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小さい頃、本を読んでは夢を見た。いつか魔法が使えるかもしれない。自然の中には妖精がいるかもしれない。人がまた行ったことのない土地には、竜みたいな生き物がいるかもしれない。きっと深い深い海には巨大な鯨が泳いでいるかもしれない……子供の頃、沢山の空想の物語に私は夢中だった。
イイ歳になれば、黒歴史とか色々やっちゃってた感もあるけれども。ふとした瞬間に憧れる。知らない世界があるかも? なんてね。それがいま、空想が科学技術で現実に体験できる時代となったのだから……偽物でも本物でも、私の夢は叶ったのかもしれない。
足元が地に着かないような浮遊感に、瞼を開けば見たことのない光景だ。
透明度の高い空色の空間に、石造りの柱が空間を囲むように円形に並んでいる。
思わず息を飲んだ。
「うわぁ――……えッ」
いつも聞く自分の声と同時に、身体が着地する感覚。本当に浮かんでいたらしい。
足元がしっかりすれば観察する余裕が生まれた。身体を見る。いつもと変わらない姿だけど、違うのは見覚えの無い白色無地のワンピースを着ていることだ。両手指先を意識して動かす。動いた…深呼吸を一つ。
「これが――仮想空間……なの?」
普段と変わらない感覚に声が弾んでしまう。自然と胸が高鳴ってくる。
そわそわと辺りを再び見渡せば、視線の先に淡い光が生まれた。大きさは大人の頭一つ分ぐらい。蛍光灯のような白い光を放つ珠。そして、響く柔らかい女性の声。心地よい声色だ。
『ようこそ、<Life in the world of twins>へ。アバター設定を開始します。始まりの珠に触れてください』
これが私の初めてのVRゲーム<Life in the world of twins>への参加の始まりだった。
昔訪れた外国の古代の神殿建築を思わせる場所。その中心で目の前の光の珠を両手で包む。
『個体情報の確認をします。指先をそのままにしてください。……、ID確認、生体登録確認……ユーザー:ハルタ ケイコ。確認できました。アバター作成に移ります』
声と共に光の珠が姿を変えた。浮かび上がる物体は…
「これは……こうやってみると……なんていうか」
それは、自分の家のベッドの上で、VRゲーム機を設置し寝ている自分の姿と一緒だ。
私こと春田恵子の姿である。目の前に浮かぶ姿はまさしく分身。同じように白いワンピースを身に着け空間に浮いていた。思わず手を伸ばして右手の甲を触ってみる。
「肌が――若い気がするなぁ……サービス?」
凄いぞVR。変なところで感心した。肌の曲がり角を過ぎてはや数年。
まじまじと見れば今の「自分」より若い気がする。そういえばと思い出す。
「確かアバターのベースは変えられないけれども、年齢や体格、色素は変更可能だったっけ。基本年齢がこれなのかな」
ログインする前に熟読した説明書を思い出す。そう、このゲーム<Life in the world of twins>は、ツインズの世界での暮らし。名前通りなのだ。
もう一つの生活。異世界である<ツインズ>という世界で暮らそうがコンセプトのゲーム。
就職して普通の住人として暮らすのもよし、技能を磨いて冒険者や職人になってもよし、店の経営から士官を目指したりと、自由に生活をすることができるゲーム。
最終テストプレイヤーからの噂では「チュートリアルなにそれ?」ぐらいの不親切な自由さとのこと。
このゲームを、どれほど待ったことか。幼少時ファンタジー小説やゲームに没頭した日々。
空想の世界に憧れに憧れ、まだ見ぬ景色、文化を知りたがった。それが高じて学生時代から日本海外問わず、さまざまな土地を歩き旅している。大学の専門も民族学だ。今となっては仕事も関連して、1年の半分は海外でバックパッカーだ。彼氏?ナニソレ、酒と旅が彼氏です。そんな私だ。
それが今まで医療や軍事利用がメインだったVR技術が、世界でゲーム市場を牽引していた「リード社」により娯楽用として開発。最初は仮想空間で簡易な愛玩動物に触れあうゲームや、1人用のアクションゲーム等だった。今となっては開発を重ね、感覚をそのままに、仮想世界へ身を置く程となった。
VR技術を使ったゲームは幾つかリリースされている。このゲームはシナリオは存在しないといわれる程、高度なAIと現実に劣らない世界システムを使っていると謳われていたのだ。
そして、テスト試験を重ね、本日正式サービスが開始だ。発売が決まった時、迷うことなく少々高額なゲーム機材を購入した。ソフトは限定数であり予約に漏れたけれど、仕事仲間が2つ予約でき、頼み込んで譲ってもらうことができた。知人とはゲーム内でそのうち会うことができるだろう。
VR機材は高かったが、まだ見知らぬ「現実にはない」世界に暮らし旅をすることができるのだ。暫く「現実」での旅はお預けとなる。けれど、これから未知の世界をゲームの中で旅することができるしね。
それにしてもアバターをどうしようか。ちなみに種族は人間のみの設定。
ファンタジーでお約束の種族は、アバター設定にはないらしい。ゲームの中にはいるのかな?
