2.確認しよう
7/29 誤字等文章一部訂正
『Now Loading……Welcome to the world of Twins』
接続画面。そして、喧騒と共に視界が明るく広がる。頬に微風を感じ、髪が揺れた感触に驚く。
あれ、と思わ周囲を見渡せば見知らぬ街の景色が広がってる。
私の前に幅広の石畳の道が続いていた。車が3台はすれ違える幅の道だ。
その先は広場かな? 噴水らしきものが遠目に見える。景色と思考が追い付かず呆けてしまった。
「おお、ねえちゃん。突っ立っていちゃ邪魔になるぞ」
どけどけと促す男の声に、反射的に右横へと移動した。
声の方を見れば、50代前後の右手に短槍を持った男が、あきれた様子で見ていた。細い鎖をまるで鎧のように……そうだ、チェインメイルだ。その上から紋章が胸に描かれた袖の無い長衣を纏っている。おお、本物! 衛兵みたいだと、見やってから慌てて頭を下げた。
「ああ、失礼しました。つい、ぼんやりとしてしまって」
「なんだ、アンタもか。最近多いんだ。門を通るなり、動かない旅人が多い多い。あぁ、アンタも彼方から来たくちかい。まぁ、とりあえず……道のど真ん中はやめておくれよ。スリの恰好のまとだしな」
「ええ、気を付けます。……彼方から?」
「随分遠い所から、沢山の旅人が来るって評議会から通達があったからな。おかげで手続きで大忙しさ。まぁ、街が活気づくのはいいことだけどな。まあ、ねえちゃんも何しに来たか知らんが、ようこそ。<ジオス>へ!」
良い旅を、と男は笑い、手を挙げれば持ち場らしい城壁の門側へと歩いていった。
どうやら本当の衛兵だった。ということはNPC? 自然な受け答えや話しかけてくることに、高度AIを謳うのは伊達ではないと感じる。
振りむけば城壁がそびえていた。ぐるりと堅牢に街を囲むように続いている。
ゲームの始まりは、この城壁の門から旅人として入ってきた。そんな演出は自然に思える。
そして、「彼方から」というのはプレイヤー達を指しているのかと。言いえて妙である。この世界の住人は、遠い場所からやってきた旅人と認識してるようだ。
改めて周囲を見渡せば、足早に広場に向かう人、大きな荷物を担いで行く物売りのような男。手を繋いだ親子、行きかう人々は住民かそれとも同じプレイヤーか。きょろきょろしてたり、呆けていたり、同じような衣服は間違いなくプレイヤーだろう。
「ともあれ――ここが……」
VRで作られた世界。ツインズの中と。じわじわと気分が揚がってくる。
ゆっくりと人の流れに乗って広場へと歩き出す。違和感のない身体の動き、どこからか美味しそうな匂い、整然とした石畳には土埃が舞っている。
「凄い、本当に……」
見知らぬ町へ入り込んだようだと。広場へ辿り着けば周囲を見る落ち着きができた。
灰色でレンガ型の石畳は、広場の中央にある噴水を中心に、円形に敷き詰められている。
広場の大きさは、小さな野球場よりも少し狭いぐらい。中央の噴水が街のシンボルでもあるのだろうか。その存在感は、視界を誘導するよう足が向かう。
噴水から涼しげな音と共に舞う水飛沫。噴水の真ん中には大人の大きさ程の石膏で作られたような彫像が設置されている。それは瓜二つの顔の男と女が背を合わせて空と地に手を伸ばす彫像。
この世界の神話? 伝承? あとで調べよう。その周辺に水が囲むように躍っていた。
「あれ? 今何か……見えた? 気のせいかしら」
舞う水飛沫に何か翳る。チラチラと光の粒のような、光の反射だけかもしれない。
気のせいかな……不思議なものを見た気分だ。
「それにしても、賑やか……」
住人と思しき談笑する主婦達。行きかう荷台車をひく男達、帯剣をした傭兵のような男達。
広場の隅の一角では屋台がぽつぽつと並んでいる。時刻は早朝だから少ないかもしれない。
その中でも特に目立つのは……
「最初はどこにいく?」「何をしたらいいんだっけ」「まずは冒険者ギルドだろう?」「初期装備がひどい!」と群れている人々。
どうみてもプレイヤーかなと観察してしまう。街の様子を観察するだけでも楽しくなってくる。
実はこのゲームは、NPCとプレイヤーの区別がなかなか難しい。
なぜなら、名前を知るまで区別するアイコンが表示されないのだ。交流を深めないとNPCかプレイヤーかわからないということか。逆に必要あれば、会話している間にわかるだろう。
区別がつかない程のAIに自信があるのか、自然さを求めているのか。本当に違う国にいるみたいで面白いなぁ……
「さて――まずは、色々確認しなきゃ」
噴水の隅は水を囲むようにベンチが彫られている。その一つに腰を掛けた。
広場を囲むように建物が並んでいる。まるで中世のようなといってしまえば、そうなのだけど。
木造石造問わず建築の壁は白が多くすっきりとしている。ここの土地の流行か、文化なのかもしれない。
海外で中世の佇まいをウリにしている場所を訪れたことを思い出す。けど、行きかう人々の服装を見ると、まさしく知らない世界だ。
広場からは門から続いていた道と同じ幅の道が、幾つか伸びていた。この町のメインストリートなのだろう。
「まずは……と」
自分の身体をみる。作成したどおりの身体だ。綿のような生地の焦げ茶色のローブ。ローブの下は木綿のシャツと黒色ズボン。品質的なものか、少しごわごわとした肌触り。改善したい……。初期装備だから仕方がないね。そして、膝迄の革製のブーツ。革の種類は分からない。柔らかい革で日常品だろう。
まるでコスプレ……だが、それがイイ! これよ、これとテンションが揚がるのは仕方がないわ。色々着てみたいな。それもまた楽しみの一つである。
装備を観察後、視界の隅に映っていたコントロールパネルを開く。
さまざまな項目がウインドウになって浮かんだ。システムの方も再確認だ。まずはステータス画面。
―――――――――――――――――――――――――
<名>ケイ <種族>人族:Lv1
<職業>
<状態>健康 <空腹度>0
<習得技能>
楽器演奏LV1 歌LV1 精霊魔法LV1 杖術LV1 投擲Lv1
料理LV1 細工LV1 気配察知LV1 採取LV1 鑑定Lv1
<習得スキル>
ヒーラー協会の加護(種族スキル)
<称号>
<所属>
――――――――――――――――――――――――
なるほど。種族レベルは、プレイヤーの経験値とある。戦闘や生産活動すると溜まる。
レベルがあがると、プレイヤーとしてのスキルを取得。最初からあるスキル……?
