#006 安っぽっちの矜持。
ローブが脱げなくなり、お金がすっからかんになってしまった今日この頃。
俺は中央広場に設置されている一つのベンチに腰を掛けた。ふぅ、と腰を落ち着かせる。そして、俺はメニュー画面を開いた。
そして、ステータス画面を表示させる。
そこにはいろいろな文字と、グラフのようなものが表示されていた。
……おそらくだが、これがレベルだろう。
俺はメニュー画面を注視しながら眺めた。
Name: Shin Yuzuriha
Level: 1
HP: 40/40 MP: 40/40
Point: 0/100
……なんで英語なんだ? やたら読みづらいな。
このネームっていうのが名前で、レベルが一だということはわかった。このHPとMPというのもすぐに理解できる。
だが、このポイントっていうのを理解するのに時間がかかってしまった。
うーんと悩ましそうな声を上げながら、頭を縦に横にひねる。そして俺は、ふと気付く。
「あぁ、そうか。これ多分経験値だ」
だが、分かってみると意外と単純である。
英語になって少しかっこいいだけで、ただ単純に最低限の表示しかないのだから。
(なんか今、すっげぇゲームしてるって感じだな!)
そして俺は、ゲーマーとしてテンションが上がっていた。
興奮が抑えられないといわんばかりに頬を紅潮させる。他にはどんな機能があるのかと、俺はメニューをいじり始めた。
メニュー画面はバインダーのようになっており、例えば『持ち物』というのを押せば持ち物が表示される。……というものだった。
なかなか面白いな、これ。
何時間見ていても楽しめる。ゲーマー心がくすぐられる仕様だ。俺はこれを開発した運営に、ナイスと言わざるを得ないだろう。
しかし、ステータスの低さをどうにかできないものかと俺は喉をうならせた。
「うむむ……」
「――となり、空いてる?」
「うぉっ!」
俺がベンチに座ってステータス画面を見ながら唸っていると、そこに一人の男が片手を上げながらフランクに尋ねてくる。……何だコイツ、まさかホモかッ!?
彼は髪を染めたらしく、金髪だ。それが大学生らしいちゃらさを演出し、何だか年上の威圧に気圧されてしまう。八重歯が特徴的な人だ。笑顔が独特で、笑おうとしているのだけれど八重歯のせいですこし不恰好になってしまっている。
しかし、何故だかそれは接しやすさもある笑みだ。
突然話しかけられて「なんだコイツ!?」的な感情はあるが、そこまでの悪感情はなかった。
「お、おぅ……」
俺は咄嗟のことに戸惑い、メニュー画面から顔を上げて言う。そのため語調が後半小さくなってしまった。
「ん、あんがと」
しかしそんな内心知ってか知らずか、返事はしっかりと聞こえたらしく彼は礼を言うと俺の隣に座った。
俺はメニュー画面から少し顔を浮かせると、うむむー、と彼のことを唸るように見つめる。
すると彼は、俺の方を向くと親しみのある笑みを浮かべて話しかけてきた。
「なぁ」
「お、おう」
「あんた、初心者やろ」
すると彼はエセ関西弁を使い、なんちゃって関西人っぽく話し出す。
それまで警戒心アリアリでメニュー画面を見るふりをしつつ横目で睨んでいたが、話しかけられたこともありそちらを向いて会話に応じた。
「そ、そうだけど」
「せやろ!? そかそか、やっぱそうやと思うたんや~」
これがマシンガントークという奴か。まるでテレビで出るような司会の人のように、話が目まぐるしく進んでいく。受け答えるのにやっとで完全に受け身に回っていた。
……そういやコイツ、名前なんて言うんだろ。
「あの、名前は――」
「あ、ボクの名前ぇ? ボクは内村修名乗らせてもらってますぅ。よろしゅうなぁ」
「これはご親切にどうも。自分は」
「あーそんな堅苦しい言葉いらんいらん。ため口でいいわ」
