#008 石ころで魔獣を討伐してみる。
生い茂る木々、照らす太陽。
遠くからは鳥のさえずりが聞こえてくる。
――入国門を出て見える東の森、今回向かう場所はそこだ。
そこには、低レベルモンスターが多く群生しているらしい。
その中でも『ウルフ』――犬くらいの体長に毛の固い、狼の獣。野生の狼が変異的に変化を遂げたという、その獣寄りのモンスターを討伐する。
どうやらあまり強くはなく、農具を持った農民とどっこいどっこいの強さらしい。
それくらいなら自分にも倒せるだろうと、俺はこの依頼を受けた。
「で」
ふと、依頼を受けてから気づいたんだ。
『あれ? 俺、武器なんて持ってなくね?』――ということに。
(まずい……)
で、そう思った俺はすぐに冒険者ギルドまで戻り、もう一度並び直した。
すると今度は待ち時間だけで三十分とかいう時間がかかったのに加え、運悪く先程の受付嬢は昼休みに入っていた。待つのも面倒くさかったんでもう他の人に依頼をキャンセルしてもらえないか頼んだところ、なんと衝撃の一言を告げられる。
『依頼キャンセルするには、お金がかかるぞ』って。
あ、ちなみに受付の方は男だった。物腰もよくって、とても親切にしてくれたので好印象だ。
だけど、やはり若くて美人の女性じゃない。いや、改めてカウンターを見ると十二名の職員の内、十名はその条件に合う若くて美人な女性だった。
2/12のはずれを二回も連続で引くとは、これはなんという……。
まぁ、そんなことはいいのだ。また来ればいい、どうせあと何十回でもギルドに行くのだから、その時に期待すればいいだけの話だ。
しかし、問題は金だ。
誰かから借りようと思ったが、中央広場に戻ってみるとそこには内村の姿はなかった。
さすがにギルド職員の方に借りるわけにはいかず、あとは俺の知っている親しい人を頼ってみた。といっても、門番さんと宿屋のおばちゃん、あと朝市のおっちゃんだけだ。
まぁ結果から言うと、ダメだった。
門番さんに会いに行ったら「どちら様でしょうか」と言われてしまい、話しかける前にもう完全に希望が消えた。そのため少し立ち話をし、どうにか気に入ってもらおうと奮闘したのだが――仕事の邪魔になるからと返されてしまった。
「これ以上邪魔するなら衛兵を呼ぶぞッ!!」
と怒鳴られてしまえば、もう望みはないとみていいだろう。
泣く泣く俺は入国門を後にして、次に宿屋のおばちゃんのところに向かった。
すると、宿屋のおばちゃんは俺を見て開口一番に
「――へぇ、今度はちゃんとお金を持ってきたのかい?」
と尋ねてきた。いや、そうじゃないんですけどね。
それで、お金を貸してほしいなぁ……という旨のお話をすると。
「この“ピー”の“ピー”が“ピー”野郎がッ! 二度とこの店に入ってくるんじゃないよッ!!」
「うびゃぁ!」
本気で出禁食らいました。
さて……これからマジでどうしようかな(震え声)。
俺はとぼとぼとおぼつかない足取りで、中央広場まで戻ると最後におっちゃんの露店まで来る。
すると、おっちゃんはなにやら背が高い黒ずくめの男と密会していた。
それで、会話の要所要所を聞くと、どうやら彼の露店ではいらないものをぼったくっている露店らしく、あの店で売っていた【青のポーション】なんかは只絵の具で染めた天然水だったそうだ。いや、ぼったくりにもほどがあるだろ!
もう、そんな超ヤベェ会話中に、「お金貸してー」っていける感じじゃないよね。行けたら本当にすごいよね。捕まって縄でぐるぐる巻きにされて拉致られるわっ! アホかッ!
――するとその時、背後から迫るもう一人の男に気付かなかった。
……なんて、某名探偵的展開はなかったですよ。いや、よかったね。
だが、俺がその現場を目撃し、いたたまれずにそっと露店から去っていくとき、おっちゃんは言った。
「今さっき、この超ぼったくりの俺の露店に来た馬鹿な客がいるんだよ。本当はめっちゃ高いモノをぼったくらせるつもりだったんだが、あいつは金をあんまり持ってなくてな。
でも今朝、あの一回着たら脱げなくなる呪いのコートを1000Gで売りさばいたぜ! いやぁ、あんなもの探せば100Gで売っているのに、あんなに出す馬鹿がいるもんなんだな――」
俺は、何も聞かなかったことにした。
まさか、目から涙がこぼれたのは嘘だと言いたい。誰か嘘だといってよ、ドッキリ大成功の札持ってる奴が今スタンバイしてるの知ってるんだからな! はやく出てこいよ! もう俺行っちゃうよいいのか!?
