プロローグ
「落とし物はこれですか?」俺は落ち着いた声で言う。今日はこれで三件目だ。簡単な書類を書いてもらい、落とし物のキーホルダーを渡した。「ありがとうございました。」男性は満足した顔で部屋を出ていった。
学内の落とし物は案外多い。鉛筆等の文房具はもちろんのこと、高校にもなるとイヤホンや携帯電話等の電子機器も届く。もちろん今回のキーホルダーのような物もだ。ほとんどの場合がすぐに受け取りに来るのだが、落とした携帯電話に電話をかけてくる場合もある。あらかたバイブレーションや着信音から居場所を割り出そうとしているのだろう。そういうときは電話に出ることにしているのだが、今回もそのパターンのようだ。
落とし物箱の上で携帯電話のライトがせかすように点滅している。箱は簡易的なもので、携帯電話が入っている箱はティッシュ箱の上を切り抜いて作ったものだ。落とし物のサイズや種類によって箱が異なっているため、この部屋の中には大小合わせて10個ほどの箱が用意されている。素材は主に段ボールや使い終わったティッシュ箱。仕分けをするのは活動終了時刻の30分程前と決めているため、今日届いた落とし物は俺の座席の目の前にある机の上に、ティッシュ箱と小さな段ボールでまとめてあった。
「四件目かな。」カサカサの指で、携帯電話もといスマートフォンの通話マークをスライドした。
「あ、出た。もしもし、その携帯電話私の友達のものなんですけど、今どこですか。てか誰ですか。」電話からは恐らく女性であろう声がする。というのも、声質に乙女らしさはあるのだが、それを少々の嗄声が邪魔していたからだ。どうやら今回は落とし主の友達からの電話らしい。それにしても失礼な奴だ。せっかく拾ってやったのに誰ですかはないだろ。
「もしもし。携帯電話は落とし物部であずかっています。まだ学内にいるんだったら活動してるので取りに来てください。今日が無理なら明日の放課後ですね。」俺は抑揚のない声で言った。
「わかりました。もう学内を出てるので明日の放課後でお願いします。」持ち主の友達であろう人物は少し気だるそうに言いながら、こちらの返答も聞かずに電話を切ってしまった。時計を確認すると時刻は午後五時を回ったところだった。
落とし物部といってもただ落とし物を待っているだけではない。教室や体育館、グラウンドを巡回しながら落とし物を拾う。「わざわざ落とし物なんて拾いに行かなくてもいいだろ。」と言われることがあるが、ごもっともだ。俺だって好きでこんなことをしてはいない。
落とし物部を作ったのには、過去に落とし物を拾ったことから運命的な出会いがあり、その人との約束を果たすために、高校生になった今、部員を集め、最初は同好会からのスタートだったが、日々の精力的な活動によって徐々に校内での知名度が上がり、入部希望者を獲得することでなんとか部活動として活動を始めた。なんて青春ドラマ的展開があるわけではない。きっかけはごくごく普通なものだ。この日本においては普通なことなのだ。