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#004 捨てられた豚。




 見る者すべてを茜色に染める夕焼け空。

 それに照らされながら、俺は、数十メートルある大きな門の一歩手前で止まった。


(ここから、俺の冒険が始まる――)


 そう思うと、一歩にも力が入るというものだ。

 俺は内心興奮し、意気揚々と言った様子で、この国へ一歩目を踏み出す。


「――ぅぉお!」


 感嘆の声を上げ、はぁ、と息を吐き出した。――高揚した気分の中、覚悟を決めて記念すべき一歩目を踏み出したのだ!


「すげぇー!」


 三キロ歩き続けたことなど知らない、と言わんばかりに、疲れも無視して俺は歩き出す。

 その瞳は、明らかに見る者に好奇心を抱く、まるで子供のような純真な目線だった。


 俺はレンガで舗装された町を歩きながら、あたりを見渡した。


「よく分からんが、長崎のテーマパークに雰囲気が似てるな。行ったことはないけど」


 その光景を見て、思った感想がそれだった。


 中世オランダの街並み。

 しかし、地中海性気候に所属しているのだろう、通り過ぎる家々にその特徴が数多く見られた。


 二階建ての住居に、窓枠に添えられた花。そしてどことなく香る、香ばしいおいしそうな匂い。石造りが基調とされていて、レンガで舗装された道や花とのコントラストがよく映えていた。


「風車もある……本当に、ここはゲームなのか」


 そう、疑問せずにはいられなかった。


 木々は色付き、時折吹く風に吹かれて葉を散らしている。道行く人女性は皆、某アルプスの少女のような恰好をしていた。バケットをもった少女が駆けていったのを見つけた時は、思わず『マッチ売りの少女か!?』と驚いてしまったほどに荒唐無稽な光景が広がっていた。

 それを優しそうな目で見つめる恰幅のいい女性も、肉付いた腕にバケットをかけ、そこからネギではなくフランスパンがはみ出している。


(にしても、結構人が多いな……)


 と、俺は辺りを見渡しながら呆然と呟いた。

 その言葉の通り、この通りにはたくさんの人が見うけられた。

 時間は夕暮れだが、まだ五時前くらいなのだろう。なるほど、確かに人が多いのもうなずける。


「へいらっしゃい、安いよ!」

「うちの野菜は鮮度が違うんだ!」

「酒場ならこっち、魚ならここだ!」

「……へぇ、よくできているな」


 と、俺は活気あふれる通りを辺りを見渡しながら歩く。

 彼らはとてもNPCとは思えない。もしも人間だよと言われれば、そうだと信じて疑わないだろう。


 ふと空を見上げると、日は暮れに傾きだしていた。これでは、あと一時間もせずに日は完全に落ちてしまうだろう。


(というか、どうやって時間を見るんだ? ログアウトとかは?)


 おそらくメニュー画面があるのだろうが、見方がわからない。

 

(魔法の使い方も分からないしな……多分、プロローグで教えてもらえたんだろうけど)


 俺のは何故かバグってて、教えてくれなかったけどな。

 普通、こういう時は誰かほかのプレイヤーに教わったりするんだろうけれども。


 だがしかし! 俺は覇道を突き進む!

 誰からも説明を受けず、メニュー画面を開いて見せるぜッ!


「いでよ! メニューッ!!」


 満身の笑みを浮かべて、手のひらを突き出しながら呪文を唱えた。


 ……一秒。二秒。三十秒。それでも変化は訪れない。

 しいて言うなら、通り過ぎるマダムに冷ややかな目線で見られただけだった。



「はい!」 



 まぁ、そんなこともあるよね!

 肝心なのは切り返しだ。さっきのことはさっさと忘れてしまおう。


 ……だから俺が少し早歩きなのも、気のせいったら気のせいなのだ!




 俺は街中を歩きだす。

 レンガで舗装されている街道を歩き、すれ違う人々をもの珍しそうな瞳で見つめた。

 そして右にある曲がり角を曲がり、大通りに差し掛かろうとしたその時。


「――おっ。ねぇ、そこのお兄さんっ!」

「……ん?」


 すると、後ろから突然声をかけられる。


 誰だろう、と振り向いてみると――そこにいたのは同い年くらいだろう、高校生くらいの年齢の女性だった。彼女はサニーブラウン色の綺麗な髪をポニーテールに纏め、ワンピースのようにふりふりしている服を身に纏っている。


