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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ここは昔、空だったから 

掲載日:2018/08/02

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 ふう、終わった終わった。理科の授業って、どうも疲れるんだよね。ねえねえ、今日の授業分かった? 化石について。

 土砂が堆積して、骨とか殻とかの硬い部分が、鉱物に置き換わって長く存在し続ける……だっけ? 僕たちの持ち物や、僕たち自身の身体も、ずっと埋もれていて残ったものが掘り出されたら化石になってしまう……考えてみると、不思議で変な感じだ。

 今から何百年、何千年もたった時の世界はどうなっているのかなあ。今の僕たちが使っているゲームやケータイ。それが将来、人の形をしているかどうかも分からない存在によって、真剣に考察されている様とか、ちょっと笑えてきちゃわない?

 ただ生きることにも意味がある、って言葉を聞いたけど、それはずっと未来の歴史も見据えた上での発言なんだろうなあ。だから個々人の生涯というミクロな目線で見た場合、何とも殺生な意見に思える。世界に名を残した上で、自分のために生きたいと、つい欲張りなことを考えちゃいがちだしね。

 長い歴史で見たら、ほんの一瞬だけど印象的な出来事。親戚のお兄さんに聞いた話なんだけど、興味はないかな?


 お兄さんがまだ小学生くらいだった時。近所付き合いのある大人の人が、それなりにいた。

 中でも個人的に懇意にしていたのが、二軒隣のアパートに部屋を借りている男性だった。

 お兄さんは「おじさん」と認識していたけれど、それはもじゃもじゃ生やした不精髭と、後退を始めている髪の生え際が目立っていたのが判断理由。実際には、かなり若いのだと大人たちが話しているのを、聞いたことがある。

 仕事に就かず、部屋を出てどこかに向かう姿を、かなりの頻度で誰かが目撃していた。襟の辺りにポツポツと穴が空いているTシャツと、くたびれたチノパン。それに小さいリュックを背負って出かけていく姿は、およそ誰かに会いに行く用事とは思えなかった。

 大人たちにとっては感心できない振る舞いだったけど、お兄さんを始めとする子供たちにとっては、しばしば話題の的だった。何しろその「おじさん」は、珍しいお土産を見せてくれるのだから。


 お土産展覧会は、毎週の日曜日。近くにある公園の片隅で開催される。時間はまちまちだけど、子供たちの間でのおじさんの人気は高く、友達同士で遊びに来ている人は、たいていおじさんの周りに集まっていったらしい。

 おじさんは「ジャンク好き」だと、みんなに公言していた。ブルーシートの上に広げられるのは、いずれも見たことのない金属製の部品。


「ねえねえ、これはなあに?」とお兄さんは、シートの隅に置かれた部品の一つを指さした。ぱっと見た感じではボディを失った、蛇腹式カメラのレンズに見える。


「そいつはね。もう数万年前に作られていた、古代兵器の一部だよ。完全な形だったら、今のカメラとよく似ているんだけどね。対象をファインダーに映してシャッターを切ると、電熱一閃! 鋭く走ったイナズマが相手の身体を打ち抜き、内側から燃やし尽くす。文字通り、『ファイア!』というわけさ。すごいだろ〜?」


 こんな感じ。大人があきれて、子供が目を輝かせるというのも、うなずけないかい?

 お兄さんたちは、おじさんの持ってくる部品と、それにまつわるエピソードにすっかりはまっちゃっていたんだよ。特にお兄さんは、自分でも手に入れたいって気持ちがどんどん大きくなっちゃってね。ある日、おじさんが店じまいをして、みんなが散り散りになっていくところを、最後まで残って頼み込んだんだ。

 これらの部品が手に入る場所に、案内してくださいってね。

 おじさんは少し困ったような顔をしたけれど、やがて「土曜日の午後からなら」と許可をくれた。

 当時のお兄さんの小学校は、月に二回。半ドンの授業が土曜日にあった。それを見越しての提案だったんだ。


 約束の日時。おじさんはいつものだらしないファッションで、待ち合わせ場所に立っていた。持ち物に指定されたのはリュックサックと、必要に応じた食べ物と飲み物のみ。非常に身軽。

 おじさんは、自分についてくるようにお兄さんにいう。この辺りは、お兄さんも歩きつくして、地理はほぼ頭に入っている。目新しいものはないはずだ。

 てっきりバスとかに乗って移動するのかと思ったけど、バス停を平然と通り過ぎたお兄さんは、ある建物の前で足を止める。

 そこは数ヶ月前に閉店した、コンビニエンスストア。すでに黒と黄色の紐をよじって作った、「立ち入り禁止」のロープが張られていた。社務所らしきものが、建物の二階にくっついている。

 しかし、その後の保護というのがおかしなくらいずさんなもので、建物の外にも中にも割れた窓ガラスが散乱。奥の壁面には、誰かが入り込んで書いたと思しき、ケミカルな色のスプレーメッセージが塗りたくられている。

