創造と危機
時間を遡ること、ムムの告白からの話し合いをしたあの日の翌日。
物置として使っていた掘っ立て小屋の中でムムはダンジョンコアを掲げていた。
今彼女はカナィド村の総意で乗っかったミミのアイデアを遂行しようとしているのだ。
これからするそれは年頃のムムには少し恥ずかしく、顔を赤らめた。
しかし深呼吸して意を決し、ムムは言葉を紡ぎだした。
「我はダンジョンマスターである」
これは儀式だ。
「求めたるは我が半身とその手先」
ダンジョンコアに記憶されしダンジョン作成のための儀式。
これなくしてダンジョンはダンジョン足り得ない。
「我は永久の迷宮をここに定めんとする」
だが、いちいち言葉が恥ずかしかった。思春期の羞恥心はノックアウト寸前だ。誰かに聞かれていたら人生の終わり。特にライバルのマツだけには聞かれたくなかった。
「受け入れたまえ、大地よ。支えたまえ、魔力よ」
それでも必要なのだ。村のため自分のため、ダンジョンなくして未来は掴めない。
「我が理となりて、小さき世界の主とならん!」
ダンジョンコアから手を離し、気合を入れて最後の祝詞を叫ぶ。
「発動せよ! ダンジョン創造!」
自然落下するはずのそれは重力に抗うかのごとくゆっくりと落ちていき、そして地面に吸い込まれた。
その瞬間、小屋にあの虚ろな光が満ちた。
「これは――ッ!」
同時にムムは体に力がみなぎっていくのを感じていた。
コアに初めて触ったあの時のような痛みはない。あれは体をこれに耐えうるよう作り変え、知識を埋め込む為のもの。
今回はそれとは違い、ムムの体に干渉はなかった。ただ、ダンジョンそのものを形成していっているのだ。
魔力の奔流が荒れ狂う。
今のムムには手に取るようにそれを感じられた。ダンジョンマスターとしての力だ。
正直なところ、ムムはダンジョンが魔物だと今の今まで信じていなかった。そんな荒唐無稽な魔物がいるはずがない。コアの知識が間違っているのだと。
だが、この圧倒的な魔力に内包される生命を見せつけられてしまった。
これで生きていなければ何であろうか。ダンジョンが魔物であるとの証明なのだと。
こうしてムムが圧倒されていると光が収まっていく。
ついにダンジョンが完成したようだ。
「なんか疲れたな……」
「へばるには早いんじゃない?」
「お母さん!?」
虚脱感から座り込むと、いつの間にかミミが背後に立っていた。
「まさか全部見てたの?」
「まぁね。珍しいけど薄気味悪かったね」
「そう? って、そうじゃない! 見ないでって言ったじゃん!」
「そうだっけ?」
恥ずかしさのあまり顔から湯気が出そうだった。身内に見られるとは一生の不覚。穴があったら入りたかったのだが、ちょうど目の前にうってつけの穴があった。
完成したばかりのダンジョンの入口だ。
「ぐえっ」
これ幸いと、ムムが急いで逃げ込もうとしたところで首根っこを掴まれた。
「逃げなくったっていいじゃん」
「くっ、早く私をダンジョンに埋めるんだっ!」
じたばた抵抗を試みるも無駄な努力った。母親はダテではない。逃げる娘ごとき、さ迷う赤ん坊と比べれば雑魚なのだ。
「うう……」
「ムムおねーちゃん、ないてる?」
「泣いてはないけ――」
そこでムムはハッとした。今の舌足らず気味な声は誰なの、と。
まさかと思った。信じたくなかった。
それでも悲劇は待ってはくれない。
声の方向を探ってみると自分の他にミミしかいないと思っていた小屋の中に小さな気配が二つあった。
「?」
状況を理解してなさそうなテンと、
「あのね、みるつもりはなかったんだよ?」
気を使ってくれるマツ。
二人はミミの後ろに隠れていたらしい。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
ムムは爆死した。
「もう、お嫁に行けない……」
「泣かないで……」
しくしく泣くムムの頭をテンは優しくなでなでしていた。やはり彼は天使であるのだが今だけはそっとして欲しかった。
そんなムムの背中がタァンと叩かれる。ミミだ。
「ほら、いつまでもメソメソしない。時間はあまりないんだよ? これからダンジョンを拡張してかなきゃならないんだろ?」
「お母さん……」
たしかに彼女の言う通りなのである。ダンジョンとは成長していく魔物。今は生まれたばかりの幼体なのである。
今のままであれば簡単に蹴散らされてしまうだろう。
猶予はあまりない。お嫁に行ける行けないは棚上げして無理矢理忘れることにした。
ムムは慰めてくれたテンにお礼を言ってから涙を拭う。
ここからが本番だ。
「よーし、じゃあダンジョン計画再開するよ!」
「おー」
「はーい」
テンとマツが小さな両手で万歳する。
微笑ましい光景で元気をチャージだ。
それから四人はダンジョンの奥へと進んだ。
通路はいかにもな洞窟で、たどり着いた小部屋も同じく洞窟であった。
中央に赤いコアが低い位置で浮いているだけで他にはなにもない。
「みじかいねー」
ちょっとした探検気分だったのだらうテンはすぐに終わってしまい物足りなさそうにしていた。
ムムはクスリと笑う。
「拡張すればもっと大きくなるよ」
「ほんと?」
「ほんと、ほんと」
「わぁい」
目を輝かせたテンはテンションがあがったのか、両手を振り回して小部屋を走りはしゃいだ。
これに慌てたのがムムだった。
「ちょっ、ストォォォォォプッ! タンマタンマ!」
ダンジョンの核となったダンジョンコアはとても脆いのだ。成長すれば多少固くはなるが、今のコアはテンのぐるぐるパンチでも当たれば即粉砕だ。
まさかの危機に顔を青くしたムムは何とか止めようとするが、ちょこまかと動くテンを捕まえられない。
彼を止めるならミミが適任なのだが、娘の命が脅かされているとは思ってないようで笑っているだけだった。
このままでは本当にヤバい。どうしよう。
「テンくん、めっ、だよ?」
そんな時、お転婆天使を止めてくれたのはマツだった。母親の真似だろう、腰に手を当てるそれらしいポーズで叱りつける。
それだけで効果は覿面、テンはずざざと足を止めた。そこでようやくムムは後ろから抱きついて確保に至ったのだった。




