計算力
「――というわけなんだ」
「ありゃ、そうだったの? 村の皆にも言っとかないとね」
「ムムねーちゃんごめんなさい」
「ううん、私こそ先に言ってなくてゴメンねー」
事情を説明すると、ミミは驚き、テンは申し訳なさそうに謝ってくれた。
即許す。そもそも焦りこそしたが怒ってはいなかったのだ。
無事だったので万事よし。
「さて、それじゃあ、やろうかね」
不幸な未遂事件は忘れてダンジョンの改造タイムだ。
ムムは屈んでコアに手をかざした。
すると不思議なことに頭の中に操作リストみたいのものが浮かんでくる。
「使用可能ポイントは10000で自然取得は一日に100……少ないなぁ」
コアには魔力が溜め込まれていて、それを利用して改造していくこととなる。
100ポイントなら低級の魔物を召喚でき、他のあれそれはもっと多くのポイントが必要だった。
「とりあえず、通路と部屋は追加した方がいいよね」
えいや、と、頭で念じるとコアから魔力が抜け出ていくのが見える。
それこそが通路2000と部屋5000で計7000ポイント分の魔力だった。
かなりのポイントを注ぎ込んだ、その効果はいかほどか。
不吉な音と共に望んだ場所の壁が削れだした。透明人間が猛烈に穴を掘っているようで不気味だ。
「すごい、すごーい!」
一人、テンだけが嬉しそうにきゃっきゃっはしゃいでいたが。
ミミがふと疑問を呟く。
「土はどこに消えてんだろ」
「うーんと知識によるね、壁もダンジョンの一部だから吸収してるらしいよ」
「便利なものね。畑とかも楽に作れそう」
「どうだろ」
リストを探してみると3000ポイントで一部屋分の床を耕せるようだった。これを高いと見るか安いと見るか。
「あっ、おわったー!」
「おっ」
音が止んだそこには新たな通路が口を開けていた。暗闇に包まれて先が窺えないが部屋も完成していることだろう。
「ムムねーちゃん、どーしてあっちはくらいの?」
マツはこの部屋と違って向こうが暗いのが不思議らしい。
「こっちはコアが光ってるからだと思うよ。あっ、500で明かりを追加できる」
「ひゃっ」
ムムは二度えいやと念じた。
すると部屋の中央のコアが消え、一瞬部屋が暗くなり、すぐさまほのかな明かりが灯る。空間自体が光源となっているようであった。
急な変化でびっくりしたのか、マツが抱きついてきた。これはこれで役得なのだが、テンに抱きつかれているミミの方がさらに役得である。
ムムの羨ましそうな視線に苦笑いするミミは親指で暗かった通路を指した。
「何したの?」
真っ暗だった通路の奥から光が差しているのだ。
「この部屋に明かりを設置してからコアを向こうに移したのー」
「へー、そんなことも出来んのね」
「しかも移動はポイント使わないんだよ。お得!」
「おとく!」
「おとく!」
敵性反応が近くにあると使えないとあるが、それでも奥にタダで運べるのはありがたい。
コアを破壊されたら終わりなので、もし移動できなければ奥までダンジョンを伸ばしても意味がないのだ。
それとマネしてくれる二人が可愛い。ムムはやる気をみなぎらせた。
「よーし、じゃあ気合いを入れてもっといこー!」
ダンジョンコアの元へ行き、通路分の2000ポイントを新たに消費。不思議削岩タイムだ。ズガガっと削っていくとテンが喜ぶ。
それを見てムムも喜ぶ。やる気アップだ。無限機関の完成である。
その勢いのまま、通路の先に部屋を作成しようとしたところで異変が起きた。
「あれ?」
魔力消費を失敗。エラーが返ってきた。これでは部屋が作れない。
ムムは焦りながらリストを弄くってみると、殆どの内容が真っ赤に染まり、白字で残っているのは低級魔物の召喚といった低ポイントのものだけだった。
「なんで!? なんで?!」
「お、ち、つ、き、なさいよっ!」
「ぬふぇっ!?」
背後からのチョップ五連打。
とりわけ最後の一発は強烈だった。
「落ち着いた?」
「おかげで……」
涙目なムムである。
それでもパニック状態からは脱せた。
「よし、それじゃあ問題点を探しな」
「はぁい……」
