魅惑
ボロ小屋の中はやはりボロだった。
あまり頻繁に使われない農作業具が仕舞われている小屋のようである。
ただ、それに混じるには異質な代物が一つ。
「その扉がダンジョンか?」
「そうですよ」
床のど真ん中から階段が降りていて、その先に重厚な扉が待ち構えていた。
「む? 取っ手がないな。押して開くタイプか」
「いいえ、このままでは開きません。通行料を取りますので、皆様お手をかざしてください」
ツトはお手本として扉に手のひらを向けた。続いてシケボモも。
男達は顔を見合わせた後、恐る恐るではあったが、言われた通りにした。
「おお?」
すると何かが少し吸われたような感覚の後、扉が独りでに開いた。
「ご協力ありがとうございます。今、頂いたのは魔力でしてダンジョン運営に必要なものとなります。ご了承下さい」
「魔力って……危険じゃないのか?」
「えぇ、小さなお子さまを基準に設定してありますので危険はありませんよ」
「そうか……」
この言葉に嘘偽りはない。
この扉はムムが村人を実験台にして作り上げた一品だ。テンやマツにも協力してもらって、体に異常が出ない程度しか吸収しないようにできた。これで近くにムムがいなくても扉は安全に機能してくれるだろう。
魔力を回収するギミックはダミーコアであるのだが、盗難対策として扉に埋め込んである。その分、厚くなってしまったので不自然にならないよう装飾を施した。
おかげで、自慢の一品だ。
ムムが監視映像を見つめながら胸を張ると、冒険者の男達はそれ以上扉に触れることなくツトに続いて先へ進んだ。
しょんぼりである。
そのまま岩がむき出しなダンジョンを進む一行。いかにもな雰囲気である。
「うぅ、なんか出そうじゃんか……」
臆病な冒険者が不安がるのも当然だ。だが、なにも配置していないのでなにか出ることはない。
――通路にも手、加えた方がいいかな。
監視していたムムはそんなことを思った。最初からダンジョンっぽさ全開だと、こうして不安になって楽しめない人がいる。もっと可愛らしくすればそうした人も減るかも、と。
「ピンク色に……」
「止めときなさい」
壁を桃色の岩にしてラブリーする計画はミミによって却下された。
そんなやり取りをしている間に、冒険者達の前に扉が現れていた。
今度はごく普通のデザインだ。
「ここが最初の遊戯場になります」
「レクリエーション?」
意味がわからなかった。
言葉の意味が、ではない。ダンジョンと称した施設に遊ぶ場所がある理由が解せぬのだ。ただの遊戯場であるなら村に、それも立地のいいところに作るべきである。こんな手の込んだ場所に用意する意味はないだろう、と。
そんな彼らの困惑を楽しむかのように微笑んだツトは、ゆっくりと扉を解放した。
「な、なんだ!?」
「罠!?」
急に差し込んだ光が眩しくて思わず手をかざす。それは確かに太陽の明かりだった。魔法やたき火では再現し難い、柔らかくも優しい春の陽の光。
さらに鼻をくすぐったのは緑の匂いだ。暖かな風にのって草原のような爽快さを感じる。
「なんだここ!?」
いち早く眩しさに慣れた臆病な男が歓喜の混じった声をあげる。
一拍遅れて、残る三人も手を外すと思わず口から声が漏れた。
そこは小さな草原。
床には手入れされた芝生が敷き詰められ、空には小さな太陽が浮かんでいる。
だが、そこが室内だと主張するかの如く壁が存在していた。丸く、ぐるっと一周。草原のような下手くそな絵が描いてあるので圧迫感はなかった。
ちなみに、この絵は同一作者に見えるがテンとマツとムムの合作だ。
ただ、驚くべきはその風景ではないだろう。
彼らはダンジョンに潜ったことはないが、全くの別世界へ誘われたように景色が変わる所もあると話に聞いたことがあるのだ。
もちろん、実際に見ればとても凄く感動して驚いたし、絵は下手くそだと思った。
それでも、この驚きには勝てない。
もふ! もふ! もふ!
綺麗に整えられた芝生の上で、ラモビフト達が思い思いに過ごしていたのだ。
そこに野生はなく、ほんわかとした空気を醸し出している。
入ってきた冒険者達をちらりと見たが特に行動を起こす個体はいない。隙だらけにだらけていた。
「かわビフト……ラモ耳がふわもふだ……」
「おい! 気を確かにしろ!」
一撃で一人の男が骨抜きに。初めて見たラモビフトのオフショットは強烈だったのだ。
「くっ、どうなってやがる? これだけ群れるってだけでもおかしいのに、攻撃してこねぇなんて――ここがダンジョンだからか?」
「ご明察です。ここに住まう魔物は友好的なんですよ」
「どんなカラクリ――かは聞いても教えてくれないよな」
ツトは笑顔でもって肯定とした。
まだ守りが整いきってないためムムのことは秘密なのである。
「お嫌でなければ触れあってください」
「つってもなー……」
魅了された男はもちろんのこと、他の二人もラモビフトを撫でていたが、唯一臆病な男だけが触れずにいた。
可愛いのは認めている。それでも所詮は魔物だ。気が変わって体当たりを仕掛けてくるかもしれない、と。
実際はあり得ないのだがそれを証明する手段はない。
「餌はいかがっすかー?」
「うわっ!?」
そこへ突然、背後から声をかけられ
臆病な男は飛び退いた。
「餌付けできまーす」
そこにいたのは平たい籠を持った男。なにやらラモビフト用の餌を売りに来たようで、籠の上には何種類かの野草が並んでいる。
それはいいとして、臆病な男には目の前の顔に見覚えがあった。
「お前は、金至る道のラギリじゃないか?」
「懐かしいな、その名前」
金至る道とは冒険者時代のパーティー名である。割りのいい仕事を嗅ぎ分ける驚異の嗅覚を持つパーティーとして知られていた。
「今じゃ、しがない飼育員ですけどね」
「しがないって魔物を飼育してるなら十分すごいだろ」
モンスターテイマーは数が少ない。小さい頃から育てていても、ある日急に牙を突き立ててくるなんて話はゴロゴロある。それだけ魔物と意思疏通するのは難しいのだ。
「ま、それは俺の手柄じゃないからな。ほれ、これをあげてみろ。お試し無料だ」
ラギリはポリポリ系の野草を渡した。無料で渡すな、と、ツトの負の視線が凄かったが。
「うぅむ」
受け取ったはいいが臆病な男は野草とにらめっこした。
食べさせるとなれば近付く。近付けば頭突き。
「フンフンフンッ」
「ひっ」
そこへポリポリしたくなったのか一匹のラモビフトが寄ってきた。
臆病な男が一歩下がるとトコトコ。下がるたびにトコトコ。
そしてラモ耳の横から覗くつぶらな瞳で見上げてきた。
――ちょうだい?
鼻息しか聞こえない。それでも真ん丸な瞳はたしかにそう告げていた。
「……ほら」
「フンフンフンッ」
ポリポリ音が草原に響く。
臆病な男まで陥落した瞬間だった。
「何度見ても……ぐふっ……」
そして監視映像を通したムムもラモビフトの魅力にまたやられていたのだった。