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チェイン  作者: 潜水艦7号
8/10

限界

大学は冬休みに入っていたが、彼女はチェインでのバイトを続けていた。


彼女は『親元』を離れて以来、一切の金銭的援助を受けていないそうだ。そのため、アパートの家賃や学費を稼ぐという現実的な必要性があったのだ。


彼女は「固形物はほとんど食べていない」と言っていた。代謝が促進されるからだ。彼女がチョコレートを飲むのは、それが彼女にとって唯一の栄養源だからなのだ。


彼女は(のち)にあの時のディナーの事を「久しぶりにご飯が食べれて嬉しかった」と言っていたが、それはイコール、身体の限界を早める行為にも相違無かった。


「今は病院には掛かっていない」と彼女は言っていた。『清美』は近くの県立病院に入院していたらしいが、今は掛かっても無意味だし、何より治療費が無いからだと。


これが普通の人間であれば「何を馬鹿な事を」と引っ張ってでも病院に行かせるところだが、彼女の場合はそもそもの事情が事情だから何が正しい行動なのか見当もつかなかった。


結局、幹夫は彼女のバイトに付き合うことにした。


別に冬休みの間なのだから毎日でも来ようと思えば来れるのだが、何となくいつもの習慣で1週間置きにはなってしまうのだが・・・


それは年末最後の日だった。


幹夫がそろそろ帰ろうかと時計を見た時である。珍しく彼女が自席を離れ、幹夫のところにやって来たのだ。


「ん・・・明日、時間無い?あまり早い時間とかは苦手だけど」


多少、口調はぶっきら棒ではあるが、それでも店で彼女の私語を聞くのは初めてだった。


「あ・・ああ、いいけど・・」


そう、よく考えてみれば明日は元旦だった。初詣に出かけようという相談である。そして、これが2回目のデートでもあった。


「じゃぁ・・・明日。ここで待ってる」


彼女はそう言い残してレジに向かった。





次の日。


元々夜学の彼女は夜が遅くて、朝もそれほど早くは起きないそうだ。代謝をギリギリに抑えるために、睡眠時間も出来る限り長く取っていると言っていた。


そのため、集合時間は昼過ぎ・・・というより、もはや夕方に近かった。


冬の夕暮れは日の入りが早い。だだでさえ分厚い曇天の空はすでに薄ぼんやりと暗く成りかけている。

初詣とは言っても、夕方の神社に人は(まば)らだった。縁日の屋台も、そろそろ今日の撤収を始めているところが多い。


そんな中、ふたりは無言のまま参拝の途についていた。


気のせいか、彼女の足取りがいつもより遅い気がする。それに口数も少ない。


幹夫が吐く息は白い。だが、彼女の口からはそうした『白い息』は出ていない。


ふと、幹夫は肩に冷たいものを感じた。


「あ・・・・雪だ」


上空を見やると、チラチラと雪が振り始めていた。


「寒いハズだよな・・・」


幹夫が足を止めて、空を見上げる。


掌を上にしてみると、細かな雪がヒラヒラと舞い降りて、そして幹夫の体温で溶けて消えていくのが分かる。


彼女もまた足をとめ、幹夫のマネをして掌を上にしてみせる。


だが・・・その掌に降りた雪が消えることは無かった。そのまま、まるで置物にでも降り積もるかように雪が積み重なっていく。


「・・・・っ!」


幹夫の胸に熱いものが込み上げてくる。


彼女は何も言わず、じっと自分の掌に積もる雪を眺めているが『その身体』が代謝の限界を迎えているのは明らかだった。もはや、体温を生み出すものが何も無いのだ。



分かってはいた事だ。



『彼女』は『清美』の生命を膨らませているのではない。まるでパレットの絵の具を薄く引き伸ばすかのように『薄めている』だけなのだ。そこに限界があるのは明らかだった。だが、彼女を見続けていると『それ』が無かった事のように思えてならなかった。しかし、その『現実』は決して無くならないのだ。


「・・・清美さん!」


「ん・・・」


幹夫の呼びかけに、彼女の反応が鈍い。眼も虚ろで焦点があっていない。意識の混濁が始まっているのだ。脳に送る血液すら不足しているという事は、心臓すら鼓動を停止しかけている可能性がある。


「タクシー・・・乗るよ」


幹夫が彼女の手を引く。


「・・・・。」


彼女は何も答えなかった。或いは『この身体』がすでに限界であることを彼女は悟っていたのかも知れない。だからこその・・・


「すいません!県立病院まで!」


タクシーに飛び乗ると、幹夫が行き先を告げた。病院に行って、それでどうなるというもので無い事は重々承知しているが、それでも何もしないワケには行かなかった。


せめて、1分1秒でも長く・・・!



救急外来についてすぐ、彼女は集中治療室に入った。


当直の看護師達が「体温が低すぎて測定出来ない!」と、慌てている。


それでも少し経って容態が安定したのか、幹夫に「少しの時間だけど」と面会の許可が降りた。


「・・・何か言い残す事があれば、今のうちにね。彼女さんがアナタを呼んでいるわ」


看護師は幹夫と目を合わせないようにして入室を促した。


幹夫が白衣を着て部屋に入る。


「・・・聞こえてる?」


チューブに繋がれた彼女に声を掛ける。


「ん・・・」


少し、笑ったようにも見える。


「・・・頑張ったけど・・・もうダメね。流石に・・・よく引っ張ったと、自分でも思うわ・・・」


諦めたように小声で彼女が囁く。


「・・・もう良い。いいから・・・」


幹夫が清美の手を握る。体温を感じない、冷たい手だ。それはまるで薄いガラス細工のようで、触れただけでも砕けてしまいそうな指だった。


「あのね・・・『清美』は大学で勉強がしたかったんだって。けど、それは叶わなかったから。だから『私』が引き受けることにしたの、勉強・・・」


幹夫は彼女の顔を見る事が出来ない。


泣きじゃくる顔を見せたくないのだ。


「それともうひとつ・・・『清美』はね。あなたの様な人がタイプだったみたい。清美さんは素敵な人と恋人同士になって、デートするのが夢だったって言ってたから。だから、『それ』も叶えてあげたかった。・・・ありがとう、協力してくれて。ホントに、感謝して・・ると・・おとう・・」


彼女の意識が遠のいていく。


室内にピー・・・!ピー・・・!と警報音が鳴り響く。同時に先程の看護師が入ってきた。


「・・・ごめんね、外に出ててくれる?先生っ!須藤さん、心肺微弱状態です!」


慌てて看護師が数名と、白衣の医者が飛び込んでくる。


幹夫は、意を決して待合室の電話機に走った。


電話を掛ける先は『警察』だった。


「すいません!そちらにスドウという・・・・」


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