第一話:名もない色
時々なぜか、どうしようもなく切なくなることがある。
それは夕方だったり、徹夜中の深夜二時だったり、友達と遊んでいる時でさえ、初雪が舞い降りる瞬間のように突然に、全く予測不可能に私にとりつく。振りほどけない私は、世界最小の生物になったかのように切なくなり、いつだって私のすぐそばにある真っ黒な不安に落ちてしまいそうになるのだ。
「・・・ってこと、ない?」
「うーん。よく分かんないなあ」
隆二くんは長く伸びたひげをなでながらそう言い、コーヒーを飲んだ。
春の柔らかさをじかに感じるこの大学の中庭ベンチは、異常なくらい心地がいい。隆二くんは聞いていたかさえも分からない。私の「切なさ」の話を。
「そっか」
「ごめん」
「別に、謝らなくていいよ。正直私もよく分かんないし」
私は、「どうして突然切なくなるのか」それが少しでも知れたらと思い、友達や知り合いに片っ端から話してきた。反応は大体この三択。「首をかしげる」「笑う」「病院を勧める」。
「聡美は、感性が鋭いんだよ」
隆二くんは、沸いて出たようにいきなり言った。
「感性?」
私は聞き返した。
「そういう、微妙な感情を自覚できるっていうか。研ぎ澄まされてんの。才能だよ」
「才能かなあ」
「才能だよ。俺にはないから、うらやましい」
「芸術家なのに?」
私は言った。隆二くんは苦笑した。
隆二くんは、いとこの美大生だ。
肩まで伸びたロン毛と、それと一体化した長いひげが目をひく、全体的にホームレスのような雰囲気の二十一歳で、私には理解できないそのファッションセンスがすごくアーティスティックだ。
一度彼の絵を見たことがある。どんな絵の具を混ぜたらこんな色になるんだろうと思うほど、微妙で、美しい色の鳥だった。
だから、隆二くんには期待していた。
あんな色をつくるんだから、私と同じようなことがあるんじゃないかと思っていた。けれどそのカンは外れてしまった。あの色も、適当につくっただけかもしれないなあ。
なんて思ってたら、いつの間にか隆二君は大学へ戻っていった。逃げやがったな、あのヤロウ。