 しかし、お腹のところや手の甲などには鉄の装甲なものを身に着けていて、その鋼色の装甲はあちらこちらに傷がついていた。

 おそらく、彼女もプレイヤーなのだろう。


 そして、彼女のささやかなる胸。これを地形で例えるならば、まさに台地だ。

 俺はそんなところに目が行ってしまう自分自身に呆れつつ、彼女に応じた。


「どうしました……っと!?」

「あぁ……」


 俺が柔らかな物腰でそう尋ねると、彼女は俺にしな垂れかかってくる。

 色気を演出したいのか。ぎゅっと俺の右腕を両手でつかみ、胸を押し付けて誘惑しようとしてくる。やたら色っぽい声も出して誘ってきた。

 そして、俺はこの状況に聞き覚えがある。


(も、もしかして……これが逆ナンという奴か!)


 言葉だけは知っていたが、まさか自分が実際に逆ナンされるとは……人生、何が起きるのかよく分からないものである。

 すると彼女は妖艶な表情を浮かべて言った。


「お兄さぁん。ちょっと、お茶していかない?」

「え!? あ、ちょっ」

「うふふ。顔を真っ赤にしちゃって、かわい~」

「う、うぅぅ……っ」


 俺は羞恥に顔を真っ赤に染まった顔を見られるのが小恥ずかしく、彼女の顔が直視できずにそっぽを向く。

 そして、内心でこんなことを考えていた。


(……惜しい! あともう一つ、胸があったら!!)


もしも胸があったなら、俺はもうメロメロになっていただろう。

しかし、生憎と彼女はぺったんこだ。それは俺の趣味には合わない。そのため、いまいち行き渋っていた。

しかし、彼女はそんな俺をもう一押しだと悟ったのか。彼女は彼の耳元で囁くように言った。


「――私ぃ、お兄ぃさんになら、無茶苦茶にされたいな?」


 お茶に行くことになった。


     〈※〉


 チリンチリン、と小気味の良い鈴の音が鳴る。

 喫茶店のような雰囲気だ、自然と心が落ち着ける。ここなら、物腰ついて落ち着いた話ができるだろう。

 そんなわけで、やってきましたお茶です。


「お名前はなんていうんですか?」

「え、俺ですか。俺は(ゆずりは)っていいます」

「へぇ~、変わった名前なんですね」

「えぇ、よく言われます。あ、そのイヤリング可愛いですね」

「でしょう~! これ、今朝市で買ったのよ! やっぱり買い物は市に限るわ」

「へー、そうなんですか」

「えぇ、いったことがないなら本当におすすめよ! 中央広場で朝時間からお昼ぐらいまでやっているから」


 俺と彼女は一番奥の席に向かい合うように座ると、そんな他愛のない会話を繰り返した。

 すると、店員さんがメニューを取りに来たので適当に『アイスカフェラテキャラメルアソート』というものを頼んでおく。


どうやらメニューを見ていると、【〇〇ラテ 250G】などになっている。このGというのはおそらくお金の単位のことだろう。物価からして、1G=1円っぽそうだ。


 すると、丁度店員がどこかへ行った隙を見計らって彼女は俺に話しかけてくる。


「ねぇ、楪くんはどうしてこの国に来たの?」

「どうして、ですか」

「そう。だってここは“始まりの国”だしね、トッププレイヤーなら今頃六面で狩りをしているだろうし、なんでこんなところに居るのかなーって」

「でも、あなたもいますよね?」

「あぁ。私は……ちょっと、用事があってね」


 彼女は言いづらそうに視線を彷徨わせながら、しきりに頬をかいている。おっと、レディーへの気遣いがなっていなかったようだ。

 おそらく、やはり女性プレイヤーというだけあってあまり強くないのだろう。レベルアップするためにはモンスターを狩らなくてはいけないし、彼女はログイン一年目で未だ低レベルモンスターを狩っている、ということが恥ずかしいのだろう。多分。


「すみません、言いたくないことでしたら言わなくてもいいですよ。俺は何も聞かなかったことにしますし」

「あっ……気を遣わせてごめんね」

「いえいえ、お安い御用です」

「うふふ、優しいのね」


 ……ふぅ、どうやら選択は間違えていなかったみたいだ。

 一瞬、彼女の口角が吊り上ったのも見えた。どうやらよほど俺の気遣いが嬉しかったのかな、と俺は内心でほくそ微笑んだ。

 すると彼女は思い出したかのように言う。


「あ、そうだ。メニュー画面開いて見せてくれる」

「? 何故でしょう」

「え、えぇと、それは……そう、楪くんのステータス画面が見たくて!」

「えっと、いうのは恥ずかしいんですけれども……メニュー画面の開き方が分からなくて」

「えっ」


 なんかすっごい「何言ってんのコイツ」みたいな声出されたんですけど。

 いやだって、知らないし。知るわけないし。仕方ないじゃん、こちとらまだログインしてから三キロ歩きまくっただけなんだぞちくしょー!

