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今日日の不良はカードからビーストを召喚するんだぜ?  作者: スカッシュ
第1章 召喚系ヤンキー、矢崎永一参上! 編
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第2話

「ウサギがしゃべっとる!」

 突如として俺の前に現れた一体のライオン。その上には腕を組みながら仁王立ちしているうさぎがいた。

 ていうかうさぎって二本足で立つ動物だっけ? いや、俺のフェンリルも二本足で立つけどさ。

「こ、今度はなんだ!?」

 おっと、俺と同じ反応をしているのは上級国民バカのあいつも同じか。右手に持っているスペアの銃がぷるぷると震えている。

「去ろうとしている人間を後ろから狙うなんて、やっぱり人間はどうしようもない生き物だな」

「う、うるせぇ!」

 どこからともなく現れたウサギに「どうしようもない」と言われたことに腹が立ったのか、尾坂は震えている状態のままの右手で銃の引き金を引いた。

「ち、しょうがねぇ人間だ。『ネメア』よ、はねかえせ!」

「メアァァァ!」

 ネメア、というのはあのウサギが乗っているライオンの名前なのだろうか。するとライオンの前方に光の壁が出現した。

 尾坂が撃った銃弾はその光の壁に当たり、飛んできた軌道と同じ方向に跳ね返ったのだ。跳ね返った銃弾は銃本体にヒットした。

「いだぁ!」

 右手に持っていた銃が宙に舞う。地面に落ちた銃を拾うことはなく、尾坂は右手を押さえている。

「調子に乗るからそんな目に合うんだぞ、人間」

「ひぃ! ひぃぃぃぃぃ!」

 今日だけでも常識外れの動物を二体も目の前にした尾坂は半泣き状態のままその場から逃げ出した。

「な、なんだか知らないが助かったぜ……」

 俺は地面に落ちている銃を見つめた。こんなところでこんな物騒な物が置いてあったら危ないよな。知らない奴が拾ったら悪用するかもしれない。からと言って警察に届けるのもなんだかめんどくさくなりそうな気がする。

「よし、証拠隠滅しよう」

 俺は再びフェンリルを召喚した。

「フェェェェェン!」

 フェンリルの爪は日本刀よりよく切れる。鉄を切断することなんておちゃのこさいさいだ。

 落ちている銃を拾って宙に放り投げるとフェンリルは自らの爪を何度も振るって銃を粉々にした。これで凶器は細かい鉄クズへと変わったわけだ。誰もこれが元々銃だったとは気づくまい。

「あとはそこらへんにでも捨てて置けばOKだなってイダダダダダダダダ!」

 ああ忘れていた。俺は尾坂に横腹を撃たれていたんだった。ライオンとかウサギとかの登場で自分の身体の痛みなんて忘れていたぜ。

「絆創膏で治るかな?」

「治らんと思うぞ」

 話しかけてきたのはウサギだった。まだいたんだ。ネメアと呼ばれているライオンから降りたそいつはテクテクと俺に近づいてきた。

「まったく今回は特別だぞ」

 するとウサギの手からキラキラとした光が放出され、俺の横腹を包み込んだ。すると痛みはなくなって傷口も塞がっていたのだ。

「すげぇ……ミラクルだ」

「他の人間には内緒だぞ」

「あ? ああ……ところでお前もビーストなのか?」

「いや? ビーストはこいつだ」

 ウサギは再びライオンの頭に乗ってポンポンと頭を叩く。

 ていうか捕食される側の動物が捕食する側の動物の上に乗るってなんなんだろう。

 虎の威を借りる狐、ならぬライオンの威を借りるウサギ……と言うべきか?

「こいつは獅子のビースト、ネメアだ。こいつの能力はどんな攻撃も反射するバリアを発生させることができる」

 やはりこのライオンも俺の持っているフェンリルと同じビーストなのか。俺以外でビーストを所持している奴を見るのは初めてだ。しかもウサギ。

 たしかにこのライオン、ネメアはさっき「メアァ」と吠えていた。俺のフェンリルも「フェェン」なんて狼らしくない吠え方をする。カードから召喚されるビーストはみんな独特な声を持っているのだろうか。

 まぁそんなことよりも気になることが一つある。

「お前のビーストもすごいけどさ、なんでお前ウサギなのに言葉が話せるんだ?」

 ビーストの存在は俺自身も取り扱っているから別に驚くことはそんなになかったが、俺が一番気になることはペラペラとしゃべるウサギの存在だった。

 こいつがしゃべっているところを動画で撮影して動画配信サイトに投稿すれば余裕で再生回数100万再生間違いなしだろう。朝のニュースで一番に報道されること間違いなしだ。