――で、結果現れず今に至る、というわけだ。
「ぐずんっ!」
鼻をすすった。裏切られた気分だ。
子供みたいに両腕で涙を拭きながら、西の森にへと続く王道を歩む。
(なんだいなんだい薄情ものめ!)
心の中で悪態付く。なんで俺はゲームでこんなに苦しまなければいけないのだろうか。
「ぐずっ、と、とりあえずメニュー開こぅ」
しゃくりあげる嗚咽と鼻水をうっとおしく思いながらも、震える手でたどたどしくメニュー画面に触れた。
――あの後、内村に言われてから何が考えただけでできるか調べてみた。
結果として、できたのはインベントリだけじゃなかった。だがメニュー画面は失敗した。それに加え、万一開けたところで普通に触った方が早い。
他はまだ試してはいないが、『持ち物』は念じると開くことができた。
まぁ、開けただけで何も操作はできなかったが。本当に、見ることができるだけだった。
「……まぁ、何でできたのかはちょっと考えがあるんだけど」
おそらくだが、俺の魔法【念力】がかかわっているのではないかと睨んでいる。
念力、という言葉通り念じたからメニューが開けた、という仮説だ。最初はよく分からなかったが、五回くらい実験したところでMPが1減少していたことに気付いた。
だから多分、そうなのだと思っている。
「で、そんなことよりも」
と、俺はメニューを弄り出した。
メニューには、合計で六つのタグがある。『持ち物』『ステータス』『魔法』『イベント』『システム』『ログアウト』だ。
今は詳しい説明は省くが、簡単に持ち物には今俺の持っている持ち物が表示され、ステータスには俺のステータスが表示される。これは以前説明した通りだ。
『イベント』というのも、俺が冒険者ギルドで発注した【新米冒険者の証明】というクエスト名と、その詳細が書かれたものが表示されている。
また、システムっていうのも俗に言う設定のようなものだ。ログアウトなんかはもうそのまま、ログアウトしますか、というのがそこにはある。
そして問題は――この魔法だ。
この『魔法』というページには左半分に欄のようなものが連なっており、右側には左で選択したものをより詳しく読むことができる。
それ自体は別に何ら問題ではない。ただ、問題なのは一つ。
『【念力】[psychokinesis] レア度☆☆☆☆ (最高☆5)
主に土木の現場で用いられる魔法。
本人の力にもよるが、大体石ころ一、二個程度しか持ち上げることができない。くそ使えない魔法。
対象は確実に視界に入れていなければならず、そうでなければ発動はできない。だが、一度発動してからなら視界に入れなくても適応される。
正直、この魔法を使う奴の気が知れない』
説明文が、俺のことをおちょくってくることだ。
最初、レア度がかなり高かったんで『神スキル!?』と勘違いしたものだが、これは逆にこの魔法がクソすぎて現存しておらず、文献で残されているレベルらしい。
というかホント、なんでこんな魔法選んじゃったんだ俺! おかしいよね、明らかにホイホイだよこれぇ!?
「ひぃっ……ふぅ」
おっと、思わず拳が出そうになった。
というか、最初にこの表示を見たときは思い切り殴りつけたが、何せ半透明だから透き通りやがって思いきり地面の石に拳を叩きつけたわ。泣いた。
「しかし、土木魔法って……はぁ。まぁ、まだ使ってみないことにはわからないよなぁ」
そして俺はこの魔法を使うことを決意する。
というか、武器がこれしかないのだ。
「にしても武器が石ころ二個って……」
………………もう、何も言うまい。
「えっと」
説明文の下に魔法の詠唱が載っていたので、それを読む。
俺は暗記は苦手だったのだが、なんていうか、潜在意識で覚える、っていうんだろうか。
頭の中に、すとっと落ちてきたのだ。いつもはどんな言葉を見ても頭の中を言葉が回るだけで、覚えたとはいっても今から言えと言われて答えられる自信はない。
だから俺は特に苦労もなく詠唱を記憶すると、空に向かって手を突き出した!
