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チェイン  作者: 潜水艦7号
2/10

模索

包み隠さず本音を言えば、だ。


『足繁く店に通って、彼女の顔が見たい』


と、幹夫は思っている。


明確に『一目惚れした』とか、そんなにホットな訳でもないのだが、さりとて単にスルーするには心に降りたアンカーが重すぎた。


しかしながら、従前から顔なじみである店なら話は別だが、ある日から突然に頻繁な出入りをすれば『下心』はあからさまだし。


どうにかして自然に通いたいものだと思う。それに、どうも彼女は日中だけに勤務しているようだから、講義(こま)の具合でタイミングが合わない方が多いのだ。


こんな事になるのなら1年の時からサボらずに、もっと熱心に単位を取って於けば良かったと悔やんだが、今となっては後の祭りに他ならず。


結局、あの店に通えるのはせいぜいが週に1回程度という処に落ち着いた。


相変わらず店に客は(まば)らだし、彼女は彼女で特にお愛想を言うでなし、いつも通り「ご注文はお決まりですか?」と会計時の「420円です。ありがとうございました」の二言しか喋らない。

後はいつも通り『自席』でお勉強だ。


幹夫も最初こそ所在がなくて時間を潰すのに苦労したが、2回目からは要領を掴んでいた。そう、『勉強をすれば良い』のだ。何しろ『前例』があるのだから断られることもあるまい。


そうこうして3ヶ月も過ぎる頃に成ると、幹夫もすっかり常連と言えるようになった。何しろ、マスターが世間話をしてくれる程度には、だ。


「学生さん、今日も勉強かい?大変だねぇ」


「あ・・はい、どうも。いつも、すいません」


幹夫は苦笑いで返すしかなかった。『仲良くなりたい』のは、マスターではなく彼女の方なのだから。


「まぁ、ゆっくりしてってよ。ウチの店は朝は早いけど、その代わりに3時には閉めるからさ。だいたいいつも、君が最後のお客だよ」


マスターが言うには地元の『早起き人種』が5時とかの時間にやって来るのだそうだ。この店はそうした人達のために早く開けて、早く閉めているのだという。


そんなある日。


幹夫がいつも通りチェインを出てから講義に行き、机に座った時だった。


「あれ・・・消しゴムが無い・・・しまったな・・・店に忘れてきたか・・」


別に大した消しゴムではない。何処にでもあるものだ。だが、取りに行くのが容易ではない。何しろ1週間に1度程度しか行けない店だから。

別に消しゴムだけ回収しに寄っても良いのだが、何だかバツが悪い気がするし。


「仕方ないな、帰りにコンビニにでも寄るかぁ・・・」


そう諦めて、その日は帰路に着くことにしたのだが。


講義が終わって校門を出る時だった。


校門の脇で、誰かが『こちらの方』に向かって手を振っているのが見えた。胸の前で控えめながら、だ。


薄暗くて良く分からなかったが肩まで垂らした髪を見るに女性のようだ。薄いコートを羽織り、大きな黒縁メガネとマスクをしている。幹夫の記憶には覚えが無い人物に見えた。


自分では無いと思うが・・・


幹夫は背後を振り向いてみた。


誰か自分の背後に、その女性の知り合いでも居るのか?と思ったのだ。しかし、幹夫の背後には誰の影もない。


幹夫は思い切って、右手の人差し指で自分を指差して見せた。


僕ですか?というジェスチャーだ。


するとその女性が、うんうんと頷く仕草をする。やはり、女性のお目当ては幹夫のようだ。


「バレンタインの時期でも無いと思うけどな・・」


幹夫は困惑したが、とりあえずそっちに向かった。


「あの・・・」


幹夫は女性に、まず何者かを尋ねようとした。すると、女性は無言のままにポケットから使いかけの『消しゴム』を出して、幹夫の前に差し出して見せた。


「あっ・・!」


思わず声が出る。それは今日の昼に、幹夫が店に置き忘れたものだった。


え?どういう事?


幹夫は混乱していた。これは確かに店に置き忘れたものだ。しかし、何故『この人』がそれを持っているんだ?もしかして、この人が自分の後に来て、消しゴムを見つけたってこと?


ポカンとして状況が飲み込めない幹夫を見て、女性は「ああ・・・そうか」と軽く笑った。そして、マスクとメガネを外し、片手で髪を後ろで束ねるマネをする。


いくら鈍感な幹夫でも、今度はハッキリ理解した。


そう、チェインのウェイトレス、『清美』だった。


「えっ!あの・・・チェインの!」


思わず素っ頓狂な声が出る。


「うん」


彼女は短く答える。


「え・・・どうして、僕がこの時間に此処へ来る事が分かったの?」


「ん、その前に」


彼女がいたずらっぽく笑う。


「・・・何か私に言う事があるんじゃないの?」


「あっ!・・・そうだ。あ、『ありがとう』わざわざ・・・」


申し訳なさそうに幹夫が頭を掻く。


「どういたしまして。帰りに見たらテーブルに残っていたから。あと、『何故分かった』って言われてもね。アナタとは、此処でこの時間にすれ違う事があるわよ?(たま)にだけど」


うっ・・・


幹夫は言葉に詰まる。間近で見ても分からないほどの『変装』なのだ。これでは毎日のようにすれ違っていたとしても、認識出来ないだろう。逆に、こちらは特に何の変装も無いのだから向こうから幹夫は見えていたのだ。


「・・・ごめん。全然、気づかなかった」


「いいのよ。ワザと『こんな格好』をしてるんだし」


彼女はマスクとメガネを元に戻す。


「じゃ、私は『これから』だから。行ってくるわ」


「うん・・・じゃ、また今度お店で」


彼女は校舎に向かって歩きだす。そして何か思いついたように顔だけをこちらに向けた。


「そうそう、ウチの店ね。コーヒーも良いけどホットチョコレートが案外イケるのよ?今度、試してみて」


そう言いながら去っていく彼女に向かって幹夫が手振る。


「うん。今度、そうするよ」


幹夫は、秋の夕暮が地面に作る彼女の長い影をじっと見送った。


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