シグナルU
満月の夜。
レン、シフル、ガドの三人はノヴァスの一端で腰を落ち着けていた。
「しかしまぁこんな簡単に見つかるなんてな! これも俺の運が成せる業よ!」
「あんた五日近く迷ってたんでしょ。よく言えたもんだ」
「あァ!?」
「は?」
相も変わらず険悪な雰囲気の二人。
肩身の狭いレンは自前のナックルダスターを両手でカチカチ鳴らしている。
「……っつってもな。実際のところ俺が花を見つけたのは入ってから数時間ってとこだったんだぜ?」
「じゃあ何? 残りの日数は出口を探すのに要した時間だと?」
「そうだ」
シフルは蜜の入った小瓶を掌でコロコロ転がしながら質問を続けた。
「ちゃんと印はつけたのかい?」
「てめぇ俺のことバカにしてんのか?」
「まぁね」
「……! お前!」
「あーはいはい。ごめんなさい。僕が悪かったよ。……話を続けようか。とすると、ガドさんが出口に向かう間にノヴァスは形を変えたと?」
「そういうことになるな」
「参ったな。予想より遥かに早い。数時間周期、いや下手すると一時間周期で……」
込み入った話をしている二人にレンが率直な疑問を投げかける。
「あのー……そもそもなんですけど、洞窟が形を変えるなんてあり得るんですか?」
すると、ガドは何を思ったか豪快に笑ってその問いかけに答えた。
「はっはっは! 小僧! そりゃあそうだよな! そんなことあって堪るか! 地形変動が一日数回? 冗談も休み休み言ってほしいよなぁ! ……しかし、だ。実際に体験してしまったら何も言えねぇ。これが現実。これは現実なんだ」
「そうなりますよねぇ……。でもなぁ……何か引っかかるんだよなぁ……」
その言葉にシフルは髪で隠れて見えない目を向け、いつになく真剣な口調でレンに尋ねる。
「それは一体どういう意味だい?」
「いや、だってさ、そんなにグルグル道が入れ替わったりしてるんだったら地震みたいな揺れがあってもおかしくないんじゃない?」
「確かに、普通ならね。でもここは」
「普通じゃない、って? それが盲点な気がするんだよ……。なんかこう、前にもあったんだよね。……あ! あれだ! エンギュルグ!」
「あ? エンギュルグ?」
「ちょっと待ってガドさん」
レンに突っかかろうとするガドをシフルが制止する。彼はガドに言い聞かせ、立ち上がった巨体を鎮めた。
一体自分が何をしたというのか。さっぱり起こっている事を把握できないレンは素っ頓狂な顔をして呆然と二人を見つめるだけだった。
場が収まったあと、シフルは姿勢を正してもう一度レンに聞いた。
「で、何がおかしいって?」
「うーんと、つまり、実際には道変わってないんじゃない? 俺らがそう思ってるだけでさ」
「幻視?」
「そう! 幻覚! なんかここにすげぇ魔物がいて俺達に幻覚見せてるんじゃないかなって!」
キラキラした目で話すレンにガドは深く頷く。
「ほーう、小僧、なかなか良い脳味噌持ってんじゃねぇか。シフルより使えるぜ」
「……まぁ今回は彼に感謝するよ。言われてみれば当たり前のことだね。ふむ……」
シフルは小瓶をコツコツと指で一定の速度をもって叩き、考えを巡らせていた。
他方、レンはレンで何かに違和感を覚える。
何に? 環境に? 他人に? 自分自身に?
そして、シフルは熟考した末、レンの案を受け入れることにした。
「じゃあそのモンスターとやらを探しに行きますか」
「って言ってもどこに行けば会えるかなぁ」
「はてさて……」
解に辿り着くも途中式の算出に悩むレンとシフル。
こうしている間にも刻々と時間は過ぎ、ノヴァスはその顔を変貌させていく。不気味に淡く光る壁の鉱石、それを受け幻想的に輝く小さな湖、幾多にも伸びる小路はその奇妙な魅力に引き寄せられたようだった。
無駄に広い空間では、ガドの持つ大きな身体も小さく見える。彼はおもむろに自身の槌を持ち上げて、準備運動を始めた。
「どうしたのガドさん。まだ方針は決まっていないんだよ?」
「いいか、シフル。良い事を教えてやろう。答えが分かってんなら……」
彼は自慢の武器を大きく振りかぶって。
「自分なりに導きゃいいんだよ!」
壁や床に打ち付けた。
「おいおいおいおい! 何やってんだ! あんたそんなに頭のおかしい奴だとは思ってなかったよ!」
「ハッハッハァーーーー!」
ガドは楽しそうに破壊活動を続ける。湖は悲鳴を上げ、鉱石はくすんで額から外れた。
彼の起こす振動とは別に、大きな地のうねりが三人に伝わる。
「え!? これヤバいんじゃないの!? 崩れるって感じじゃ!?」
レンの言葉を聞いてガドは動きを止め、満足げに笑った。
「いいや、小僧。それは違う」
「え、でもこの地鳴り……」
「もし小僧が大事なもん壊されたらどうする?」
「大事なもの?」
「俺なら真っ先に犯人を殴りに行くね」




