罠
仕事をこなすウゴヨクの元に一通の手紙が届いた。護衛役の女からのカナィド村の調査報告書だ。
「ようやくきたか」
ウゴヨクは破り捨てると口元を吊り上げた。時間こそかかったものの期待していた以上の成果がそこにあったのだ。
【ダンジョンコアを所持している村ビトを特定。今より確保に向かう】
「やはりトバズ盗賊団は騙りだったか」
忌々しげに言うものの彼の機嫌はいい。ダンジョンコアが手に入るなら多少の苦労ならしてもいいのだ。
もちろん、苦労するのは部下なのだが。
とは言え、今回多少の苦労する部下は一人だけだとウゴヨクは考えている。あの村に彼女を止められる人材はいない。元冒険者の男と筋肉男の二人がかりであろうとも、生死を問わなければ確実に彼女が勝つ。
ウゴヨクは高笑いした。
「手に入りさえすれば今回は何もかも許そう。なにせダンジョンコアだからな。まぁ、カナィド村は潰してやるが」
村ビトが持っていたということ村ぐるみでの犯行だったのだ。予定通り潰すつもりだった。
全く許してないがツッコム者は彼の周囲にはいない。いたならば既に土の中だろう。
「さて、魔車を用意しろ! ダンジョンコアは俺自身が持って帰らねばならん!」
名誉ある行為だ。腹心の部下であろうとも譲るつもりはなかった。
ついでに滅ぶ村を嘲笑うか、などと考えつつ、ウゴヨクは魔車の用意が整うまでの僅かな時間を仕事に費やしたのだった。
季節は冬の最中。外を歩けば吐く息が白く色づく寒さだ。
だが、豪華な魔車の中は護衛役の一人の魔法でもって快適な気温に保たれている。魔法とはつくづく便利なものだ。
ウゴヨクがそう思っていると外で凍えている御者が声をかけてきた。
「もうすぐ到着でございます」
「そうか。おい、準備しろ」
降り立つと、迎えに出てきたのはツトとその護衛や世話役として置いておいた有象無象の部下たちだけであった。
カナィド村の面々は誰もいないが、それはやましいことがあるからだろうとウゴヨクは気にも止めない。
「お久し――」
「あいつはどうした?」
「それは――」
ただ、護衛役の女の姿がないことはさすがに気になる。どうでもいい挨拶に被せてそれを聞くとツトはわずかながら動揺を見せた。
「なにか理由があるんだな? 言え。さもなくば裏切りと見なす」
妻であろうと容赦はしない。
そもそも彼女を迎え入れたのは、対外的なものと、その計算能力、そして金への嗅覚だ。家の格差のあったが、その分扱い易いだろうと踏み切った。扱いにくくなれば切り捨てるだけのこと。
ツトもそれを重々承知している。
だから、言いにくくはあったが、すぐに口を割った。
「コアを持った村ビトを追って出払っております」
「まだ捕まってないのか? あれから何日経ったと思っている」
「村の外の迷路のような洞窟に逃げ込んだとのことです。それでも彼女であればもう幾日かあれば捕まえて戻ってくるのではないでしょうか」
聞き捨てならない報告にウゴヨクは片眉をつり上げた。
「迷路だと? 聞いてないぞ」
「はい、前回の報告書には書けなかったんだと思います。迷路が発見されたのは手紙の後ですので。それから次の手紙を送ったようですが入れ違いになったみたいですね」
「……そうか」
ウゴヨクは口には出さなかったがツトを強く疑っていた。
益もなく護衛役の女を擁護したこともそうだし、なにか隠しているフシがある。
突然降って沸いた迷路だって怪しい。ダンジョンコアからダンジョンが発生した可能性もチラリと浮かんだが、生まれたてのダンジョンなど怖くはない。ダンジョンとは年月をかけて成長する魔物なのだ。
「あの、本日はもう遅いので泊まれる家を用意して――」
「いや、いい。俺は村長の家に泊まる。追い出してこい」
「はっ、はいっ」
なにが起きてるにせよ、彼女が用意した家に泊まる気にはならなかった。
そこで村長の家を要求したのだ。
大きさは最低限あるはずな上、普段住んでいる家なので罠も仕掛けられない。仕掛ける時間も与えるつもりはなかった。
あとは護衛役の女を待てばいい。
ダンジョンコアを持って帰ればそれでよし。もし戻らなければ即座に村ビト全員を断罪するのみ。
今回は他の戦闘員を増やしたので、オーバーキルになる戦力を連れている。念には念を入れて、かくし球だって用意した。
「さぁ、どうなるかな」
カナィド村の悪あがき見せてもらおうか。
見下すような笑みを隠さないウゴヨクはカナィド村が地図から消えるその瞬間を楽しみにするのだった。
だが、その日はなにごとも起きず時間は過ぎていく。
