誤算
「カナィド村にダンジョンが出現しただと?」
「ええ、そうっすよ」
とある町にあるギルドの一室でギルドマスターは驚愕の報告を受け取っていた。
情報主はみすぼらしい格好をした男。
胡散臭げな笑みを浮かべて「ギルドマスターにしか話せねぇスゲェ情報知りたくないか」と来たものだから、また嘘情報で金をせびりに来た浮浪者かと初めは思っていた。
しかし、少し毛色が違うようである。
「俺は中には入ってないっすが、近くまでは行ったし、話は全部聞いてるんす。金次第で全部話っすよ」
目を見てわかった。どうやら彼は嘘を言っていない。
百戦錬磨の冒険者や商人とのやり取りを多くこなしたギルドマスターの経験と勘がそう告げていた。
かと言って、それを鵜呑みにするのは問題があるので調査は絶対に必要だ。冒険者に依頼を出すことになるだろう。
「ふむ、詳しく聞かせてくれ。金は情報次第で積もう」
「良いっすね」
その為には少しでも情報を増やさねばならない。敬語のつもりなのかっすっす言っているのが多少気になったものの、この男の話は貴重であるだろう。
ギルドマスターが頼むと、男は気を良くしたようにペラペラと喋りだしてくれた。
ギルドマスターは知らないことだが彼はウゴヨクの元で働いていた元部下である。あの一件でウシゴ家の落ち目を感じ取った彼は貴重品のみを持って逃げてきたのだ。
生活するには金がいる。そしてダンジョンの情報は大きな価値を持つ。
ウシゴ家から、かん口令が敷かれていたが逃げた今となっては関係ない。居場所がバレて追手が来る可能性もあるのでとっとと金もらってトンズラするつもりではあるが。
「――しかも元三級冒険者のパーティーを壊滅させたんすよ!」
だから、少し話を盛ってしまったりもする。
護衛役の彼らは冒険者時代にスカウトされて辞めたのだが、その時のランクは五級であった。
――盛ったな。
そんな些細な嘘を即見抜かれ、中銀貨一枚を引かれてしまうことに男は気づいていない。
「と、まぁこんなところっすね」
「ありがとう、大分参考になったよ。ところでダンジョンの位置はどこなんだ?」
肝心な情報が抜け落ちていたのは頂けなかったが、男にはそこまで重要視していない情報だったらしい。
交渉や勿体ぶったりすることなく教えてくれた。
「あぁ、村の中っすよ」
「村の中だと!?」
衝撃であった。最初にダンジョンがあると言われた以上だ。
これは由々しき事態である。
ダンジョンを中心に町が作られたことはあっても、逆は極端に少ない。
現在も残っている村、とまで限定すれば存在しないぐらいだ。
溢れ出てくる魔物に蹂躙され、ダンジョンの栄養となる。それが必ず迎えた結末だった。
――これは早急に調査させねばならんな。
ギルドマスターは誰が適任か、今この町にいる冒険者たちを思い浮かべるのだった。
――――――
その頃、トバズ救騎士団本部にも一報が届いていた。
【カナィド村にてトバズ盗賊団と名を騙り、罪を擦り付け、我らの評判を落とそうとしている】
団長トバズは読んですぐに手紙を握り潰した。
そこに宿った感情は怒り。端正な顔は醜く歪んでいた。
「誉れある救騎士である我らを汚す輩は捨てておけんな!」
正義の象徴であるトバズの名を使ったどころか盗賊団との汚名まで被せてくる。許せるはずがない。
ただ、これは彼等の主張である。世間一般からすれば彼等はタチの悪い盗賊団なのだ。
たしかに彼らは四王都の一つで活動していた騎士団であった。だが、それは過去のこと。
行きすぎた正義感により暴走しがちで厄介者集団扱いされてた彼らは、とある大きな事件を起こし、都より去ることとなる。
それでも彼らは騎士団として活動を続けた。苦しむ民を助けるため――ではなく、己たちを認めない聖王や四王を悪と見なし、略奪行為を始めたのだ。
名目は、圧政打倒のための資金集め。拒否すれば力ずくで奪った。
繰り返す内に、盗賊団として指名手配されるに至ったのは自然な流れであろう。
だが、彼らにしてみれば面白くない。
正義は自分等にこそあって盗賊なんて下劣な存在ではないと。
騎士、それも救いをもたらす上位の存在、救騎士なんだと。
団長トバズは奪い集めた資金により本部を作り、お揃いの団服を用意して、自らの正当性を民に訴えかけた。
そして略奪を続ける。
客観的に見れば明らかな盗賊であり、有名になった彼らを隠れ蓑にするため、多くの盗賊がトバズ盗賊団を騙って活動している。
団長トバズの正義感に火をつけるとも知らずに。
何人もの盗賊が彼らの手によって裁きという凶刃に倒れた。
だが、盗賊同士の仲違いにしか見えないためトバズ盗賊団を騙る危険性を認識する者は少ない。ムム達もそうであった。
「カナィド村に赴くぞ。罪を償わせねばならない」
トバズは立ち上がり、同じ志を持つ仲間に号令をかけた。
――――――
さらに所変わって、ウシゴ家の屋敷。
「クヒヒヒ、ふざけやがって」
ウゴヨクはぜいぜい息を切らしながら赤く染まった部屋に立っていた。
趣味の悪い調度品が壊され散乱し、そして三人の護衛役が血に沈んでいる。命の灯火はすでに失われていた。
彼らを骸に変えたのは当然ウゴヨクだ。
戦闘力は三人の足元にも及ばない彼であるが体には傷の一つを負うことなく正面から斬り伏せてみせた。
そのタネは彼が持っている血の滴る短剣。ウシゴ家に代々伝わる家宝であり、使うことなかれ、と、半ば封印されていた魔剣である。
カナィド村に行ったときにも持って行っていたのだが、使うタイミングを逃していた。
もし、使っていたら状況は一変していただろう。少なくとも地図から村は消えていたはずだ。
もちろんそれだけの力を行使するにはそれなりの代償を必要とするのだが、もはやウゴヨクにとってはどうでもいいこと。
彼の頭の中は、復讐心でいっぱいだ。
それは、たとえ握られた秘密を暴露されてウシゴ家ごと滅ぼされても構わないと思っているほど。
自らを見下した相手を見下せればそれでよかった。
ツトは見誤っていたのだ。
彼は金好きでプライドは高そうに見えるが実のところそうではない。
彼は全てを見下すためにプライドが高く見えるよう装っているだけ。見下すために便利だから金を集めているだけ。
全てにおいて順序が逆なのである。
必要とあれば簡単にプライドは捨て、狙った獲物を見下すためにあらゆる手段をとる。金だってドブで洗う。
金が使えるなら金で見下し、暴力が必要なら暴力を使って見下し、足りなければ命を奪ってでさえも見下す。
「どいつもこいつも許さんからなぁ……」
彼は狂っているのだろう。
こうなっては誰も止められない。
彼の父親でさえ彼の癇癪を抑えきれず命を落としたのだから。
――――――
こうしてカナィド村に三つの勢力が狙いを定めた。
そんなことは露知らない暢気なムムは、
「やばっ、これ毒キノコだった。火で炙ったからセーフだと思ったのにっ」
舌にぴりりとした異常を感じ、かじったキノコを吐き出していたのだった。誰にも殺られることなく殺られるところであった。
毒キノコは火を通しても危険なので口にしてはいけないのだ。