みち
「さっき倒したのはこいつの子供だったってわけね」
顔を引きつらせながらも背中の剣に手をかけるフェリシアを、レンはとどめる。
「ちょっと待った。こいつは俺が一人でやる」
「は? 何言ってんの!? スライムもろくに倒せないのに、こんな大物いきなり相手にできるわけないでしょ! 死にたいの!?」
「いや、なんか、こう……いける!」
根拠のない自信で満ちた正真正銘の阿呆が武器も無しに、知恵も無しに気合だけで飛竜へと一直線。
「バカ!」
レンは飛竜が翼をはためかせ作る強風の中を、髪の毛を逆立てながら無理に進んでいき、走った勢いそのままで強く地を蹴り空高くジャンプした。その高度は五メートル近く、普通の人間が跳べる限界を優に超している。
飛竜の頭上までその男は跳んだ。
「!?」
直線番長の意味不明な跳躍力にフェリシアは自身の目を疑う。そして、次に目にする光景にも度肝を抜かれることとなった。
レンは両の手を合わせて固く握り、力強く叫びながら飛竜の頭へと叩きつける。素手でドラゴンを倒そうという暴挙に出た人間は、おそらくこれが初めてだろう。人類史上初。人類の新たな道を少年は開拓する。
その思い切りの良い一撃を受けた飛竜は堪らず地へと落とされた。地面がその衝撃で軽くえぐれてクレーターのようなものができる。
絶句するフェリシア。あり得ない。この世界に来てまだ間もない、モンスターのこともよく知らない、魔法も使えなければ技術も無い、武器すら持っていなくて戦闘経験皆無、そんな超ルーキーがドラゴンと戦って一泡吹かせる。そんなことが可能なのか。
不可能。そんなことは自明の理。しかし、フェリシアは目にしてしまった。経験してしまった。不可能が可能になる瞬間を。
それは輝かしい事であるが、同時に恐ろしい事でもある。
未知なる力を秘めた人間に、フェリシアは少しだけ恐怖を覚えた。
「うおっしゃあああああ! フェリシア! やったぞ! ……フェリシア? おい、どうした。おーい」
「え、あ……ええ」
陽気に手を振るレンに、当惑する様子のフェリシア。
その二人を殺気立った目で睨み付け、地に落ちた竜が立ち上がろうとしていた。
「レン! まだよ! 後ろ!」
「え」
竜の咆哮を聞いたレンは、すぐさま後ろを振り向く。しかし、もう遅かった。横からはらわれた大蛇のような尻尾がレンを捕え、その体はいともたやすく遠くへと吹き飛ばされて地面を転がる。
「レン!」
血まみれの体はピクリとも動かない。不安になったフェリシアはレンのもとへ駆けようとするが、それをぐっと堪える。
もし、今レンを助けに行けば、自分も死ぬかもしれない。それならば、先に飛竜を倒し、急いでレンを治療する。そう決心した。
目の前に佇む飛竜を真っ直ぐ見据える。
「私が絶対助けるから……」
そうして、彼女は剣を抜いた。