もしも幸助自身に改善の必要性ができたら
わが身に起こった出来事を話にしてみました。
「はぁ。またお腹が出てきちゃったな……」
ここはアヴィーラ伯爵領にあるとある宿屋の一室。
そこを住処にする青年――幸助は、ベッドに座ると大きなため息をついた。
今は衣替えの季節真っ盛り。
クローゼットの中から久しぶりに取り出した夏物衣料をとっかえひっかえし、今日のスタイルをばっちり決められる……のが理想であるが、残念なことにズボンのホックが閉まらない。
一本だけならまだしも、他のズボンもこのような感じである――といっても二本しかないのだが。
「もう、きつくて死にそう」
そんな状態が朝からずっと続いている。
昨年は間違いなく履けていた。
しかし幸助のお腹が大きくなったのか、サイズが全く合わなくなってしまった。
頼みの綱である衣料店はここから遠い。
もちろん昨日履いていた冬物は大丈夫だ。
しかし季節は夏目前。
日々凶暴さを増す太陽の熱に耐えかねていたのだ。
「何とかしなきゃな」
サラリーマン時代であれば通勤など徒歩移動も多く、それなりの運動になっていた。
だが今は違う。
改善する案件がなければ、食べることしかやることが無い。
従って運動量はミニマムだ。
それでいて食べる量は増える一方。
一説によるとアロルドの店が原因のようである。
「んーーっ」
幸助は息を吐き出し腹をへこますと、無理やりホックを閉める。
薄手の上着を羽織り前ボタンを閉じ、腹の出っ張りを隠す。
そしてお腹をポンとたたくと幸助はつぶやく。
「さて、行くとするか」
幸助は宿を出るとメインストリートを東へと向かう。
途中ロータリー式になっている交差点を越え、さらに歩くこと少々。
黒い外壁に小ぶりの窓が四枚嵌まっているお洒落な店が見えてきた。
少々入りにくい雰囲気を醸し出しているが、幸助は迷うことなくそのドアを開ける。
ガチャ……、ギィ。
重厚な音が静かな店内に響く。
小さな窓ゆえの薄暗い店内に明るい光が差し込む。
それと同時に元気な声が幸助を迎える。
「いらっしゃいませ! あっ、コースケさん!」
この店の給仕であるサラは、パッと笑顔になるとパタパタと幸助の下へ駆け寄る。
時刻はランチタイムの開店直後。
まだ客席には誰もいない。
幸助はお気に入りの席へ向かいつつ注文をする。
「カルボナーラとハンバーグのセットが食べたくなってね」
「うん。分かったよ!」
「あ、パスタは大盛りで」
幸助がそう言うとサラは怪訝そうな顔で幸助を見る。
その視線は上下に動いている。
どうやら顔と腹を交互に見ているようだ。
「どうしたの? サラ」
「コースケさん、最近食べすぎじゃない? 顔もお腹も真ん丸になってきたよ」
「ギクッ……。そ、そうかなぁ?」
そう言いつつ、てっぷりと出た腹をさする幸助。
自覚はある。
先ほど宿屋で厳しい現実を突きつけられたばかりだ。
「やっぱりコースケさんも分かってるんじゃない。太りすぎると健康に良くないよ。膝にも来るし……」
「膝に来るって、サラさん。どっからそんな情報を……」
幸助が席に掛けるとサラも幸助の正面に座る。
そして幸助を問いただす。
「コースケさんちゃんとお野菜食べてる?」
「たまにここのセットメニューで食べてるよ」
この答えは、毎日ではないということの裏返しだ。
ここでセットメニューを食べているのは多くても週に三回。
普段は宿の近くにある肉串などで済ますことが多い。
「運動は? 毎日お部屋に閉じこもってばかりじゃないよね?」
「そ……それは……」
図星であった。
幸助は何か決まった用が無ければほとんど外に出ることがない。
よくてランチの新規開拓のため、街をうろつくくらいだ。
「お酒ばっかり飲んでない?」
「……」
ここで無言になる幸助。
酒は必ず毎日飲んでいる。
客観的に自分の言葉を聞くと、不摂生もいいとこだ。
だが、反省はしていない。
食べたいものは食べたいのだ。
サラリーマン時代に自由な時間はほとんどなかった。
だから今は自由を謳歌しているのだ。
「コースケさん」
「うん、なに?」
突然ガタッと立ち上がるサラ。
そして交わる視線。
サラはピシッと幸助を指差すと、声高らかに宣言する。
「あなたの生活習慣、私が改善してみせます!」
「えっ……?」
「だ・か・ら、コースケさんの生活習慣を私が改善してあげるって言ってるの!」
「お断りします!」
「えーーーー! せっかく幸助さんのことを思って言ったのに。今日のランチ、ハンバーグは抜きにするね!」
「えっ、それは無しで!」
幸助の言葉を聞かず、サラはプンスカと厨房へ帰っていく。
一人取り残された幸助。
相変わらず丸みを帯びた腹をさすりながらつぶやく。
「やっぱりダイエット、するか」




