃねぇか。自業自得の因果応報じゃーん」
「そ、そうかもしれないな。俺も最初聞いた時はそう思ったさ。だがな、そいつは元学校のトップだった男を病院送りにしているんだ。全治六ヶ月だとさ」
「な……」
喰いかけだったナポリタンを思わず口から出そうになる。そこまでの重症を負わせるなんて。オーバーキルしすぎじゃねぇのか?
ひょっとしなくてもこれは……
「ビースト……」
「ああ。その男もこの間のアンタみたいな力を持っていると思う。その力で好き放題していんだぜ」
「……行ってみる価値はあるな」
最後のナポリタンをすすった俺は戦う決意を固めた。
◆
ここは北高。
ついこの間まではある一人の不良がこの高校の不良たちを仕切っていたが、突如として現れた一人の生徒によって立場が逆転してしまった。
元トップだった男は現在病院のベッドだ。全身の骨を砕かれてまともな生活なんか送れる状態ではない。
「おい。うな重買ってこい」
今現在この北高のトップと君臨しているでっぷりとした体形の不良生徒。
体重は100キロを余裕で超えているデブ男は、机の上に脚を乗せながら不良たちに贅沢な指示をした。
「う、うな重なんて。そんな高いもん買えないっすよ」
「ああ? お前らの金出し合えば買えるだろうが! 算数もできねぇのか。アァ!?」
手元にあった誰も座っていない椅子をぶつけるように投げる。誰も当たることはなかったが「ひぃ!」周りの不良たちは恐れおののく。
「いいから早く買ってこい。じゃなきゃ殺す」
「は、はぃ……」
恐怖によって指示に従うことしかない不良たち。だがその中の一人が「このクソデブ」と小声でつぶやくが、それがいけなかった。
「聞こえてんぞ。お前、今何て言った?」
「ひ!」
背中に氷を入れられた時の如くびっくりする一人の不良。
「何って言ったんだって言ってんだよ! 耳あんのか? アァ!?」
「…………クソデブって言ったんだよっ」
心の中にたまっていたうっぷんが限界を超えたのか、不良は目の前デブに向かってガンを飛ばす。
「いつもいつもいい気になりやがって! そもそもお前は俺より年下じゃねぇか! 上から目線気取ってんじゃねぇぞクソデ――」
反撃に出た男の体は一瞬にして教室の壁に叩き付けられた。
「ガハァ!」
壁には亀裂が入っている。もしかしたら骨が折られているかもしれない。
(で、でた!)
この人間離れした圧倒的力にはこの学校の不良たち全員太刀打ちができなかった。
最初、周りの不良たちは反抗的態度を見せた彼に対して「やりやがった!」という期待の気持ちを抱いたが、今の彼の姿を目にして一瞬にして再び絶望の気持ちへとなってしまう。
「俺の悪口言った瞬間、殺す。わかったな?」
悪魔のような表情を浮かべる男に全員がすくみ上る。まるで出口のない迷路に閉じ込められたかのような絶望感。
誰か、誰でもいいからこの悪魔のごとき男を葬ってくれ。
委縮しきった不良たちは心の底から助けを願った。
この吉岡朔朗という男を叩きのめすことができる人間を望んでいたのだ。
◆
「へーここが例の暴れん坊がいる高校か」
俺は昨日話に聞いた舞炎隊が言っていたビースト使いがいる北高の校門にいる。
もしビーストの力であくどいことをしているっていうのなら、見て見ぬふりはできんね。