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チェイン  作者: 潜水艦7号
4/10

逢瀬

幹夫は混乱していた。


中折帽の男が語った忠告はいったい何だったのか。


『死にたくなければ』というセリフは。多分、軽い気持ちや脅し半分の意味では無かったと思う。多分、本当の意味で生命の危険があるという意味では無いだろうかと。


しかし、実際のところ今の彼女にそんな『怖い雰囲気』は全く感じられない。戯けて笑う顔がとても可愛いただの女性だ。何か恐ろしい事をするとか、そんな感じは微塵とてない。


では、何か背後関係が怪しいとか?例えば何か反社会的組織とかの娘とか・・・いや、だとするとマスターが何か言ってきてもおかしく無いと思う。「気をつけた方がいいよ?」とか。だが、そんな風にも見えないし。


男の忠告を真に受けるなら、このまま彼女に遭う事を止めることになる。つまり、チェインにチョコレートを飲みに行くのを金輪際止めることだ。


しかし『それ』だけが彼女との接点であるなら話は別かも知れないが、彼女とは大学が同じで、偶にではあるが顔を合わせる事があるのだ。


そうした折に「最近、来ないわね?」と聞かれでもしたら、返答に窮してしまう。まさか「ヘンな男に止めろと言われたので」とも言えないし。


色々と思考を巡らした結果、幹夫はこう考えることにした。


男は「これ以上、近づくな」と言った。であれば「これ以上、距離を縮め無ければ良い」のだ、と。つまり現状維持である。『日和(ひよ)った』と言えばそうかも知れない。


着かず離れず、現状の距離感を保ったまま様子を見ることにしよう。まぁ心配しなくとも今の感じであるならば、突然に二人の距離が急接近する可能性も低いであろうし。ならば問題もあるまい。



ところが、幹夫の安易な目論見は、あっさりと崩れ落ちることになった。


それは、中折帽の男と出会った2日後の事だった。


幹夫が講義を終えて帰ろうした時、背後から肩をポンポンと叩く者がいる。


誰だ?


ふと、振り返ると。そこに居たのは『あの』清美だった。


「うわっ!」


幹夫がびっくりしたのを見て、清美が少し焦った顔を・・・しているのだと思う。何しろ、相変わらずのマスクに黒メガネだから良く分からないのだ。


「ご・・・ごめんね、脅かしちゃったかな・・・」


「え!いやいや、だ、大丈夫だよ。ゴメンね。少し考え事をしてたもんだから・・・ははは」


幹夫が慌てて取り繕う。いや、とりあえず『距離が縮まることさえ無ければ、それで良い』のだ。


「そう。ならいいけど・・・少し、いいかな?」


「え?・・あぁ、いいけど・・・」


マズイぞ。雲行きが怪しい。幹夫は少し恥ずかしそうな彼女の口調に気配を感じていた。


「あの・・・今度の24日だけど。もしも時間があったら、ご飯でも一緒にどうかな・・・て」


「えっ・・・!」


幹夫は言葉を失った。いや、それはマズんいだって!


「あのね、ホラ、いつもチェインを利用して貰ってるじゃない?だからその、あの、感謝の気持ちってほどでも無いんだけど・・・あっ、マスターも『お客が増えた』って喜んでるし、何かお返しとかしたくて・・・ダメかな?あ、あの、時間が無ければ良いんだけど・・・」


人間に本音と建前があるとしたら、この場合『お礼』が建前で『デートの誘い』が本音という位置づけであろうと思う。


これだけ辿々しい誘い文句の影に『恐ろしい罠』が控えているとは到底思えない。もしも『それ』なら逆にもっと流暢になるだろう。それが返って、幹夫を安心させたと言える。


「24日だね?う、うん、OKだよ。ど、何処に行く?」


幹夫は必死な作り笑顔で清美に答える。


「良かった!」


溢れんばかりに彼女の笑顔が弾ける。


「あのね、港の方に大好きなお店があるの!そこで良ければ」


「分かったよ。うん、楽しみにしてる」


彼女の心から嬉しそうな顔を見ると、先日までの悩みが全て杞憂であったかのように思える。


そうだな、何も心配事はないんだ。きっと、あの男の人は何かを勘違いしているだけなんだ。


嬉しそうに手を振りながら校舎へと走り去って行く彼女を見送りながら、幹夫はそう思った。


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