あくまでも、自分の分身が仮想空間で暮らすという設定の為のため、性別変更もできない。カスタマイズも「現実」をベースにして手を加えることとなる。
「うーん、年齢はこのままにして。あとはリアルでばれないようにカスタマイズを推奨だから……どこまで調整できるのかしら」
現実に近い仮想空間といっても、あくまでも区別をつけなければいけないのは常識である。
アバターに触れるとくるりと体が一回転し、目の前にウインドウが広がった。
背景が透けたウインドウの内容は、アバターのカスタマイズ画面だ。
「それにしても大学ぐらい?このままで年齢はいいわね。若返って得した気分だし。他は……」
ゲーム内のプレイヤーの年齢設定はシステム上から15歳以上となっている。
さすがに10代は今の歳では色々と厳しい。あの10代のテンション……黒歴史を思い出した。封印。
思い切って髪色を真っ赤にしてみた。大分印象が違って別人にも見える。色相を色々触ってみる。
そして落ち着いたのは、灰色に近い銀色。北欧を旅していたとき、日本人と反対の色素に憧れたからだ。
北欧在住の友人は、艶やかな黒髪が羨ましいといったけど。瞳は好きな色の青。
そして、原型を留めないレベルまではできないが、鼻の高さや睫毛の長さ、輪郭の微調整等ができた。
やや垂れ目の瞳を少しだけ切れ長に修正。髪はいつものショートボブから、折角の髪色なので肩下までのセミロングにしよう。癖毛が無くなってサラサラなのが素晴らしい。
肌は健康的に見えるように髪色と瞳の色に合わせる。
「おお、別人! 体型はそのままでいいかな……」
その気になればモデル体型も可能だが、違和感は少ない方が良いかな。そのままの160cm程だ。3サイズ? 設定が見えないな。女性プレイヤーの夢が……サービスが足りん。
「完成っと」
カスタマイズウインドウを閉じれば、そこには私だけど私じゃない分身が居た。
本体に類似だとやり直しらしい。そして、再び響く声は。
『アバター設定を終わります。技能設定に移ります』
アバターの周辺に辞書のような本が何冊も浮かび上がる。
本に手を伸ばせば、辞書の厚さなのに重さを感じない。手に納めて開いてみれば様々な「技能」が系列別にびっしりと並んでいる。
「これは……聞きしに勝る……」
このゲームの根幹的なシステムの一つ。プレイヤーの個性は「技能」によって決められる。
色々なゲームでもシステムとしてあるスキル制だ。行動することによって「技能」が増えていく。
技能の経験を積めば派生した技能を得ることが出来たり、スキルと呼ばれる技能による技を発動できる。技能がパッシブであり、スキルがアクティブだ。その数はとても多いらしい。本を何ページかめくってみる。
「(剣術)(槍術)(金属加工)……ここら辺はセオリーだけど、(物乞い)(検死)(ジャグリング)……言語の種類もやたら多いわ」
昔やった古いMMOを思い出す。何に使ったっけアレ、と思わずページをめくる手が止まる。
『初期技能は10個選択できます。その後はツインズの生活で覚えることができるでしょう。覚え方は、既に覚えた技能のレベルが上がる事で、ボーナスポイントを得ることができます。それによって新しい技能を追加できます。……10個選択してください。』
技能を使う、訓練することで経験が溜まる。上がるごとに貰えるポイントで、取得条件を満たしたした技能を追加か。数に制限がないようだが、器用貧乏になることも否めない。
けど、最初に取る技能は決まってる。このゲームでやりたいことは既に決まっていた。
日常では出来ない職業、小さい頃……憧れていた。
『(楽器演奏)(歌)を取得します』
詩を歌い楽器を奏で各地を旅する<吟遊詩人>。そう、昔読んだ冒険小説やゲームで登場する職業だ。新しい世界を旅するなら、色々見て知りたいという旅目的。
ファンタジーの中で生活するならと夢想していた。元より音楽は好きだ。言葉や文化が違っても、音楽で通じるものがある。海外を訪れるたびに感じることだ。ゲームの中でも一緒だろうか。わくわくしてしまう。そして残りの技能を選択する。
『(精霊魔法)(杖術)(料理)(細工)(鑑定)(気配察知)(投擲)(採取)を取得します。変更が無ければ決定ボタンを押してください』
以上を選択した。各地を旅することがメインだが戦闘手段は必要だろう。やはり憧れていた<精霊魔法>。その関連装備でもある<杖術>を選択。補助戦闘用に投擲。ちなみに杖は少しばかり馴染みがある。
<気配察知>は、ソロが多いだろうから。他は生産技能の<料理><細工>。これは自分の趣味も兼ねる。趣味程度に手作りアクセサリーを作ったこともあったし。<鑑定>は調べることが大好きだから、外すことはできない。最後は資源を鑑定して使えるものがあれば<採取>だ。
こうしてみると、ある意味ネタプレイともいえる。暮らすことが目的だから、ネタプレイばっちこいだ。
「楽器ってどんな楽器があるんだろう……」
設定完了ボタンを押せば、アバターの姿が変化した。技能にあった初期装備をまとった姿だ。
ローブのようなものを身にまとい、杖と楽器を持っている。詳細は後で調べることができるかな。
『アバター設定、技能設定が終わりました。変更はありませんか? 以上問題なければ、次にお進みください』
『今からシステム内ルールを説明します……』
アバターと技能を設定すれば、説明書にもあったシステムの説明が始まった。
長い……これをすべて聞いてるプレイヤーは少ないに違いない。要約すれば現実につながる犯罪等の禁止行為。ハラスメント項目、そしてプレイヤー間の犯罪システム等等……あとで説明書をもう一度読もう。そして、ウインドウが一つ開く。
『最後の設定になります。アバターの名前を入力ください』
私の分身の名前、それは「ケイ」。名前を短くしただけ。特に問題なく入力できた。
入力が済めばアバターの頭の上にプレイヤーを示すアイコンと名前が表示される。
『すべての設定が終わりました。ケイ様。今から始まりの町「ジオス」の門へ転送します。「ツインズ」での生活をお楽しみください……』
YESの文字を押したと同時、視界が暗転した。