一年
ムムがダンジョンコアを見知らぬお爺さんに押し付けられてから一年の月日が流れた。
ムムは一つ年を取り十六。もちろん恋仲に発展した殿方はいない。
本人は「後、九年の辛抱だから」と、宣っているが儚い夢である。
さてダンジョンリゾートの方はと言うと、ムムの恋愛とは打って変わって順調だった。ギルドが選んだ品行方正で口の固い冒険者と言った限定的な客を相手にしているおかげもあるだろう。
それ以上に村の皆が頑張っているから――
「ムムーーーーーッ! あんたまたサボって!」
「うひゃぁ、バレたっっっ」
いや、一年前と本質はなんら変わっていない。緩やかな気風のカナィド村は今日も平常運転であった。
「着いたぜぇ……ここで間違いないよ、なぁ?」
「あぁ、ここだね」
そんな平和な村に二人の男がやってきた。
彼らは村人ではない。冒険者や商人でもない。そしてギルドからの紹介状すら持っていない二人だった。
彼らは勝手知ったる庭とばかりにダンジョンの方へと真っ直ぐ向かっていく。途中、畑仕事に勤しむ村人達とすれ違うが、さりげない会釈で切り抜けていた。
犯罪事態が少ない村だ、まさか招かざる客が堂々歩いているとは夢にも思わないだろうし、村人達が気付かないのは無理もない。
「うわぁっ!?」
と、急に小柄な男が悲鳴をあげた。
彼の足元を凶悪な顔をした生き物が通りすぎたのだ。
「って、リトワニかよ……」
小さな爬虫類型の家畜、リトワニはその攻撃的な外見に反して気性は大人しい。攻撃されなければ何もせず、慣れた相手であれば卵を取られようとも、のほほんと見送るだろう。
そんな相手にビビってしまったのが腹立たしかったのか拗ねたように舌打ちした。
隣を歩く男はそんな仲間に苦笑いだ。
「あれ? 師しょー?」
と、そこへ横から声をかけられた。
リトワニの後ろを歩いている少女。どうやら彼女がリトワニを散歩させていたらしい。
ロリコンではない男は顔を綻ばせた。
「おや、マツか。久しぶりだね元気にしてたか?」
「うんっ」
そう彼女は六歳になったマツだった。今やカナィド村の生き物の世話を一手に引き受けており、運営の責任者ミミや財政担当のツトと並ぶ重要人物となっていた。
そんなマツが師匠と仰ぐ人物は一人しかいない。彼女に治療魔法のいろはを教えたラギリである。
久しぶりの再会だったが、マツは喜ぶより先に腑に落ちないといった表情であった。それはそのはずで、
「どうしてここにいるの?」
ラギリは過去に犯した罪を償うためにンピックの町の牢屋へ入っていたはずなのだ。一年かそこらで帰ってこれるとは思えない。
そんな疑問をぶつけられたラギリは気まずそうに笑った。
「そうだね、僕とオクビの刑期は本来なら終わっていない。けど、一年間模範囚として過ごしていたからとある条件で出ることが許されたんだ」
「じょーけん?」
「あぁ、指名依頼さ」
指名依頼とは文字通り、名指しで仕事の依頼をすることであり、今回はギルドがラギリ達に牢屋から出す代わりに依頼を受けることなった。
もし、逃げれば追手が差し向けられるだろうが二人にそんな気はサラサラ無い。とても簡単な依頼なのだ。
この村へやってきたのもそれが理由である。
ラギリはそれを達成するため、マツに訊ねた。
「ムムちゃんがどこにいるか知らないか?」
「ムム姉ちゃんならあそこだよー」
マツが指差した先に猛然とダッシュするムムと、鬼のように追いかけるミミの姿があった。
「……変わらないな」
「ムム姉ちゃんだからね」
マツと別れたラギリ達が後を追うと、ムムはあっさり捕まってミミのシートと化していた。
「重い……」
「あぁん?」
「いや、軽いよ! お父さんより軽痛いよぉっ!」
凄まれビビったムムは即訂正を入れたものの、果たしてそれは訂正なのだろうか。
ミミがお尻に込めた力加減が答えだった。
このままでは背骨をへし折られる。
危機感からムムは体を反らして抵抗を試みるが逆効果。メリメリ不吉な音が聞こえた気がした。
「そこは腕立てで持ち上げて方がいいんじゃないかな?」
「その手が! って、ラギリだ!」
「あら、ほんと」
「やぁ、久しぶりだね」
ムムはこの窮地を救ってくれる救世主を仰ぎ見たが、それは幻だった。具体的に言えばミミは退いてくれずに世間話をし出したのである。
「まったく、酷い目にあったよ」
ようやく解放されたムムは口を尖らせて顔やら服やらの土を払った。
そもそもサボらなければそんな目にあわないのだが。
しかし、ムムはこれからもサボり続けるだろう。そこにサボりがある限り。
「んで、ラギリ達はここに住みたいんだっけ?」
「あぁ、ダンジョンの護衛と手紙の配達を行うこの村専属の冒険者として雇って欲しいんだ」
「いい――むがっ!?」
いいよー、と、考えなく頷こうとしムムの口にミミの手が突っ込まれた。
その表情は厳しい。
「それってつまり、あなたはギルド小飼としてやって来たのよね」
ギルドが再びダンジョン運営に介入を試みているのではないのか。
ミミはそこを危惧していた。
だが、ラギリは首を横に振る。
「いや、僕らの仕事はあくまで護衛と手紙の配達だ。そこにスパイ紛いな仕事は含まれてないよ」
「なら、どうして突然?」
最初の話し合い以降、そういう動きは無かった。それが今出てくると言うことは、なにか裏があるはずだと。
ミミの読みにラギリは流石だなと思いつつ、元々隠すつもりも必要もないとある事情を語りだした。
「どうやら近頃、きな臭い動きがあるらしくてね、ギルドマスターや王様が危険視しているようなんだ」
カナィド村のダンジョンは極一部にしか知られていないが、言い方を変えれば一部には知られている訳だ。
特に、トバズ盗賊団のためやってきた中には信用の置けない人物が混じっていた。いくらギルドが釘を刺しても時間が経てば漏れてしまうのは必定。
ギルドはその情報が好ましくない相手にまで届いてしまった可能性が高いという情報を独自に得た。そこで二人を派遣したのだ。
「カナィド村に住んでいる人は大半がダンジョンから出られないか、戦闘力皆無だからね。もしもの時、助力を求めるため安全に町まで行ける人員は必要になるとギルドマスターは考えた」
「あー、シケボモぐらいしかいないもんね」
話についていけてなかったムムは、ここぞとばかりに解った部分に食いついた。
「そう、シケボモさんぐらいってあれ? ミミさん外に出てる?」
天使と悪魔によって魔物にされ、ムムの眷属となったため、ダンジョンに縛られていたはずだった。
「あぁ、それね。ラギリは久しぶりだから知らないよね。村全体までダンジョンになってるんだよ。そうだ! 色々と変わってるから案内してあげる!」
「そうだね、専属冒険者の件は村の皆で話し合わないといけないから行っておいで」
ミミも賛成のようだ。
村の皆の話し合いにムムが参加しないような言い回しだが気のせいだろう。きっと気のせいだろう。
そして、オクビと呼ばれる男は正体がトバズ盗賊団の厠に落ちて行方不明なった男で、当時加入したばかりだったため初悪事がカナィド村の件のみ、それも殆ど関わってなかった為に罪が浅いと判断され、今回ラギリと一緒に派遣された、と紹介されることはなかった。




