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奔放不羈の欺瞞者

 ノヴァスの怒りは地を揺るがす。収まらぬ感情は漸進し、奇異な空気を纏う洞の微睡みを更に不可解なものに仕立てあげた。

 警戒する三人の愚者達の足下から伸びる一本の刺。それは元凶であるガドの胴体を目掛けて、勢い良く殺意を向けた。


「くっそ! あぶねぇ! なんだこいつは!」


 彼は自慢の大槌で刺を払うが、間髪入れず別の刺が地面から湧き出て背後を襲う。その連撃からは侵入者であり破壊者である無秩序を排除しようという明らかな意図が見られた。ガドは一瞬驚きを見せはしたものの、慣れた手つきで後ろの刺客も遠心力を利用し、いとも容易く対処する。

 その傍ら、これがプロの業かとレンは呑気に感心していた。


「ったく、俺のこと叱れる性質かよ……」

「ガドさん、下、下」

「お? おぉ!?」


 数本の刺が地面を割る。それに追随して現れたのは巨大な球体だ。

 四対の歩脚と、嫌に膨らんだ腹部。複数の目を持ち、頑丈な顎が時を刻む。

 涅槃の番人・魔陰虫キュルファラス。

 彼らの前に立ちはだかったのは、己の目を疑うほどの大きさを誇る蜘蛛であった。


「気持ちわりぃ……」

「こりゃ堪んないのが出てきたね」


 レンが嫌悪感を露わにする一方、シフルは妙に嬉しそうである。ガドは先に使用したハンマーの状態を確認しながら、態勢を整える。


「はーん……初めて見るな」

「実態が知れてたら、とっくにノヴァスなんて攻略されてるってねー。で、算段は?」

「殴る!」

「……緻密に練られた作戦過ぎて欠伸が出るよ」


 キュルファラスは窮屈そうに畳んだ脚で地を踏みしめ、出糸突起を真下に突き刺した。次の瞬間、彼らがいた空間は何倍にも広がり、痩せこけた岩壁が姿を見せる。艶やかに光っていた鉱石は見当たらず、透き通っていた小さな湖は見る影もないほど荒れて汚れていた。


「……ガドさん、何て言うかその……今回ばかりは同情するよ……」

「うるせぇ! てめぇぶっ殺すぞ!」

「お二人とも! こんな時まで喧嘩とか余裕ですか!?」


 山のような蜘蛛は大木の如き脚を操り、三人を潰そうとする。しかし、その速さは身体を支えているせいか初撃よりも遥かに遅く、一つ一つをかわすのには世話なかった。

 それを確認したシフルは指揮を執り、二人へ反撃に移るよう指示する。降って来る攻撃をよけ、各人は突き刺さった脚に打撃を与えた。レンは拳、ガドは槌、そしてシフルは小刀。だが、まったく手応えがない。


「全然ぐらつきもしませんけどォ!」

「パワーが足りねぇんだよ! パワーが!」

「あんたも同じでしょ?」

「てめぇが一番役に立ってねぇんだよ、シフル! そんなちっこいナイフでちまちま斬りつけて、やる気あんのか、おい!」

「人には役割ってものがあるんだよ」

「死体役か?」

「は?」

「やめてー!」

 

 大蜘蛛の攻撃は未だ単調で、脚を地面に突き刺すよう叩き付けては逃げる三人を追うよう床を削り、叩き付けては削り、を繰り返していた。

 レンは戦闘中であるものの、極鍛術を使用していない。いつかの記憶が彼を無意識に制止していたからだ。

 周囲の様子を探りながら戦っていたシフルは小刀を収め、攻撃をかわしつつレンと合流する。


「レン。極鍛術を使ってくれ」

「……必要なら」

「逆に問うけど必要じゃないと感じるかい?」

「まぁ……必要かな?」

「というか、覗きに使うくらいなら」

「はいはい! 使います!」


 言われてみれば、どうして覗きの時はためらわず使ったのだろう、とレンは思った。欲望というものは実に恐ろしい。それがどの方向に進んでいたとしても、だ。

 仕方なく彼は一心に力を込め、己の解放に専念し始める。

 シフルは懸命に脚を殴り続けるガドの方に寄り、楽しそうな顔で話しかけた。


「ガドさん、いっちょぶっ放してはくれないかね」

「は? 今やってんだろうが! ってか、てめぇは何してんだよ! 働け! ったく、いつもこうだ!」

「まぁまぁ、酒でも奢るからさ」

「……しゃーねぇな。んで、何をすりゃいいんだよ」

「そうこなくっちゃ。彼の登頂を手伝ってよ」


 そう言ってシフルはレンを指さす。


「マジで言ってんのか? 下手すりゃ死ぬぞ」

「僕は別に善人じゃないしね」

「重々承知だ、糞野郎」


 やけに身軽な男はレンと蜘蛛の両者を目に入れ、ガドに言った。


「仕事と私情はキッチリ分けないと」

「お前にだけは言われたくねぇ」

「僕は一度だって服従した覚えはないよ。あと、分かったことがある。これ飲んでおいて」

「あ?」

「即効性だから今すぐ服用すること。いいね?」


 シフルは錠剤をガドに手渡し、レンの傍へと駆け寄っていく。

 極鍛術を使用したレンの身体は飛躍的に能力が増しており、まるで別人のようだった。少なくとも、彼の目にはそう映っていた。

 

