決断
――やっぱ、村は捨てられないよ。
ムムはカナィド村に残ることを選択した。大好きな人達と離れ離れになって一人で生きるなんて耐えられそうになかったのだ。
シケボモはツテとやらを頼るため、村長に報告してから、村から出て行った。話を聞く限り、タイムリミットは三ヶ月。
その短い時間を幸せに過ごすため、ムムは無理を言って村人を広場に集めたのだった。
これは彼女なりのケジメなのだ。
「皆、集まってくれてありがとう。今日はみんなに報告したいことがあるの」
「認めんぞ!」
まだ何も言ってないのに異論を挟んできたのはムムの父親ウウだ。
「結婚なぞムムにはまだ早い!」
皆を集めたことで勘違いしたらしい。たしかにこの村において結婚の報告も同じようにするのだが、それならムムの傍らに旦那となる男が立っているのが筋な訳で。
それに気付かないウウは農作業で鍛えられたムキムキの腕に力瘤をつくり、周囲の男を威嚇し出した。
とても迷惑なのでムムが視線で合図を送ると、母親メメが瞬時に制圧してくれた。細身の体でどうやったのか謎であるが、静かになったところで話を再開――
「ムムねーちゃん、けっこんするの? けっこんてなに?」
「あのね、けっこんはね、ふーふになるんだよ」
今度の横槍は天使たちだった。
結婚をよくわかってないテンと、ドヤ顔で説明するマツ。二人とも可愛いので邪魔したのも余裕で許せる。
もっと邪魔してくれたっていい。
とは言え、結婚すると勘違いされては困るので「結婚しないよ」と優しく訂正しておいた。
「では、改めて報告するね」
ムムは緊張を和らげるため深呼吸した。
本当は言わずにいた方が幸せに過ごせるかもしれない。
この告白で皆との関係が変わってしまうかもしれない。
ヒトを辞めた自分のことをなんと思うのか。
不安は尽きない。
それでもムムは決めたのだ。
嘘をついて最後を過ごすより、全てをさらけ出すと。
いざ――
「ダンジョンコアに取り込まれて魔物になっちゃったぁぁぁぁぁ!」
勢い勝負だ。ムムの心からの叫びは村の中心から放たれ、山に反射して何度も何度も繰り返された。
これなら聞き間違えることもないだろう。
ムムは村人達の反応を待っていたのだが、なにや、反応が微妙である。受け入れるでもなく、拒絶するでもなく、首を傾げていた。
「だんじょーこーあってなぁに?」
そんな村人達の思いを代弁したのはマツだった。他の村人も口にこそ出さないが同じ疑問を持っている。
そもそも普通の村にはダンジョンの知識など無縁である。生活する上で必要ないので、偶然近くに発生でもしない限り知ることはないのだ。
ムムだって、つい最近までは存在すらも知らなかった。立場が逆なら同じように反応に困っただろう。
だが、顔を青くしている者もいた。
「魔物になったってどういうことなの?」
「魔物と結婚するのか!? 認めんぞ!」
「それは……」
ムムの両親だ。彼らもコアがなんたるかは知らないが、魔物という不穏な単語と娘の表情から、今の報告が歓迎すべきものではないと理解できていた。
ヒトが魔物になる。聞いたこともない現象だが、村人を集めて報告するぐらいだ。嘘ではないだろうと。
口ごもるムムやその両親のただならなぬ雰囲気に、村人達がざわつき出す。彼らもようやくムムの身に何かあったのだと理解したのだ。
テンやマツも幼いながらに感じ取ったらしく涙目である。
「静粛に」
そこで前に出たのは村長のソカであった。
「ムムや。もうちっと詳しく話してくれんかね。わしはシケボモにダンジョンコアなる宝を手に入れたとしか聞いておらんのだが」
「……はい」
ムムは少し悩んだがやはりきちんと説明することにした。
山菜採りに赴いた先で白い老人と出会ったこと。手渡された赤い石。
そこからの一連の流れを全部を。
「以上だよ」
「そうか……よかった」
「よくないわよ」
結婚するんじゃないのか、と、一人安堵するウウ以外の大人は概ね表情が固くしていた。
村長は少し考えてからムムの目を見た。
「いくつか質問いいかの?」
「うん」
「その老人はどこへ行ったかわかるかい?」
「わかんない」
「そやつならダンジョンマスターについて何やら詳しく知ってそうなんじゃがの」
「確かに……」
コアを持っていたのに取り込まれてなかったのだ。コアについて詳しくてもおかしくない。ダンジョンマスターを辞める方法だって知っているかもしれない。
ただ、どこへ行ったかわからないわけで。籠を拾いに行ったときも会うことはなかった。
それでもムムの胸中にほんのりと灯りが点った。三ヶ月の間に探しだせばなんとかなるかもしれない。
生きる希望が見えてきた。
「ムムねーちゃん、元気になったね」
「そうだねっ」
にぱっと笑ってくれたテンに、ムムも笑い返した。
「私、ちょっくら探してくるよ!」
善は急げだ。走り出したムムの視界がくるりと一回転した。それから体に衝撃がはしり、肺から空気が押し出される。
どうやら投げられたらしいとわかったところで影が覆い被さった。
咳き込みながらも見上げれば、母親のミミが恐い顔で覗き込んでいた。ムムを投げたのは彼女なのである。
「探しに行くのはいいけど、まだ確認することがあるでしょ」
「げほっ、確認すること?」
「見つからなかったどうすんのよ。シケボモが帰ってくるまでだいたい三ヶ月しかないのよ」
「それは――」
――この村で最期を迎えたい。
それはムムの決意だった。希望が見つかる前までの、と、ただし書きがつくが。
だが今はどうだろうか。なまじ希望が見えているために決意が鈍っていた。死にたくないという思いがムムの口を縫い付けしまった。
「どーせ、あんたのことだから、諦めてこの村で死にたいなんて思ってたんでしょ。まぁ、今はその決意も鈍ってるみたいだけど」
「えっ!」
全部、見透かしていた。
その上でミミは続ける。
「なんにせよ、私らがここであなたが死ぬのを許すと思う?」
それは村で最期を看取ることの拒否だった。それは最悪の結末を迎えないための保険がなくなったということ。ヒトに戻るか、見知らぬ土地での垂れ死ぬかの二択になったということ。
無情ともとれるその言葉に、ムムは体を強ばらせた。
「今のあなたは誰?」
「ムム……」
「でしょ? 魔物になってもムムのまんまなんでしょ」
ミミは優しく抱き締めた。
「見捨てるわけないじゃない」
「えっ? えっ?」
状況が飲み込めないムムは目を白黒させた。
「あんたらもそうでしょ?」
「おおよ!」
「任せろや」
「村人を守るのが村長の役目じゃからの」
「ムムは死の花嫁にもせんわ!」
ミミが呼び掛けると村人達は次々と声をあげる。
さっきの拒絶はムムを拒んだのではなく、ムムの死を拒んでくれたのだ。それをようやく理解したムムは涙が溢れてきた。近寄ってきたテンやマツが拭ってくれるが、止めどなく溢れてくる。
「私、村に迷惑かけるよ?」
「いつもかけてるでしょ」
「魔物なんだよ」
「知ってるって」
しゃくりあげながら泣くムムの頭をミミが優しく撫でた。
「生きてていいんだね……」
「だから、そう言ってるでしょ。バカな子ね、あなたは」
「うん、バカだからわからなかったよ。ありがとう。皆もありがとね」
こうしてダンジョンマスター・ムムの生存計画が村ぐるみで行われることになった。




