第六話
家の外で待っていた超高級車の運転手は日本人であった。
カーナビがついているので、俺の家の住所のメモを渡して、ここまで来たらしい。
ナビがあるならちょうどいい。
目的地を伝えて、場所を調べてもらい、そこに向かう事になった。
折角だ!
こんな超高級車に乗ることなど、2度と無いだろうから大いに楽しもう。
ふわぁ~。
何この座席、シート?
俺が今までに座った事のあるどのソファーよりも座り心地がいい。
これは人をダメにする車ですか?
そして、当然のように冷蔵庫もついていて、セバスが
『何かお飲みになりますか?』
と聞いてくるので、つい貧乏人根性でシャンパンをと答えそうになるも、
これから人に会うのにアルコールはあかんと思い直し、
姫様と同じフルーツジュースをもらった。
これがまた、うまかった。
数種類のフルーツをミックスした物らしいのだが、
今まで俺が飲んだことがあるフルーツジュースが、
同じフルーツジュースを名乗るのがおこがましいほどの差があった。
思わず、2回もお代わりしてしまったのも仕方が無いことだ……多分、きっと。
幸い、そんなに遠い所ではなかったので、さほど時間がかからずに到着した。
ちなみに、車内の会話は、姫様による日本のアニメへ質問……
というかおすすめ作品についてばかりだったので、割愛させていただく。
これから何処に向うのか?
どうやって解決するつもりなのか?
という類の質問が一切なかった事も一応触れておく。
どんだけ、日本のアニメを気に入ったんだよ!
そして、辿り着いたのは、
メールの差出人こと、日本有数の大企業…………の北関東支部。
ここいらのエリアではここが一番大きいらしい。
しかし、俺のメールアドレス教えてないんだけど、何でメールを送ってこれるんだ。
この2人といい、この大企業といい、どうなっているんだ、俺の個人情報?
そんなことを考えながら、受付に向かう。
今日日、経費削減という名の下に、受付が無人の所も増えている中、
さすが天下の大企業。
綺麗な受付のお姉様が2人もいらっしゃる。
右側のショートカットがにあう、清楚な感じのお姉様に話しかけたかったが、
どうやら、電話応対中のようだ。
しかたなく、げふん、げふん。
左側の、少し色を抜いたロングヘアーが素敵な、ちょっと気の強そうな感じのお姉様に話しかける。
「すみません、石橋さんにお会いしたいのですけど」
「失礼ですが、どの部署の石橋でしょうか?」
そうだよな、石橋だけじゃわからないよな。
でも、困ったな。
部署なんか知らんがな。
あっ、そうか
「ラバハキア王国との取引担当の」
どうやら、これで伝わったようだ。
受付のお姉様の表情が心持ち引き締まったように感じる。
「アポイントメントは御ありでしょうか?」
「いえ、ありません」
向こうから連絡はあったけど、アポは取ってなかったな。
あれ、このやり取りどっかで………
となると相手の返答は
「そうですか、申し訳ありませんが、今石橋は大変多忙でして、
アポのない方とお会いする時間がとれません。
大変お手数ですが、改めてアポイントメントを取ってお越し願えないでしょうか?」
だよねぇ~。
そうなるよね。
そうすると俺の返答は
「かしこまりました……じゃ、ねえよ!」
受付のお姉様が、残念な人を見てしまったという表情で俺を見ている。
「い、いや、そうじゃなくて…
俺は、ラバハキア王国との関係で大事な話があってですね…」
「13人目です」
「へっ、13?」
「本日、こちらにアポ無しで石橋を尋ねてきたお客様の人数です」
私、呆れています、という雰囲気を隠しもせず、話を続ける。
「新聞で取り上げられた所為なのか、利益のおこぼれでももらえればという輩。
何やら胡散臭い話を持ってくる輩。有象無象が千客万来です。
本社の方には、もっと沢山来客があり、受付業務に支障がでているとか。
なので、ぶっちゃけ、ちゃんとした取引相手はアポを必ず取っているので、
アポも無しに来る輩は追い払ってしまっていいと、連絡が来ています。
お帰りは、あちらでございます。
あまりにしつこいと、警備員を呼ぶことになりますよ」
言葉こそ丁寧だが、お前とっとと帰れよ感が半端ない。
今更ながら、本当に凄い取引なのだなと思い知らされる。
交渉していた場所が、場所だけに、ちょっと軽く見すぎていたかもしれない。
「いや、そういう輩とは違いまして、
ほら、あちらにラバハキア王国の関係者もいますし」
「あら、呆れた。
確か、北海道支部だったかしら、
あなたみたいに、偽者のラバハキア王国関係者を連れてきた連中がいたらしいわ。
万が一の為に本社に画像を送ったら、真っ赤な偽物だったと。
あなたも、騙そうとするなら、もっとそれらしい人物を用意することね。
どう見ても、おじいさんと孫娘って感じじゃないの。
おとといきやがれ、ですわ」
「本物なんですってば!
そんなに疑うなら、画像送って確認してみてくださいよ。
この話を逃したら、あなたをクビにするぐらいではすまないぐらいの損失ですよ!
いいんですか?」
「なに、ついには脅そうっていうの、そっちがその気なら、
こっちにも考えがあ
「岸さん。
画像を送って確認するだけなら、それほど手間ではないのだから、
そうしておきましょうよ」
だんだん怒気があがってくるお姉様を制して、右側のお姉様が提案してくる。
どうやら、電話の応対は済んだ様だ。
「でも、こんな奴らが本物の筈ないじゃない!」
ついに、こんな奴ら扱いだよ。
いいのか、こんな受付嬢で。
「まあ、まあ、万が一という可能性もあるのだし、もう送信も済んだわ。
それに、確認して偽者なら、それ相応の対応をすればいいのだから、ね」
うわぁ~、こっちのお姉様は絶対怒らせたらアカンタイプの人だ。
「そ、そうね、ここまでさせたのだから、
偽者だった時は覚悟しなさいね!」
なんか流石にちょっとムカついてきた。
「そっちこそ、我々が本物だった時はか…
プルルルルル、ガチャ。
俺が言い切る前に、受付の電話が鳴る。
電話の対応は基本的に右側のショートカットお姉さんの担当なのか、
素早く受話器をとる。
「はい、北関と………えっ!石橋さん!
はい、はい、直ちに、はい、かしこまりました!」
受話器を置くや否や、
「岸さん、今すぐこちらのお客様を応接室にご案内して!
決して失礼の無いように!」
「えっ、急に何?
って、まさか、本当に、こい…
こちら様…本物?」
一瞬にして、顔が真っ青になる受付嬢岸氏。
「さ~て、俺は何を覚悟したらいいのかな?」
「申し訳ありませんでした」
それは、それは、見事な土下座だった。
土下座の教科書があったら、お手本として載せたいくらいの。
あっ、そういえば俺、リアル土下座って始めて見た。