「初めて見たよ、ここまで凄いのは」

「どーも! しかしまぁ、あんまり手応えない! やべぇ硬いんだわ。ダメージは蓄積してると思うんだけど……」

「そこで朗報。一発ドカンと行こうよ」


 小型の爆弾をポケットから取り出し、彼は少年にそれを送る。 


「荷物は持たないんじゃ?」

「君はもう少し臆病者であるべきだ。さ、これを持ってガドさんの所に」


 すべてを察したレンは複雑な笑みを浮かべて、やや首を傾げた。


「大丈夫。噛まれても毒はないから」

「毒とか以前に潰されそうですけど……」

「最高のアトラクションだ。楽しんでおいで」


 ため息まじりにレンは爆弾を持って走り出す。そんな姿を横目に、シフルは笑っていた。


「ま、僕も初対面なんだけどね」


 大槌を構えた大男の元へ辿り着いた彼は勢いよく跳躍し、鈍器の一端に飛び乗る。それを確認してガドは思い切りキュルファラスの方へ振り切った。屈伸した力との相乗でレンの身体は凄まじい速さを纏い、巨大蜘蛛の頭部へ直進していく。

 顎の辺りを通過する瞬間、レンは極鍛術で研ぎ澄まされた目を凝らし、正確にキュルファラスの口の中へ託された爆発物を放り込んだ。

 遥か上空を舞い、着地の体勢に移行しつつ、彼はシフルに完了の合図を叫ぶ。


「よし来た!」


 レンの声を聞き、シフルは遠隔操作で爆弾を作動させた。

 いくら強固なキュルファラスと言えども、その体内から破壊されては堪らないだろう。

 大きな身体は脚が描くサークルの中心に沈み、その機能を停止させる。

 

「……あれ? シフル?」


 と思っていたが、予想していた、期待していたことは起こらなかった。


「あー、あれだ。まさかとは思ったが、彼は極度の胃酸過多?」

「美味しく頂きましたって顔してる」

「もっと味わって食ってくれよ……」


 二人が呆然と立ち尽くしていると、キュルファラスは脚での攻撃を中止し、自身の身体を高く持ち上げた。すると、足場が急に光り出して、魔法陣が浮かび上がる。


「いつの間に!?」

「おい! マジかよ!」

「さーて、どうなっちゃうかね」


 三人は防御体勢を取り、身構える。

 一秒も経たずに魔法陣は発動した。白光により目の前は何も見えなくなる。刹那、激しい頭痛のようなものがレンを襲い、彼の中で様々な感情が渦巻いた。黒、白、赤、青、黄、エトセトラ。言葉では言い表せない激情に押し潰され、レンの意識は飛んだ。

 その姿を眺め、シフルは落胆する。


「あーらら」

「あーらら、じゃねえよ。お前。小僧には薬やらなかったのか」

「おー、ガドさん。ちゃんと無事だったか。なんだかんだで僕の言うこと聞いてくれるよね」

「お前ほどじゃねぇが俺だって真偽くらい見極められる」

「詐欺師、引退しなきゃなぁ」

「ホント息を吐くように噓を吐くな」


 キュルファラスは気を失い倒れたレンに向かって糸を放出し、彼の体を雁字搦めにした。他方、シフルもガドも助けようとする素振りは見せず、ただただ静観するのであった。


「あれ? ガドさん見てるだけ?」

「俺だって仕事忘れちゃいねぇよ。こんな事で折れるようなタマなら幻竜なんて倒せるはずがねぇ」

「確かに。どっちが倒したか定かじゃないけどね」

「マジでヤバくなったら助けに行ってやるさ」

「……もうヤバいんじゃ?」


 グルグル巻きにされたレンは微動だにせず、ゆっくりと蜘蛛の元へ引きずられていく。


「ヤベェなぁ!」


 ガドは彼の拘束を解こうと、全速力で走り救助へ向かった。

 キュルファラスが糸を巻くスピードは想定より速く、ガドが間に合うかは危うい。直線にして約三十メートル。レンと蜘蛛を繋ぐ糸を切る時間は無さそうだ。

 必死に走ってガドはキュルファラスの顎を目指す。糸を切れるか分からないなら本体を叩くまで。

 刻々と限界が迫り、狩猟者と獲物の距離は縮まっていく。

 一歩、また一歩。

 どうにかガドはギリギリで蜘蛛に追いつき、槌を振り抜こうと構えた。

 この近さではレンまで吹き飛ばしてしまうが、喰われるよりはマシだろう。

 大男は覚悟を決め、武器を振るう。

 と、同時に男と蜘蛛は大きく後方へ吹き飛ばされた。


「……ァッ!?」

「ほほーう」


 シフルは面白い物を見たという楽観的な態度を示して、大してその気もないのに、ガドに一声かけ安否を心配した。

 

「……なんだ……何が起きた?」

「これは非常に良くない」


 自力で糸を破壊したレンの全身には謎の紋様が走っていた。

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