落ち着きすぎてテンション駄々下がりな状態で確認すると部屋が作れない理由はあっさりと判明した。
「あっ、残りポイントが500になってる! 私、5000までしか使ってないはずなんだけど!?」
「……使った内訳聞かしてくんない?」
大体を察してしまったミミは既にジト目である。
それに気付かないムムは履歴があったのでそれを読み上げた。
「通路で2000、部屋で5000、光500、通路2000だね! それで部屋が作れなくなった!」
「……当たり前じゃないの! 10000ポイントしかないんでしょ! 9500使ったら500しか残らないでしょ!」
「えっ、5000が最大だから5000じゃないの!?」
「ちがうよー、たすんだよー」
「あんたねぇ……」
謎理論である。ムムは四則演算を超越していた。端的に言えばアホである。
足し算すらまともにできない我が子に、ミミは呆れるしかなかった。
それとさりげなくマツは五桁の足し算を理解していた。ムムの完全敗北であった。
「よくわからないけど、これ以上は作れない感じ?」
「そうなるわね」
「ヤバいじゃん! 隠れるには狭すぎない!?」
今のダンジョンの規模は小さな洞窟程度である。踏破には五分とかからない。ムムはこの中でウゴヨク達をやり過ごそうとしていたのだが、この狭さではすぐ見つかってしまう。
「うーん、困ったわね。人力で掘る?」
「壁、結構固いよ? あっ、いいこと思い付いた」
ムムはコアに手をかざした。
「ラモビフト出てこい!」
「もふもふだぁ」
「かわいい!」
すとん、と、宙から落ちてきたのは茶白のぶち模様である魔物であった。
名前はラモビフト。垂れたウサ耳、通称ラモ耳がチャームポイントだ。
地球で言えばウサギとよく似た魔物であった。
その性格は負けん気が強く、群れはつくらない。単独で頭突きをかましてくる暴れん坊だ。
その等級は10。駆け出しの冒険者でも簡単に狩れる。
が、小さな子供には十分脅威となる魔物だ。見た目の可愛さに騙されて近づいて、怪我してしまう子供は後を絶えない。
「やわっこーい」
「さらさらだねぇ」
この抱き抱えて頬擦りするテンや、撫でまくるマツのような子供が。
「危ないから降ろしなさい」
「えぇー」
内心ひやひやしているミミに軽く叱られ、マツは残念そうに離れたが、テンがぶぅタレた。
「おとなしーよ?」
「見た目はね。でも危険生物なのよ。ほらっ、ムムもなんか言えっての」
「はえっ!?」
天使ともふもふの夢の共演に惚けていたムムはびくっとした。
それで睨まれてしまったので慌てて姿勢を正した。
「そ、その子は私の眷属なので心配ないよっ」
吃りながら事実を伝えたが疑いの視線だ。しかし、実際にラモビフトはテンに抱えられたまま大人しくしている。野生であれば後ろ足で蹴っ飛ばして脱出しているだろう。
「ほんと便利ね……」
ムムがそれを説明するとようやく納得してくれた。
「で、なけなしのポイント使って何するの?」
「人の手だと大変でも魔物なら、と、思ってね。ラモビフトちゃん、やってみて!」
「フンフンフンッ」
「あっ」
ラモビフトは優しく腕の中から抜け出した。名残惜しそうにするテンを置き去りにして通路へ走っていき、行き止まりの壁へと頭突きをかました。
そしてひっくり返って気絶した。
「ムム……」
「ムムねーちゃん……」
「ひどい……」
冷たい視線を一身に浴びたムムはダンジョンコアの影に隠れようとしたが大きさ的に無理であった。もろ見えである。
特にテンからの視線が辛い。眉間にしわを寄せて涙を堪え、それでも堪えきれなかった分がぽろりと一筋伝う。
「わわわ、ごめんねー。いけると思ったの。でもラモビフトちゃんは無事だから」
「ほんと?」
「うん、寝てるだけ。見て、胸動いてるでしょ?」
テンはこくんと頷いた。
「もう、無理させないから、ね」
「いじめない?」
「いじめないよ。私、優しいダンジョンマスターになるからっ!」
「やくそくだよっ!」
「うん、約束するよ!」
交わされたこの約束が、ムムに大きな決断を迫ろうとするとはこの時の彼女は思いもしていなかった。