これがそうなのかな?
<ヒーラー協会の加護> 詳細を確認すれば……なるほど、所謂「死に戻り」らしい。
この加護を受けていれば、戦闘で死んだ場合、最寄りの町のヒーラギルドに救われる。
そんなシステムらしい。その場合ペナルティとして、所持金を寄付という形で減り、状態も倦怠感等のマイナスが付くようだ。この場合、技能の上りが悪いと説明があった。
他の空欄はまだ決まってないからだろう。私としては職業に吟遊詩人と名乗りたいけれど、職業としてステータスに載る条件が未確認だ。
次に開いたウインドウは各種システム設定。痛覚設定は悩んだが基準どおりにした。
無痛だと怪我しても気づかないとか怖いし。他にはアバターの体力、精神力を示すグラフを視覚化。マップ表示をONにした。
「地図機能が、愉快なことになってるわ」
どうやら地図は歩いた場所しか表示されないらしい。
地図アイコンを拡大すると方眼紙が開いた。方眼紙の中央下に城門。そして続く広場と文字と線。地図作製を思い出すじゃないか……歩いてマッピングしろと? ちょっとだけ興奮した。
地図作製好きです。えぇ。昔ゲームでよくやったっけ。紙を手元において鉛筆で……楽しかったなぁ。そりゃ行ったことないとわからないものだけど、なんとも現実的だ。幸い自動的に歩けばマス目が埋まっていきそうだ。また地図は色々書き込みが可能だ。
最後にインベントリ。現在は背嚢を背負っている。
装備する収納アイテムで所持数が決まるみたい。リュックなら所持量が増えるのかな。
ただ、物量等がゲーム仕様。重量はないし、同種類のものはスタックされる。
初期は「旅人の背嚢」という名前だ。インベントリはリストがウインドウになって出てきた。
[装備品リスト]綿の下着/アンダ―セット/旅人のローブ/旅人のブーツ
練習用杖/練習用リュート/投げナイフ×5
[消耗品リスト]携帯食×5/初心者用ポーション×5/使い捨てランタン×5
[所持金:10000J]
以上である。ちなみに装備できる部位は重ね着もあった。ローブの下に革装備も可能みたいだ。
細かい……。下着も装備なのか! お洒落装備と思いたい。
装飾品も実際に着けられる範囲にある。装飾品は細工でも作れるので機会があれば試してみよう。
そして所持金、ここの通貨はJと説明があった。初期のお小遣いがどれだけの価値なのかは後で確認だ。
試しにポーションを取り出してみた。掌に黄色い液体の入った小瓶が現れた。
ここはゲーム的だ……便利なものだ。<鑑定>をすれば小さな虫眼鏡のアイコンが瓶に重なってウインドウがポップした。
[初心者用ポーション 品質?? 少しだけ傷を治すことができる薬剤。飲用]
簡単な説明のみだ。鑑定があがると説明が増えるかもしれない。あ、MPが少し減ってる!
<鑑定>のせいね。ポーションをインベントリへ戻して、代わりに出したのは楽器。
大きさは片腕で抱えることができた。ギターより軽く、6本の弦。練習用リュートと説明が出た。
現実でもある名前と見た目だ。練習用とあって鑑定しても練習用リュートとしか出ない。が……問題は。
「問題は……この手の楽器はギターしかやったことないのよね。吟遊詩人って感じの楽器だけど。ハープとかもあるのかしら」
<楽器演奏>技能のおかげか、弾き方はわかった。しかし、上手い下手はきっと経験がでそうだ。
試しに指で弦を弾くと、澄んだ音が響いて喧騒に消えた。……楽譜もない。色々前途多難に思えてくる。だけど、わくわくする。広場で演奏したら、おひねりが飛んでくるぐらいにはなりたいものだ。
「まずは練習しないとね……路銀も稼がないといけないし」
リュートをインベントリにしまい込む。色々確認が済めば時間が30分程たっていた。
広場に人が増えている。真新しい革鎧と剣を装備したプレイヤーと思われる人達が、複数で門へ向かっていく。パーティを組んで早速、野外へ向かったのだろう。
「さてと、私は――」
新しい街に来たのだから、まずはその景色を楽しみたい。
折角だから地図作製も楽しそうだ。先に地図を完成させるのもいいかも
急ぐことは何もないし……まだ歩いていない地図を埋めるべく広場を歩き出した。