「え、でも、一応あなたの方が年上で……」
「ゲームの世界にリアルの話持ち出すなや! 気分が削がれるやないかッ!」
彼は唾を飛ばしながら叫ぶ。汚い、衛生法違反で訴えるぞ。
しかし、彼の言い分ももっともだったため確かにと俺も少し反省する。
「お、おぉ。わかり……いや、OKだ」
「おっ、エエ調子やないか。せやせや、そんな感じやで!」
「なるほど。じゃぁ内村、早速だが金貸してくれ」
「嫌やわっ!? 何で会って数分しか経ってない奴に金貸さんとあかんねん! フレンドリーすぎやろ!」
「てめぇには言われたかねぇんだよ!!」
ついにため口を使う。
さっきまで年上だからと遠慮していたが、もうこいつだったらため口でもいい気がしてきた。
すると彼――内村は大変楽しそうに膝を叩きながらワハハと笑うと、笑いながらこちらに向かって言う。
「せっ、せや。やろうと思ったできるやないか! その調子やで!」
どうやら、ギャグかなんかだと受け取られたらしい。……いや、割と本気なんだが。
しかし、そう受け取ってもらえるならそうに越したことはないのでそのままにした。確かに、会って数分のヤツに金を借りるのは無理だなって思った。
「ほんで、きみは?」
「俺はシン。楪心だ。まぁ一応、よろしく」
「おう、シンか! それで、さっきからメニュー画面ばっかじぃっと見て何してんのや?」
「……まぁ、ちょっとな」
「なんやいえよぉ! これでもボク、かれこれログイン総数250時間越えやし、結構役立つぞ!」
……うぅーん、ってことは役立つのは本当なんだろうなぁ。
でも、やはりゲーマーとしての意地とプライドがあるので、いろいろ聞くのはなんかいやだ。
「――いや、やっぱりいいよ。俺もゲーマーだし、楽な生き方はごめんだ」
たとえば。
序盤からレベル百のまま、ゲームをプレイしても面白いだろうか。
あるいは、一番最初に絶対に一撃で倒せる剣を持って旅に出ても、その旅は面白いだろうか。
結論は否だ。そんなもの、ただの作業にしか過ぎない。ゲームですらないのだ。簡単だ。ゲームっていうのは、互いに切磋琢磨して敵を倒すものだろう。例えるならば、スポーツに似ている。
だからこそ、俺は不正を使いたくない。己の力一本で、最強の座にまでのぼりつめたい。
それがいかに難しいかを俺は知っている。だからこそ、そんな夢をかなえた時こそ、ゲームっていうのは本当に面白いのだと俺は思うのだ。
「――ま、せやろうな。やっぱ、ボクらはみんなゲーマー何やなぁ……」
そう、感慨深さげに内村はうなずく。
まぁ、これはゲーマーとしての矜持のようなものだ。この志を持たざる者、ゲーマーとして未熟と言わざるを得ないだろう。
「当然だ。不正なんて使って何が楽しい。使うのは裏技とバグだけにしろ」
「まぁそれも不正何やけど。でも、自分でバグを見つけるのも楽しいよなぁ」
やはり、ゲーマーはゲーマーだった。
二人は互いに顔を合わせると、そしてにやりと笑い合う。
「で、ホンマに何も教えなくてええんか?」
「なんだ? 本当はお前が俺に教えたいんじゃないか」
「ち、違うし! 別に全然違うし! そんなことこれっぽっちも考えてないし!」
どうやら図星のようだった。
しかし、特に困っていることもないので、無駄だぞ、とだけ言っておく。
すると内村はちっと舌打ちすると、「まぁええわ」とだけ言いどこから持ってきたのか本を読みだした。
二人の間に静寂が訪れる。
そして俺は、半ば無意識に呟いた。
「……でもこれ、ステータスを表示させるのもいちいちメニュー開かないといけないから面倒くさいよな」
「へ?」
俺がそう呟いたのを聞くと内村は、きょとんとした顔で素っ頓狂な声を上げる。
「別に、ステータスは念じれば開くで」
「マジかよ!?」
何だよそういうことを先に言えよ! 俺そういうこと知らなかったぞ!?
