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チェイン  作者: 潜水艦7号
5/10

交錯

『やはり』と言えば『やはり』だし。意外と言えば意外だと言えなくもない。


幹夫はデートに現れた清美の出で立ちを見てそう思った。何しろ彼女は『いつも通りに』黒のメガネに白いマスク、それに薄手のコートの通学仕様だったからだ。とてもこれからデートに向かおうというコーデではない。


ある意味、彼女らしいと言えなくはないが普段通り過ぎるのも何か拍子抜けという気がしないでもない。


何かこう『特別感がない』というか。もしかしたら彼女は本当に『ただ、贔屓の客をディナーに招待するだけ』が目的なのかも知れないと、幹夫は勘ぐっていた。


だが、それは少し違っていたのだった。


彼女は店で予約席に着席するとコートを取り、メガネとマスクを外した。そして、髪を後ろに束ねる。いつも『ウェイトレス仕様』だ。


コートの下にはそれなりにオシャレで薄手な上着を着ていた。首には細い銀鎖のネックレスも見える。なるほど、一応デートを意識してはいたのだと理解できて幹夫は安心した。ただ、半袖というのが時期外れな気もするが・・・


「あの・・・」


店のほのかな明かりに照らされて、彼女は一層に綺麗で儚く見える。


「いい服ですね、それ。よく合ってると思います・・・けど」


「ありがとう。・・・ん?『けど』って?」


「いや、・・・あの寒くないのかなって・・・ははは」


彼女が恥ずかしそうに下を向く。


「ヘンかな?ゴメンね。私ね、その・・暑がりなのよ。少し冷えるくらいが丁度よくて・・・」


「あ、ああそうなの!」


慌てて幹夫が相槌を打つ。ホントはファッションとして気合を入れてそうしているのかも知れなかったなと後悔したが、どうもそうでは無いらしい。


「・・・実はね。私が夜学に通っているのも昼間に出歩くのが苦手だからなのよ。今時分はまだいいけど・・・夏は本当に身体に堪えるから。バイト先をチェインにしたのもそう。あそこなら地下だから、暑さとか関係ないし」


なるほど、これは筋金入りの暑がりなのだと幹夫は驚いた。暑いのが苦手という人間は多いが、そこまで徹底して苦手というのも珍しいだろう。


暫く、微妙な間が空いた。


その間、幹夫は妙な事に気がついた。


彼女が外で『ワザとそうしている』という野暮ったい服装についてだ。何か理由があってそうしているとしたら、それは『目立ちたくない』という意識が働いていると見ていいだろう。


しかしだ。彼女にだって同級生は居るのだから、二人で居る時も『その格好』をしていれば『あ、清美がオトコと歩いている』とすぐに分かってしまうだろう。逆に目立ってしまうと言えるのだ。


であれば、最初からウェイトレス仕様の方が目立たないと思うのだが・・・では、彼女はいったい何から『目立ちたくない』のだ?


店内はそれほど広くない、個人経営のフレンチだった。それほど格式張っているワケでなく、落ち着いた雰囲気だ。


やがて、頼んであったコース料理が出て来る。


「・・・どう、おいしい?」


彼女は嬉しそうに問いかけてくるが、如何せん幹夫としては緊張で、味なんか全く分からなかった。というか味覚に意識を集中させる事が出来ないのだ。割り切ったつもりでも色々な思いが交錯してるせいであろう。


「ここはね、メインのお肉とかも美味しいんだけど、この前菜が良いのよ?上品で、それでいて味がしっかりと乗ってるし」


そんな幹夫を他所に、彼女はとても満足そうだった。



店を出てから、ふたりは近くにある港を歩きに来ていた。


別に何か予定があるわけではない。ただ何となく、アテもなくブラブラと歩くだけだ。


すっかりと夜が更けた水面(みなも)に、港の灯りが揺らめいている。


「そう言えば・・・ここって、夏は花火が有名なんだよね」


幹夫が思い出して言う。


「花火は夜だから・・・」


ふたりで花火を見て「綺麗だ」と感じ合いたい、幹夫はそう思った。


だが、その言葉に清美の顔が曇る。


「夏、かぁ・・・」


「あ、ゴメン!や、やっぱり夏は夜でも暑いよね?はは・・・」


慌てて(つくろお)うとする幹夫に、清美は下を向いて、少し悲しげにゆっくりと顔を左右に振った。


「ん、暑さとか。そういう話じゃなくて」


声のトーンが低い。そして、突然の告白をする。


「私、それまで生きていられない・・かも」


「えっ!」


幹夫の身体に衝撃が走る。


二の句が継げず呆然と立ち尽くす幹夫に、清美がそっと身体を寄せる。そして無言のままに両の腕をそっと、優しく包み込むように幹夫の身体を抱く仕草をした。


これ・・・・は・・・


幹夫に、二度目の衝撃が襲う。


清美の身体が『冷たい』のだ。それも尋常な冷たさではない。一般に女性の体温は男性に比較して低めのものではあるが、それにしても『これ』は異常だ。果たして生きているのかどうかも怪しいレベルだと思う。


もしや・・・これが『あの』・・・


幹夫は、中折帽の男の事を思い出した。


その時。


「何をしているっ!」


背後から大声がした。聞き覚えがある声だ。そう、今思いだそうとしていたあの、中折帽の声だ。

その声にハッとした様子で彼女が腕を解き、男の方に向き直った。


彼女の顔に戯けた表情は無い。あの、最初にチェインで見たぶっきら棒でキツい顔に戻っていた。


「・・・あの、・・・知ってる人?」


おずおずと、幹夫が小声で清美に尋ねる。


彼女は少し間を置いてから、ハッキリとした口調で答えた。


「ん、私の・・・『お父さん』」


「ええっ!」


驚いて聞き返そうとする幹夫を、中折帽の男が激高して遮る。


「黙れっ!・・・お前に父親呼ばわりされる筋合いは無いっ!」


これはいったい、何がどうなっているんだ?事態が飲み込めず、幹夫が混乱する中、中折帽の『父親』は尚も怒りを隠せないようだった。


「ワシはお前に言ったよな・・・?『約束』を破れば只では置かない、と」


「・・・・。」


彼女は悲しげな顔をしていたが、何も反論しなかった。


そして何も言わずに踵を返すと、そのまま幹夫を置いて足早にその場を去って行った。


中折帽の男はそれを見届けると、そのまま帰路に着こうと歩き出した。


「待ってください!」


幹夫の声に、中折帽の男が足を止めて振り返った。


メインの肉より前菜の野菜が美味しい店。

これは我が家の近所に昔、実際に有ったお店がモデルです。・・・港は近くありませんでしたが。

長く贔屓にしていたのですが、店主がご高齢という事で閉店になってしまいました。

最近、こうした個人経営の良いお店が少なくなって残念で仕方ありません。

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