レア
トロッコは右へ左へ片輪を浮かせたりしながら爆走していた。
もちろんこれは演出であり、不具合ではない。気絶したままのオクビの頭がゴンゴンぶつかっているのも仕様である。
トロッコの内側はコアの力によって移動中は降りることが出来ないよう設定されている。厳密には拳一個分ぐらいは出れるのだが。何はともあれ、車体がどんなに激しく揺れても振り落とされたりはしないわけだ。
「うおおお!?」
「ギボヂワルイィィィィ」
それでもスリリングである。
ラギリは声をあげ、ムムは風圧で変顔になっていた。
この世界にカメラがあれば、素敵な一枚を撮れただろう。
三半規管を猛烈にかき混ぜつつ、ドキッ、ビクッ、ひやひやストレートもいよいよ佳境。
酔ったムムがわき出てくる酸っぱいそれを意地だけで飲み込む中、線路が途切れた。
先が崖になっていたのだ。
残念なことに、このトロッコには空中を走れるような機能は付いていない。
ならば必然と自由落下を始めるわけで。
「うひゃあ!?」
一行を浮遊感が包んだ。
ヤバい、と思ったムムは咄嗟に口に手を突っ込む。
その判断は正解で、女の子としての尊厳は守れた。きっと守れている。
少なくとも吐くことはなかった。
そんなムムを乗せたままトロッコは加速し、落ちていく。
「ううん……あれ?」
と、気絶していたオクビが目を覚ました。
「ひぃぃ!?」
そして、浮遊感にビビって白目を剥いた。見てしまった景色も原因の一つだろう。
トロッコの縁から少し顔を覗かせれば、黄色いドロドロに覆われた壁が見える。そこには様々な顔が浮かび上がっていたのだ。
そのどれもが苦悶の表情で、顔の周りには掻き毟ったような跡が残っている。
まるで、ドキッ、ビクッ、ひやひやストレートを作った者達の顔を、美容にいいミツタケの蜜のプールに、押し付けたようであった。ツト発案だった。
蜜は一定以上の熱を与えると固まる性質らしい。先の石像もこれを型にして、ドロドロの固まると岩に成やつを流し込んで、作ったとかなんとか。
それを知っていたムムは目を凝らした。
「ふぁれ、ふぁたしふぁ! ふぁあ!!?」
「うおおおお!?」
あれ、私だ!
自分の顔を発見したその時、トロッコが消失した。
これにはラギリも堪らず、さらなる大声を出してしまう。
この速度で地面に叩きつけられたら無事ではすまない。
トロッコがあるなら何かしらの安全装置があるだろうと期待できるが、生身ではそうはいかない。
しかも驚くべきことに地面は剥き出しのままだった。ミツタケの蜜でクッションを作ってなんていなかった。
「マズイ!」
ラギリは咄嗟に魔法を練ろうとするものの、体内の魔力が乱されて上手くいかない。
そもそも得意とするのは治療魔法なので、この状況を打開できるような魔法は不得意だ。平常心を失ったままで成功するはずもなかった。
そして、三人はお姫様抱っこされた。
「へ?」
両腕が発達した毛むくじゃらの魔物に。見てくれはムムの父、ウウと似ている。一回り小さいが、衝撃で頭がコロリと落ちるところなどそっくりだ。
「あれ……? ひぃっ!」
また一瞬目を覚ましたオクビが速攻で気絶し直した。寝起きに首ポロリはショッキングすぎたのだ。
「えっと彼らは?」
「チビハーンだよ。なんかリスト増えてたんだよね」
興味本意で召喚したら彼らが出てきたわけだ。ウウの隠し子ではない。
コアの知識によれば、このダンジョンオリジナルの魔物らしい。
彼らは真面目で力持ち。なのでダンジョン掘りでよく頑張ってもらっている。
ここでは最後のビビらせ役としてスタンバイしてもらっていた。
強烈な風が吹き上げる罠で減速したお客をキャッチしてフィニッシュを決めるのである。
オクビをキャッチした子は得意気で、ラギリの子は及第点かな的な顔で、ムムの子はシュンとしていた。
「しまった! お父さんと違って可愛いから頭抱えて撫でちゃった!」
真面目なので、怖がらせなくて落ち込んでしまったのだ。
ムムはどうにか慰めようとするが、逆効果だろう。棒読みでもいいから怖いと言えばいいのに、そこまで機転が回るムムではなかった。
と、そこへ乱入者。
「みんな、今、たすけるよ! ていっ」
「ぐわー」
「ていっ」
「ぐわー」
「えーい!」
「わぐぅー」
現れた小さな影が、次々とチビハーン達を攻撃していった。
その太刀筋は拙くヒョロヒョロ。なのに、チビハーン達は生首から下手くそな悲鳴をあげ、優しくムム達を降ろして逃げていく。
「あっ」
困り顔なチビハーンの頭を抱えたままのムムは驚いた。
その小さな救い主が天使だったからだ。
訂正、テンだったからだ。
なにやら冒険者風な格好をしていて、自信で満ちた顔をしている。
ムムはハッとした。
「これってまさか噂のレア演出!」
そう、これは週に数回しか行われない英雄テンによる救出劇である。
遭遇したらラッキーなのだ。
「うひゃー! すごいすごいっ、格好いいー!!!」
なぜか一番テンションがあがっている案内人に、テンもミニハーンの生首もオクビも、どうしようか、と途方にくれるのだった。
「まぁまぁだったな」
ドキッ、ビクッ、ひやひやストレートの大半を気絶していた男の感想である。
ムムはジトーとした視線を送った。
「寝心地が?」
「ち、違うわっ! ちゃんと起きてたんだからなっ。ほらっ、白い爺さんとか見たし!」
「え?」
「石像のことか?」
あれならギリギリ白と言えなくもない。
だが、オクビは否定した。
「生きてる人間だっつーの!」
「どこか頭打った? マツに診てもらう」
「いや、僕が診よう」
「あ、そうだね」
ここにも頼れる治療師がいるのだ。
即診察である。
「いや! 正常だかんな! 錯乱してねーぞ!」
「酔っ払いはそうやって、酔ってないて否定するんだよね」
「酔っ払いと一緒にすんな! 本当に居たんだよ!」
「またまたー。私、ダンジョンマスターだよ? 見逃すはずないじゃん。このダンジョンに白いおじいさんなんていないよ。不吉の前触れじゃないんだから、全く」
ムムが大きくため息をつくと、一人の村人が血相を変えて走ってきた。
「ムムちゃん、ここにいたのか! 大変だ! 来てくれ!」
オクビが見たのは、本当に不吉の前触れだったのかもしれない。