視界は完全に石にロックオン! 狙うのは、頭より一回りか二回りくらい大きな石。多分両手で持っても重いと感じるレベルの石だ。
これを敵の頭上から思い切り落とせば、確実に致命傷となり、ザクロが弾ける。
(よしっ、いける!)
俺は虚空に向かって叫んだ。
「――我は異端を突き進むものなり!! 【念力】ッ!!」
…………。
………………。
……………………。
▼しかし、なにもおこらなかった!
「クッソつかえねぇぇぇぇっぇえええええ!!!!」
俺のその魂の叫びは、森中に木霊したという。
まぁ、あの後いろいろ試行錯誤した結果。
「うぉぉぉ、浮かんだ……」
そう、石ころを浮かばせることに成功した。
しかし、まだ二つは同時に持ちあがれるに至っていない。新しく手が増えたような、三本目の手を操作しているような感覚に未だなれず難航しているのだ。
そのため、二つ同時よりもまずは片方だけでも浮かせる訓練をしている。
そうそう、いわないといけないことが一つ。
いやぁ、石ころっていうから石も行けると思ったんですけどもねぇ、石ころ限定でした。
え? つまり何が言いたいのか、ですか?
まぁ、ようするに。
――小指サイズの石ころしか浮かせることができなかった。
「あは、あはは、あははははははははは……」
まったく、面白い冗談もあったものだよねぇ。
小指サイズの石ころ一個だけで狼を倒す、だなんて。
「できるわけねぇだろ馬鹿じゃねぇの!?!?」
切れた。もう、ブチ切れた。
あーぁ俺を怒らせちまったよ。
……あと、他に何か変わったことと言えば、俺の周りを漂う石ころだ。それは今、念力の対象なのだが、まるで燃えているかのように赤いオーラに包まれている。
触っても熱くはないため炎ではないのだろうが、なんにせよ不思議な光景だ。
「よっ、ほっ、やっ!」
――そして俺は今、実に二時間の練習を経て、石ころを自由自在に操るまでになっていた。
「せいやっ」
上に、下へ。
俺の掛け声に合わせ、石ころは縦横無尽に動き出す。
その速度は目測で二十キロ、いわば自転車と正面衝突したぐらいの衝撃。しかも表面積が小さいため、ナイフのような鋭利さも兼ね備えている。
「これなら、攻撃に転用できるかもしれない」
ふぅ、と俺は息を吐く。
俺は額にびっしりと浮かべた汗を腕で拭うと、爽やかな笑みを浮かべた。
俺は腰に手を当て、背中を反る。すると背骨からは、ポキポキという小気味よい音が聞こえた。
「……ただ、欠点は」
切り返しがうまくいかない、ということだ。
どうしても小回り良く動かせない。石ころはまるで、暴走するように一直線に進むのだ。その石ころを方向転換させようとすると、大きく半円をかきやがて回る。
「うぅーん、これじゃぁな……」
しかも、最高時速二十キロだ。
その速度で攻撃し、躱されたとあってはすぐには対処できない。
「まぁ、石なんてどこにも落ちてるんだし、使い捨てにすればいいか。
弾丸のように使うんだったら、銃みたいに扱えるだろうし」
威力がモノすっごく足りない銃だ。だが、丸腰で戦うよりはるかにましと言える。
そこは妥協、そして諦めだ。
「そもそも俺、銃なんて撃ったことないんだけれど大丈夫かな……」
一抹の不安を抱えながら、俺は石を拾い集める。
左手を皿にして半数の石を載せ、もう半数ほどは全てポケットの中に流し込んだ。
「とりあえず弾数はこれで大丈夫だろう。あとは――ッ!?」
刹那。
ぞわりと、嫌な気配が背筋をなでた。
俺は目を見開き、ここの周囲に目を向ける。
――ガサガサッ……
ふと、茂みが揺れる音が聞こえた。
「――ッ!」
俺は慌ててそちらを振り向くと、念力で浮かせた石ころを構えて臨戦態勢を取る。
すると、そこに現れたのは――。
「ガウルゥゥゥ……」
銀色の毛並みの、中型犬サイズの狼。
それらは――およそ十匹の、ウルフの群れだった。
次回長くなるとか言って、そこまで長くならなかったです。必ずや、次こそは。
動けなくなるのは、ついに次回……――!