「ど、どうやるんだ?」
「あっるぇぇぇえ? シンくん。きみ、ゲーマーの矜持がなんやったっけ?」
「……ぐっ!」
クッソコイツ殴りてぇ。
しかし、ここで手を出してしまっては仕方がない。なので、俺は苦虫をかみつぶしたような表情で内村に頭を下げた。
「おねがい、しますッ!」
「……君のプライドはやすっぽっちやね」
違うッ! 俺はゲームのためなら、プライドなどいとわないのだ! いわば、これは一途なのだ! 決して安くなんかないぞ!
「まぁええけど。普通に『ステータス来い……っ』ってな感じで念じても開くで? まぁ、相当強く念じないといけないーゆぅ欠点もあるけども」
「マジかッ!!!」
早速、試してみる。
俺はメニュー画面を閉じ、『ステータス』と強く念じてみた。
(来い、来い、来い、来いッ! ステータス、オープンッ!!)
すると、俺の目の前には確かにステータスが表示されていた。
メニュー画面と同じように、空中に半透明な板が浮いたものだ。そこにはこう書かれている。
Name: Shin Yuzuriha
Level: 1
HP: 40/40 MP: 40/40
Point: 0/100
本当に表示された。
これならば、何かの片手間などに表示させることも可能だろう。
「――どや? 表示されたか?」
内村はぐっと俺のステータスを覗き込むように身を乗り出す。
それを俺は疎ましくは思いながらも、まぁいいかと無視する。
「あぁ、一応表示されたよ」
「マジかッ!」と今度は内村が言う。
「マジかって、試したんじゃないのかよ」
「いやいや、ボクいくらやってもできへんかってん。どないやったらそないなるんかボクが教えてほしいくらいやわ!」
人を実験台に使ったのかよ! 何だこの野郎、使えてなかったら切れてたぞ!?
「いやでも、この噂は結構広まってたんや。ほんで、ボクはできなかったけどシンくんならできるのかなぁって」
……いろいろ言いたいことはあったが、できたので不問にしておこう。
すると、内村がまた何かを言いだした。
「――せや。シンくんは魔王倒すとどうなるかしっとる?」
唐突に、よく分からないことを言いだす。
「は? いきなり何の話だ?」
「いや、今噂になっとんねん。一番最初に魔王を倒したらどうなるんやー、って」
そんなもの、ゲームクリアになってサービス終了に決まっている。今更いったい何を言いだすんだこいつは。
「そんなもん、当然全員がログアウトされるに決まってんだろ」
「……やっぱり、せやろな」
「そりゃぁ普通そうだろ」
オンラインゲームというもので、普通魔王なりラスボスを倒したなら一斉ログアウトがあるはずである。
しかし、彼は何故かそれを疑問がっていたらしく、納得、というよりどちらかというと「やっぱりそうだよなぁ」みたいな表情をしていた。
「どうしてそんな話を?」
俺は内村に尋ねた。
すると、内村は間髪入れずに回答を返した。
「おう。いや、なんか一番最初に魔王を倒したら……いや、まぁただの噂話や。気にするほどのものでもないやろ!」
「こちとら最後の一言でめちゃくちゃ気になりましたがねぇ!?」
そういうと、内村はキヒヒと気持ちの悪い笑い声をあげた。
俺は何の話なのか気にはなったが、心の内に留めておくだけにする。
「っと、そんなことより」
と、俺は思いだしたように顔を上げた。
そして、内村に尋ねる。
「なぁ、何か効率のいい金を稼ぐ方法を知らないか?」
「はぁ、金の稼ぎ方ねぇ」
すると内村は顎を撫で、少し考えていたがすぐに何か思いついたのか、にやりと薄ら笑って言った。
「それなら、いいとこ知ってるで」
「え、まじで!? どこどこ!!」
「……そんながっつくなや、ちゃんと説明するから」
はぁ、と内村は息を吐くと、君は欲望に忠実な人間やね、と付け足した。
失敬な。
「で、どこなんだ?」
「あぁ、それはやな――」
そして内村は、その場所の名を呼んだ――。
動けなくなるまで、あと3回。