村長の家を護衛や部下に調べさせたが異常はなし。ダンジョンコアの魔力痕があったぐらいだ。おそらく前回はここに隠してたのだろうというのが護衛役の魔法使いの言だ。
食事は質素《村での御馳走》なのは不満だったが毒は入っておらず肩透かし。
「なにか仕掛けてくると思ったんだがな。後は夜襲か?」
ウゴヨクは持ってきたふかふかの布団に寝そべりながら一人ごちた。
すでに日付が変わろうという深夜。夜襲するにはもってこいの時間だが、護衛役は家の中、その他の部下には外で見張りをさせている。抜かりはない。
「持久戦の線もあるが、そうなら面倒だな」
遅れをとることはないが仕事が滞るので不利益は出る。
「明日中に帰ってこなければ村ごと焼くか」
ウゴヨクの頭の中では既にカナィド村は有罪なので躊躇いはない。
容赦なくヒトごと焼き払うつもりだった。
明日の予定も決まったところで目を瞑る。静かな暗闇がウゴヨクを夢へと誘わんとしたその時だった。
「なんだ!?」
大きな揺れ。それは普通の地震とは比較にならないほどの揺れであった。大地が割れてしまったかのような、いや事実、大地は割れてしまったらしい。
嫌な浮遊感と共に村長の家ごとウゴヨクは落下していく。
「おい、なにをしている! 助けろ!」
「今、向かいます!」
このままでは大怪我しかねない。
ウゴヨクが叫ぶと、護衛役の一人が扉を破壊し、いまも落ちていく家の中を器用に走ってきた。
「確保した! 障壁を張ってくれ!」」
「おうさ!」
抱き締め捕まる二人の周囲を透明な膜が球状に覆う。それは衝撃を吸収力に特化した物理障壁で、落下のダメージを抑えるためのもの。魔法使いの護衛役が張ったのだ。
それでもかなりの衝撃が襲いかかってくる。
底に叩きつけられただろう家は無惨に壊れ散り、割れた木材やら何やらも中にいたウゴヨク達に浴びせられた。
障壁と身を呈した男、そのどちらが欠けてもウゴヨクは無事ではすまなかっただろう。下手すれば死んでいた。
「くそっ、やってくれたな!」
ぐったりとする男の腕の中から抜け出したウゴヨクは上を見た。
絶壁とも呼べる高い壁と、家の形にくり貫かれた夜空。
落ちてきたそれなりの広さの洞窟のような空洞はともかく、地面がきれいに家の形で崩れるとは到底思えない。
「罠か! どんな魔法を使いやがった!」
ウゴヨク側にも優秀な魔法使いがいる。彼や外の見張りに悟られずにそんな魔法を行使できる魔法使いがこんな辺鄙な村に――と、考えたところでピンときた。
「ダンジョンコアか!」
ダンジョンコアは良質な魔道具の動力源となる。今回は単純な機構かつ高威力の道具を作成し、家の真下に元々あった空洞から発射したのだろう。
そのぐらいなら商人としての妻として魔道具も見てきたツトなら可能なはず。さらに村長の家に来ると読んだのもツトに違いない。
他の無能な村ビト達では不可能だとウゴヨクは考えた。
「せっかく妻に迎えてやったのに裏切るとはな! ダンジョンコアの価値に目でも眩んだかツト!」
わめいても返事はない。
ウゴヨクは悔しそうに瓦礫を蹴りつけた。だが、その質量は容易くウゴヨクの足に痛みを跳ね返した。
さらに激昂するかと思われたウゴヨクだったが、あまりの痛みにより冷静さをいくぶん取り戻す。
後ろを振り返り、倒れた男に寄り添う治療師に声をかけた。
「……おい、治療は済んだか」
「応急処置程度なら」
「ここは敵の用意した罠の中だ。時間をかけるわけにはいかない。ついてこれないヤツは捨てておけ」
「俺はまだ行けますぜ」
ウゴヨクを庇った男は魔法によってある程度回復していた。
戦闘こそ無理だろうが最悪は盾にすればいい。
今の戦力は心もとないので最大限に活用必要があるとウゴヨクは分析していた。
無傷なのは自分一人だけ。魔法使いと治療師が軽症、庇った一人が重症だ。
四方を取り囲む壁の高さからして援軍は期待できない。登るのも危険だろう。
「そして、これ見よがしな道一つか」
それなりの広さがある空洞の一ヶ所に、それなりの広さがある黒い口が開いていた。
まず間違いなく罠がある。そしてウゴヨク達には、罠を解除する斥候役でもある、あの女はいない。
明らかに状況は不利だった。
「だが嘗めるなよ。所詮は素人の猿知恵の付け焼き刃。お前らの敵ではないよなぁ?」
軽症の二人は同意の雄叫びをあげた。
「さぁ、仕事をしようじゃないか」
ウゴヨクを中心に据えた陣形を組んだ一行はカナィド村の地下に潜む驚異に挑むのだった。