 なんて想像をしているとウサギが俺の問いに答えてくれた。

「それはオレっちが神の使いだからだよ」

「お、おう……」

 なんか言ってきた。神の使いだとか言ってきた。あとこいつ一人称「オレっち」なんだ。

「で、その神の使いがなんで俺を助けてくれたんだ?」

「助けたのはついでだ。愚かな人間にお灸を添える必要があると判断したからな」

 愚かな人間。考えるまでもなく尾坂のことだろう。

「それに関してはサンキュー」

「で、オレっちがお前の前に現れた理由はただ一つ、お前の持っているフェンリルのカードを回収しに来たんだよ」

「は……?」

 俺は召喚状態のフェンリルの姿と右手の持っている白紙のフェンリルのカードを交互に見る。

「それは恐ろしい力だ。アホでバカで自己中な人間を持っていると絶対によくないことが起こる。だからオレっちが回収しにわざわざ回収しに来たってわけよ」

「つーわけでそれをよこせ」と言いながら小さな手を出してくるウサギ。

「ふざけるな。俺はこの力のおかげで助かったんだ」

「そういう考えも今の内だけだ。欲が出て自分のためだけに乱用する未来がオレっちには見えるんだよ」

「そんなことしねぇ……」

「保証は?」

「俺がしねぇって言ったんだからそれが保証だ!」

「いーや、ダメだ。信用できねぇ。人間なんて生き物はみんなそうなんだ。大丈夫大丈夫とか言っててもどーせ悪いことしちまうんだよ」

「そんなことはない……俺はもう人を殺めたりしねぇ」

「……お前、フェンリルのカードを手に入れたのはいつだ?」

「……10年前だ」


 ◆


 昔の俺はそんなに悪いガキじゃなかった。

 どちらかと言えば悪い奴は俺の父親だった。

 勤めていた会社が急に倒産して職を失った親父はショックで酒ばかり飲んでいた。

 お袋はパートに出たが少ない収入は全て酒代に使われてしまう。

 本来なら幼稚園やら保育園やらに通って友達と仲良くなっているはずだが、金のない俺の家にはそんな余裕はなかった。

「あなたもうお酒はやめて! この家には本当にお金がないの!」

「んだとゴルァ! 金がねぇならてめぇが体で稼ぐなり内臓売るなりして稼いでこいよ!」

 当時チビだったこの時の俺は親父が何を言っているのかわからなかったが、改めて思い出すと親父はとんでもないことを言っていたんだなと改めて思う。

 もうなんか、シンプルにクズだった。

「やめてよぉ!」

 殴られて続け、蹴られ続けるお袋を救うために俺は小さな体でクソ親父の前に立ちはだかる。

 しかしたった一発のキックでやられてしまう。

 手加減の欠片もない蹴りだった。幼かった俺はそれだけで体の骨が折られて激痛が走る。

「いぎゃああああああああああ!」

 大泣きした。5歳児だった俺に「骨が折れただけで泣くな」なんて100%無理だった。つーか一般人でも絶対耐えられるわけがない。

「チビのくせに生意気な奴だな。おしおきが必要だな、ああ!?」

 酒瓶を持った親父は俺の頭をかち割ろうと思い切り振り下ろしてきた。

「やめて!」

 その時、お袋が俺をかばってくれた。ゴッという鈍い音は今でも覚えている。

「おかーさん……」

 頭を殴られたお袋はその場に倒れた。どれだけ声をかけても反応はなかった。

「へ……俺に立てつくからこうなるんだ。耳クソ程度の稼ぎしかできないクズ女め」

 頭から血を流しながら気を失っているお袋の顔に唾を吐き捨てる男に俺はこの瞬間、生まれて初めて「殺意」というものを胸の中に感じた。

 この男は俺の父親じゃない。人間の皮をかぶったクソな悪魔だ。

 殺すんだ……殺すんだ……殺さないといけない存在だ…………

 心の中に真っ黒い感情が生まれる。

 その時だった。俺の足元に見慣れないカードが落ちていた。

 狼のイラストが描かれている一枚のカード。こんなものは買ってもらった覚えがない。しかし俺はなんとなくそのカードに手を伸ばした。

 カードに触れた瞬間、カードが光り輝き、カードの中から一匹の狼が出現した。

「フェェェェェェェン!」

 自分よりも何倍も大きいその存在に、当時の俺は腰を抜かしていたが、それと同時に俺は感じとっていた。

 こいつは俺の味方、俺の武器、お袋に手を出したクズを葬ることができる存在だ。