 しかし、彼女はやがて取り繕ったような柔和な笑みを浮かべると、懇切丁寧に説明してくれた。


「えっと、視界の右下に灰色のボタンがあるのが分かる?」

「ボタン、ですか……あ、はい。ありました」

「それがメニューなのよ。……っていうか、メニュー画面開けないってもしかして、プロローグ飛ばしちゃった?」


 彼女は疑惑気に尋ねてきた。


「えぇ、まぁ。実はですね、俺のがなんかバグっていて……それで、全然起動できなかったんですよ」

「へぇー、バグね。でも、普通バグなんて起こらないから逆にレアな体験かもしれないわよ」

「そ、それもそうですね」


 いや、別にバグがレアって全然うれしくないんですけれどもね。


「……っていうか」


 すると、彼女は俺にジト目をぶつけ、顎杖を突いて尋ねてきた。


「今の今まで、どうやってメニュー画面開かずに生きてこれたのよ」


 逆にそれが知りたいわ、と彼女はつけたした。

 しかし、それには語弊がある。俺は「あっ」と言葉を漏らすと


「――それは、俺がこの町に初めて来た初心者だからです」


 と、俺は正直に言った。

 すると、彼女はその言葉がよほど信じられなかったのか。目を真ん丸に見開くと、驚いた表情で俺をまじまじと見つめた。


「しょ、しんしゃ……なの」

「はい、ついさっきログインしたてです」

「ま、マジですか」


 どうやらよほど衝撃だったらしい、彼女は驚くと、痙攣するようにぴくぴくと口角を震えさせた。

 そんなに驚くほどのものなのだろうか。


「ちっ、使えねぇな」

「え? 何か言いました」

「い、いいえ。何でも……」


 何かぼそっと言っていたような気がしたが、何でもないのならまぁいいのだろう。俺は特に気にしないようにすると、彼女は口を開いた。


「ご、ごめんなさい。ちょっとお花を摘みに……」

「あ、すいません。話に夢中で引きとめてしまって」

「いえ、大丈夫よ。――では、失礼」


 そういうと、彼女はすっと席を立つ。

 視線で追うのも失礼かな、と思い、俺は先程開き方を教えてもらったメニュー画面を開いて待つことにする。


「へぇ、今全財産1500Gか」


 ということは、円換算で千五百円である。安いな。

 ……とそんなことを考えていると、俺の席に店員さんがやってきた。


「――あの、お客様?」

「え、あ、はい。何でしょうか」


 もしかして頼んでいた商品がきたのかな、と俺は顔を上げた。

 しかし、店員はお盆もコップのようなものも何一つ持っていない。では何だろう、と俺は首をかしげる。

 すると、店員は告げた。


「先ほどの女性のお客様から、伝言を預かっています」

「伝言、ですか……」


 もしかして、何か大事な用事が出来てしまったのだろうか。

 落胆すると同時に、心配する自分がいた。そして、連絡先を聞きそびれたことに後悔する。

 すると、店員はそんな俺の内心に気付いてか気付いていないのか、無情にも言葉をつづけた。


「はい、――『ケッ、カモがネギを背負ってきたと思ったら、捨てられた豚かよ』ということです」

「テメェなんだとこの野郎ッ!」


 ついカッとなって俺は店員に掴みかかった。

 というか捨てられた豚って何だよ! 俺のたとえ方が酷過ぎるぞ!


(っていうか、ネギがカモをしょってきたっていうことは……)


 ――どうやら、俺はいいカモとしてお金なりをすられようとしていたところだったらしい。

 なんて野郎だ! と思うと、俺は何だか無性に腹が立つ。顔を今度は全く別の意味で真っ赤に染め、忌々しい目を店の外に向けた。


「くそっ! あいつ一発殴らねぇと気が済まない!」

「ちょっと待ってください」


 と俺は店のドアに向かっていこうとしたその時、俺は店員によって止められてしまう。

 今止めたらやっこさんに逃げられちまうだろうが! とめるんじゃねぇぞ!

 しかし、現実は非情なり。店員は続けていった。


「会計のお支払いがまだです。二つ合わせて500G払ってください」


 ますますあいつを殴らないと気が済まなくなった。


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