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純度の高い退廃的関係

作者: 柊ツバキ

好きじゃない好きじゃない好きじゃない


呪文のように唱え続けているのは、好きである証拠に他ならないのか。

大学に入って1年経とうとしている春はまだ遠い2月に

アルバイト先に新しい人が入ってきた。

心臓に稲妻が走ったわけでもなく、特に何が好みだったわけでもないのに

この彼のことが好きになるのだが、この恋心は少女マンガのように綺麗な結末には至らなかった。

思い出せば出すほど、好きと言う気持ちがよみがえる。



初めましての挨拶から二ヶ月過ぎた頃には、彼が何時アルバイトに入っているのか気になりだし、

一緒の時間に仕事をしているときは、彼の姿が気になり落ち着かなくて、

極力視界に入れないようにしていた。

共通の仲のよい友人を介し、出会って一年も経たないうちに二人で飲みに行くようになっていた。


ゆっくりではあるが、徐々に近づいている彼との関係を喜ばしく思う自分に

とっくに気が付いていたが心の底から否定した。


理由は二つあった。

一つは私には付き合って2年ほど経つ3つ年上の彼氏がいた。

もう一つは、何かに執着するとそれを失った時に辛すぎるという今思えば幼稚な考えから

毎日毎日、彼を思っては自分の気持ちを否定し続けていた。


好きだ、好きじゃないを繰り返すことにも辟易し、

出会って2回目の春に、年上の彼氏に別れを告げた。

私が海の向こう、カナダへ3ヶ月留学している最中に無理やり電話で突然別れを切り出した。

とっくに思いがなくなっている男性に泣かれても、心が動かなかった。

ただ、これで少しでも素直に彼を好きになれると思っただけだった。


多少情がうつっており、しばらく別れを切り出せずにいた私の背中を彼のメールがおしてくれたので、

最後の電話では泣かれても流されずに済んだのだった。

カナダに行く前に彼が私に柄にもなく送ったメールだった。

彼とは飲みには行くが普段、特別用事がなければメールや電話はしない。

メールが届いただけでも嬉しかったが、文面を見て思わず口が弧を描いた。



“お前がいなくなると正直寂しくなる。留学から帰ってきた翌日、真っ先に飲みに行こう。”


このメールを受け取って、彼への思いに素直になろうかと

重い腰をとうとうあげたのだった。



彼氏と別れ、日本に戻ってきた私は、約束通り帰国翌日彼と飲みに行った。


その日は随分長い時間二人で飲んでいた。

前より素直に二人の時間を楽しんだし、彼もそう思ってくれていると感じていた。


アルバイト先では、付き合っていないことを不思議に思われるくらい

留学前よりさらに距離は縮まっていた。

周りには謙遜していたが自分でもその自覚はあった。


どちらかが一歩踏み出せば、簡単に男女の関係になっただろう。

しかし、どちらも踏み出さなかった。


その間に踏み出した第三者によって、彼はあっけなく私の知らない誰かの彼氏になった。

仕事の休憩中に複数名で雑談をしていた際に、彼が流行りの映画の話をしたのだ。最近見に行ったという。

私は、彼が自分から映画館に映画を見に行かないことを知っていた。


数週間後、変わらず彼と二人で飲みに行った際に彼女が出来ただろうと尋ねたところ、

「やっぱり、この前の映画の話でわかったか」と笑いながら彼は言った。

「あんたは進んで映画館なんか行かないでしょ」と言うと、

「お前くらいだよ、そんなこと知ってんのは」と返されて、胸が痛かった。

私くらいしか知らないことが沢山あっても、私は彼の特別にはなれなかったのだ。

そして、彼は続けて言葉を投げた。


「お前と付き合うかと思ったんだけどな」


実に堪えた。


私も、映画の話を聞き今さっき直接確認するまではそう思っていた。

お互いそう思っていたのに何故、私たちの関係は変わらなかったのだろう。

自分が彼との心地のよい、中途半端な関係に甘んじていた事を棚にあげ、

顔も知らない彼の彼女を羨んだ。そして恨んだ。

一矢報いるつもりで、痛んだ胸を抱えて「なんだそれ」と冗談めかして口にするのが精一杯だった。

上手く笑えていた自信はない。


その後もいつも通り他愛ない話をし、ゲラゲラ笑い合っていたが、

とうとういつも通りから逸脱した。


それは互いの思いを遠まわしに確認したせいかもしれないが、今となっては分からない。

気が付いたら飲み屋の個室で唇を重ねていた。

ずっと抑えていたせいか、人のものになったせいか、一度箍が外れてしまったらもう止まらなかった。

彼女のことはいいのか、私のこと好きか、酔った勢いか、

聞きたいことは沢山あったけれども、

会話する時間を惜しむように触れ合った。

飲み屋を出て、耐え切れず路地裏で体を寄せ合い、泊まる場所を探した。

全身で感じた彼の体温より、繋いだ手の感触の方が何だか妙に嬉しく思った。


翌日、昨夜のことは何もなかったかのように、いつも通りの調子で会話した。

いつもと違うのは、場所がベッドの上だということと、会話が「おはよう」で始まったことくらいだ。

そして、何もなかったかのようにホテルを出て分かれた。


彼は何も言わなかったし、私も何も聞かなかった。

互いに一歩も踏み出さずにすれ違った私たちらしい顛末だ。


彼と初めて触れ合った嬉しさと、彼の彼女への後ろめたさと同時に優越感、

そして、体だけ求め合ってしまったことへの情けなさ、

ぐちゃぐちゃに散らかった頭を抱えながら、一度も振り返らずに私は立ち去った。

振り返って彼の背中を見送るのは切なすぎたし、

かと言って振り返った先で彼と目が合ったらかける言葉が見つからないので

そんなこと出来なかった。

彼は振り返ったのだろうか。



この後も、アルバイト先では普通に今までどおり仲良く話をするのだが、

二人きりで頻繁に飲みにいくことはなくなった。

にも関わらず、この後もこの彼とは何度か朝を迎えることになるのだが、

続きはまた、機会があれば語ることにしよう。

続くかもしれません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ありそうです。 [一言]  本当に好きな人ほど、傍にいないものなのかなと思いました。
2015/09/16 07:12 退会済み
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