「な、なんだよそいつは……」

 突如として現れた狼の姿に親父は酒瓶を床に落として腰を抜かす。

「や、やれ……」

 ぽつりとつぶやく。そして次は大きな声でこう叫んだ。


「そいつを殺せ! フェンリル!」


 なぜか狼の名前を口にしていた。今さっき手に入れたばかりなのに、俺はフェンリルという名前を知っていたのだ。

 そしてこれが「ビースト」と呼ばれる代物ということも頭の中に刷り込まれた。

「フェェェェン!」

 フェンリルは両方の爪を素早く交互に動かして、何度も何度も親父を攻撃した。

「ぎゃ……やめっ」

 親父の抵抗は虚しく、体中から出た大量の血を床や壁に散らしながら……絶命した。

 こうして矢崎永一は5歳にして自分の父親を殺めたのだ。

 その後お袋は目を覚ましたが、目の前に広がっていたのは、体中血だらけになったクソ親父の残酷な姿と返り血で服が汚れた俺の姿だ。

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 お袋の悲鳴が家中に響き渡った。


 ◆


「お袋は精神的なショックが大きくて今も精神病院で入院している。クソ親父が死んでせーせーしたはいいが、その代償は大きかったんだ。俺はただお袋を守りたかっただけだったのに、逆にお袋を傷つけちまった。俺はクズ男を殺した。でもクズだからといって人を殺しても全然スッキリしねー。逆に『なんてことしちまったんだ』って気持ちの方が大きかったんだ」

 俺とウサギはお互い座り込みながら過去の話をしていた。

「変わっているな。強大な力を手に入れたにも関わらずそれを自分勝手に使わないとはな」

「俺は誓った。もうビーストの力を使って人を殺さないってな」

「いやでもお前さっきフェンリル使ってたじゃん」

「あれは命に関わると思ったから仕方なくだなぁ……」

 銃なんか出されたらビーストも出したくなってしまう。正当防衛というやつだ、うん。

「とにかくそれは人間にとって危険な代物なんだわかったらさっさと――」


「引ったくりよー!」


 遠くで女性の声が響く。

 日本語をしゃべる摩訶不思議生物の言葉を無視して、声のしたほうに駆け寄る。

 すると原付にまたがった二人組が走っているではないか。

 一人は原付を運転して、もう一人の手にはバッグが握られている。

 俺は今、ひったくりの現場に居合わせてしまった。

 人間の足では決して追いつくことができないほどのスピードで走る原付。30キロ以上のスピードは出しているだろう。

 ここは素早くスマホを取り出してカメラでバイクのナンバープレートを撮影してそれを警察に提出して捜索をしてもらうのが賢い選択だろう。

 しかし俺はスマホを取り出すことをしなかった。

 自然と手に持ったのは、一枚のカードだ。

「フェンリル!」

 カードの中からフェンリルが飛び出す。

「フェェェェェェェン!」

 フェンリルのスピードは原付よりも速い。追い抜くことなど容易かった。

「「な、なんだぁ!」」

 原付に乗っている二人組は急に出現した二足歩行の狼に目を見開いているだろう。

 フルフェイスのヘルメット越しでも聞こえるひったくり二人組の声。

 奴らがブレーキをかける前に、俺はフェンリルに指示をした。

「あいつらを止めろ!」

 俺の声を聞いたフェンリルは素早く右手の爪で走っている原付を切り裂いた。

 原付がフェンリルの横を通り過ぎると同時に、原付はバラバラに解体された。

「うぎゃあああああ!」

「うわああああああ!」

 ひったくり二人組は地面に盛大に転んだ。

「わおー」

 今の様子をぼけーと見ていたウサギは感心したようなリアクションをする。そんな半分呆けている人語を話す草食動物くんに俺はこう言った。

「俺はこの力を殺人のためには使わねーって決めてんだ。せっかく手に入れたスーパーパワーなら、正義のために使ってやるぜ」

 フェンリルをカードに戻して、俺はその場を立ち去った。

 うさぎは追いかけもせず、言葉をかけることもしなかった。

 しかし小声で、俺の耳には入らないくらいの声で、こんなことを言っていた。

「捨てたもんじゃねーな。人間も」

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