チュートリアル終了
目を覚ましてすぐ、ある異変に気づいた。
緑のスライムに混じって茶色いスライムが何匹か存在していた。
なんだ?スライムが変色でもしたのだろうか。
数えてみると、スライムの数は緑が7匹、茶色が4匹いた。
普通に考えれば分裂だろうが、様子がおかしい。
昨日の時点で緑スライムは5匹とも喧嘩もなく穏やかに過ごしていたが、今回は1匹の緑スライムと1匹の茶色スライムが争っているように見える。ほどなくして緑スライムがぐったりとし、茶色スライムに取り込まれてしまった。
緑スライムの大きさは全員同じだが、茶色スライムは4匹中2匹がでかい。
もう1匹のやつも緑スライムを捕食してしまったのだろうか。
これはまずいかもしれない。
昨日は茶色スライムなんて存在していなかった。
捕食を終えた茶色スライムは次の標的へと歩を進める。
また争い始めた。
どうやら茶色スライムは敵と見て間違いなさそうだ。
ぼくは茶色スライムを殲滅することに決めた。
茶色スライムの後ろへ回り、召喚杖で地面に円を描く。
「出でよ、スライム!」
呪文を唱えると、円の中からスライムが召喚された。
「スライム、仲間を助けろ!」
命令すると、召喚されたスライムは争いを始めた茶色スライムに向かって動き出した。
召喚されたスライムは後ろから不意打ちを仕掛ける。
茶色スライムは前の緑スライムと争っていて後ろにかまう余裕がないようだ。
2対1。
召喚された緑スライムは、攻撃を受けないのをいいことに、徐々に茶色スライムへと覆い被さり。
捕食してしまった。
「よし。やったぜ。ちょっとせこかった気もするが」
捕食した召喚スライムは、満足そうに次の獲物へ移動を始めた。
召喚スライムは新たな敵に戦いをしかける。ぼくは新たに4匹、全魔力を投じてスライムを召喚した。
茶色スライムを完膚無きまでにぼこす。
集団リンチだ。
その後も5匹の緑スライムは一丸となって茶色スライムをぼこした。
4匹の茶色スライムは新たに召喚された5匹のスライムの連携によって掃討された。
よし。なんとか敵からスライムを守ることが出来た。少し数は減ってしまったが、またすぐに増えるだろう。捕食したスライムもでかくなってるし。
ほどなくして捕食した3匹のスライムが分裂し、その数は15匹にまで増えた。それからしばらくして、今度は普通のスライムが分裂し、全部で21匹にまで増えた。
この調子なら、あと何日かすれば簡単に100匹を超すだろう。
いやーゆかいゆかい。
魔物を増やすことに楽しみを見いだし始めたゴブリンであった。
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「はい、チュートリアル終了」
は?
召喚杖のことを考えながら何気なく空を見上げていた時、誰もいないはずの後ろからいきなり女の、甲高い声が聞こえてきた。驚いて振り返る。
そこにはやはり女が立っていた。15か16そこらの、ぶかぶかのニット帽のようなものを被った若い女だ。なまずやスライムのような刺繍が全面に施された帽子が印象的だった。
髪は金色、ショートボブで毛先が遊んでいる。目はきりりと凛々しく、胸はない。あと見た目が幼い。あと胸がない。
少なくともクリスマスイブに会ったばあさんではない。両手を腰に当て偉そうに立っている。まさかこいつがぼくをこの異世界に放置プレイしたのか?!
いきなりのことに驚きわななく。震える唇を押さえて、声を出した。
「おい、お前がぼくをこの異世界に放置プレイしたのか?」
女の後ろで1匹のスライムが無邪気にはねている。今はそんなこと気にしている場合じゃない。
「そうだとしたら?」
女は薄気味悪い笑みを浮かべて質問を質問で返す。からかうような返しに、少しイラっとした。
「答えろよ。そして、ぼくを元の世界に返せ!」
「それはできない相談ね。そう、お前をこの世界に召喚したのは、あたしよ。感謝しなさい」
偉そうに言う。
「ふざけるな! ぼくをなめるんじゃない! お前の顔なんて初めて見たぞ! どうしてこんなところに連れてこられなくちゃならないんだ! ぼくは向こうの世界に帰りたいんだ!」
むきになって言う。実は今はそこまで帰りたいとは思っていない。面白くなってきたところだ。
「あんたが望んだことじゃない。どーしてあたしが悪いみたいに言われるのよ。気に入らないわ」
望んだ? 望んだ覚えはない。夢は聞かれたかもしれないが。夢・・・夢?
ぼくが何か言う前に女は続ける。
「お前は望み、あたしは叶えた。盟約はここに結ばれ主従関係は既に成立している。そう、このチュートリアルを終えた時点でね」
チュートリアル?ぼくが望んだ?わけがわからない。なにを言ってんだこのアマ?
「お前は魔王を目指すのよ。あたしの永遠の駒となってね」
永遠?駒?
「それと、今日からその『ぼく』とかいう主語は禁止。魔王になるやつがぼくなんて女々しすぎるわ。今日から自分のことは『ワイ』といいなさい。ぷっ・・くく」
自分で言って自分で受けてやがる。ていうか勝手に決めんな! ワイは怒ったでー。
「おい、さっきから黙って聞いてれば好き放題いいやがって! なにが永遠の駒だ! 主従関係!? ふざけんな! 一人称くらい自分で決める! 勝手に決めるな!」
「はぁ、もぅ、面倒なやつね」
女は一歩、二歩、三歩前に出る。ぼくに近づく。女はまっすぐ前に腕を伸ばすと、指がぼくの額にかざされた。
瞬間。
記憶が巻き戻る。