 お兄さんの学校でも、何度か注意を促された場所だ。

「子供だけで近づいてはいけない。変な人がいるかも知れないから」と。

 怖気づくお兄さんを前に、おじさんはあっさりとロープをまたぐと、入り口の手前まで来て手招きする。お兄さんは震えながらも、通りかかる人や車がないかどうかを確認。

 誰かにチクられそうな危険がないことがわかると、カサコソとゴキブリのような動きでロープをくぐって、おじさんのもとへ駆けつけた。


 中は外から見た感じと変わらない。かつては商品を陳列していたであろう、棚や冷蔵庫、フライヤーなどは外に持ち出されてしまったようで、レジがあったと思しき長机だけが、さびしくたたずんでいる。

 おじさんは店内の様子に見向きもせず、レジの脇から二階に続く階段に足をかけた。またお兄さんの方を振り返り、右手の四本指で「来い来い」と招くと、音を鳴らして上がっていってしまった。

 迷いなく進む、その足取りの軽やかさに、お兄さんは怖さを覚えたらしい。かといって、ここから逃げ出すのも気が引けた。

 お互い、完全に面は割れている間柄。自分から頼み込んだ以上、勝手に逃げ出したりなどしたら、あのおじさんは何をしてくるか分からない。接しないようにするとしても、あのおじさんは年がら年中部屋を空けて、神出鬼没。ずっと出会わない確率など、どれほどのものだろうか。

 きっちり別れるためにも、行かなくちゃ。お兄さんは覚悟を決めて、階段を上っていった。


 上がりきった先は、一面に畳が敷かれていた。い草の臭いはほとんどせず、畳の表面からほとんど剥がれてしまっている。それでいて、長く一本の糸のように連なったい草は、川原に生えている背の高いススキのように、お兄さんの身長を超え、天井めがけて突き立っているものがいくつかある。尋常ではない傷み具合だった。

 おじさんは向かって右奥。片手で握れる小さなシャベルを手に、両膝をつきながら畳の破れ目を掘り起こしていた。やけに黒く染まった土らしきものが、シャベルに乗っかっては、ぞんざいに脇へとのけられていく。おじさんの周りは、土だらけだった。

 鳥肌が立つのを感じつつ、恐る恐る近づいていくお兄さん。おじさんはふっと顔を上げると、自分の背後に転がしていたリュックの中を探り、自分が使っているものと同じシャベルを取り出した。

 その刃は、家にあるどんな包丁よりも切れそうな光を放っていたそうだよ。


「こいつで、その辺りの畳を掘り返してごらん。君のお目当てのものが見つかるはずさ」


 おじさんはニヤリと笑い、また掘る作業に戻っていく。お兄さんはおじさんからできるだけ離れて、けれども常におじさんを視界におさめたまま、同じように畳へシャベルを突き立て始めた。もし、少しでも視界に入れなかったら、すぐこちらまで飛んできそうな、そんな気がしたんだ。


 おじさんを見ながらだから、何が掘れているかは手ごたえでしか判断できない。ただ、硬くて音を立てる手ごたえに、時折、柔らかく水音がするものを絶っている音が混じってくる。

 思わず視線を落とす。シャベルにこそぎ取られた土は、大いに湿っていた。その中心でいつかの公園で見せてもらったような、蛇腹レンズの一部が横たわっている


「空と海と大地。どれが一番大事だと思う?」


 おじさんが不意に問いかけてくる。こちらを見ず、手も休めずに。


「答えは空だ。地球は水の惑星と呼ばれているが、その七割を占める海、三割を占める大地。いずれも最初からは存在しなかった。空だ。空こそが最初から存在するものなのさ」


 お兄さんは手を止めてしまった。おじさんの方は構わず、ザクザクと掘り進めていく。


「人間はやがて地面から生えた木に頼らず、はしご、二階建て、三階建てと、高さを手にし、空を侵してきた。知らず知らずのうちに、空を閉じ込めながら。だからどこの階上も、探せば全てが埋まっているんだ。ここは昔、空だったから」


 おじさんの手が早まる。土が無遠慮に、彼の身体の両脇から飛び跳ねていくのが見えた。不乱の穴掘りに、目が離せない。


「そうさ何でも眠っている。見つかるんだ、全部全部。海にも、地面にもないものが……」


 ふっと、おじさんが消えた。数秒遅れて、宙に浮いていたシャベルが、引力のままに畳へと突き立つ。

 お兄さんは何度も目をしばたたかせたけど、おじさんはやはりいない。でも、おじさんが放り出したリュックや、受け取ったシャベルは確かにある。幻覚じゃない。

 本当にいなくなったのか? 安心感を得たいあまり、お兄さんはおじさんのいたところ、その掘っていた場所を見るや、もう何も考えずに家へと逃げ帰ったらしい。


 おじさんの掘った穴。そこにはみっちりと、「肉」が詰まっていた。赤い血のりをまぶされた、バラ肉が。肉屋で何度も見たことがあるから、それだけならまだ大丈夫だった。

 詰まった肉は布をまとっていた。先程までお兄さんが着ていた、穴空きシャツと同じ色合い。その上には、一対の耳や眼球。鼻と唇が。

 たった今、調達したばかりのような、あまりにもきれいな状態で、乗せられていたんだってさ。


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