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陽は根を張り、水面に波紋を

 どこからともなく声が聞こえる。

 聞き覚えのある儚く脆くて危うい声。

 闇で覆われた渾沌に差した一寸の光に呼応して、ビビとティーネは我を取り戻す。


「くーちゃん!」

「はい! その声は……ビビさんですね! みなさん大丈夫、ではないかと思いますが、どうなっています? 私まだハッキリ状況が掴めなくて……」


 果てしない人形部屋に響くクローディアの声に安堵して、ビビは質問に答えた。


「あたしもティーネも……とりあえずフェリシアも無事ではいる! というか何、どうしたの? 状況が掴めないのはあたし達の方かもなんだけど……!」

「あ、そうですよね……。ちょっと待って下さい、もう少しで…………あ、はい! 分かりました! これで万事おーけーです!」


 クローディアがそう言うと、何かに束縛されていたディルガーは更に苦しそうな顔をして身体を強張らせた。


「えっと……何から説明しようかな……。……お三方とも私の能力は知っていますよね?」

「能力?」

「確か……記憶をどうこうっていう能力だよね?」


 ティーネはビビの代わりに質問に応じる。


「はい、そうです! それでですね、お二人が悪夢と言っていたので何かおかしいと思って……その……誠に勝手で申し訳ないのですが、みなさんの頭の中を覗かせていただくことにしました。私が扱ったことのある能力は記憶に関してのみでしたが、夢と記憶は切っても切れない関係にあるのでもしかしたらと……その、すみません!」


 何故か謝るクローディアに二人は戸惑いつつも笑って返した。

 そしてクローディアは謝りながらもまた何かをしたようで、次の瞬間には三人の拘束状態が解かれ、ゆっくりと下降した末に、見えない地に足が着いた。

 隣にいるフェリシアは未だに放心した様子だが、先程よりも自分を認識できているようである。

 他方、ディルガーは抵抗するよう体を懸命に動かそうと努力している風であったが、それはまったく実を結ばなかった。


「ありがとう、くーちゃん! とりあえずアタシ達みすぼらしい格好になっちゃったから何か着るものでも……」

「そ、そうですね! でも、みなさんが望めば衣類の召喚くらいは余裕だと思いますよ」

「望めば……?」


 ビビはさっきの思考を思い出し、自らを鎧で包む姿を想像する。

 すると、すぐさま彼女の身は見慣れた重装で守られ、心強い親しんだ矢も手に生まれた。

 ティーネもビビの姿を見て自分も、と。彼女も同じく早々と馴染みの装備に包まれた。


「おお! これは便利!」

「これもしかしたらダーリンもたくさん呼べたり……?」

「あ、それは無理そうです」

「な、なんだぁ……」


 そんな拍子抜けな会話を終えた後、ビビはフェリシアに目を向ける。

 彼女はいつの間にか鎧で身を守っていたが、驚愕した表情でずっと宙を見ていた。


「フェリたん? ……フェリシア。……フェリシア?」

「え? ……あ、ああ。その、そうね……えぇ……。あ、その……クローディア、ありがとう。助かったわ」

「え、あ、はい……大丈夫ですか? 何かちょっと」

「大丈夫よ」


 フェリシアは強い一言でクローディアの言葉を遮った。彼女の目にはガラスに反射した自分の姿しか映っていない。


「んで、くーちゃん。これは結局どういうことなの?」


 ひとまずこの場を片付けようとビビが口を開く。


「その夢……っていうか記憶? があたし達を襲った原因ってわけ?」

「概ねそのような認識で大丈夫かと思います。調べたところ、このメルという街には時たま不思議なモンスターが出まして、その名をディルガーというらしいです」

「ディルガー? でもそれって……」

「はい。お見受けした感じだと、みなさん面識のある方のようですね。……実は元々そのモンスターは人間だったらしいのです」


 その言葉を耳にして双子は鉤爪男に顔を向けた。


「罪を負わされ、何もない地に放り出されて行き倒れた結果、近くに栄えていたメルという街に憑りつき怪物化したという噂が、ディルガーには存在します」

「それって幽霊ってことじゃ……?」


 ティーネの言葉をクローディアは慌てて否定する。


「いえ! 違います! 決して幽霊じゃありません! そんな筈はありません!」

「あ、なんかゴメンね?」

「……いえ、問題ありません。取り乱してすみませんでした……。ん、んんっ! では改めてお話させて頂きますね? ディルガーは一応実体を持っていたらしいのです。そしてあるルインが討伐したということなんですが……時折、その……悪夢として人々を襲うことは絶えなかったようです。つまり半分が魔物、半分が幽体ということですね。なので完全に消滅させるためには……ってアルム? これやっぱり幽霊じゃないの? ねえ! アルム!」


 何やら鬼気迫った様子で慌てふためくクローディアをティーネが何とか制止しようと試みる。会話が右往左往して七転八倒したところで、ようやく彼女は落ち着きを取り戻した。


「ふぅ……。あ、それでですね。えーっとその、そう! 完全に抹消するためには残留部分である幽体の方を消さなくてはいけないみたいです。つまり記憶に寄生する、今みなさんの目の前にいるディルガーを消せばすべては解決です!」


 クローディアがすべてを話し終えると、抵抗していたディルガーも諦めたようで、悲しい顔をして薄く笑っていた。

 雁字搦めだった無の圧力から解放され、彼は力ない様子で床に座り込む。

 そんな姿を見て、ビビは思わず尋ねた。


「ディルガー……ディルガーさんは、その……あのディルガーさんなの? あの庭師のディルガーさんで間違いないの?」

「……ああ、そうだよ。君たち三人が通っていたバウルドスクール。そこに勤めていた庭師のおじさん」

「なんでこんなことを……」


 彼女がそう聞くと、ディルガーは細々と言葉を紡ぎ始めた。


「あれは何年前だったか……もう忘れてしまったけどね。おじさんはスクールに解雇されたんだ。こいつは子供たちを脅かす危険な存在だ、って。実際は何もしていない。ただ子供たちに戦ってほしくなくて……。子供は子供らしく楽しく生きていれば良い、なんてことを日々話していただけなんだがね。それが学長さんには憎たらしかったらしい。まあ、そうだ。戦士を育てる学校で戦意を削ぐような意識を刷り込まれたら営業妨害甚だしいからね。おじさんは会議にかけられて、ついには街から追い出されたよ。色々ないことを非難され、証拠をも捏造され、おじさんは遠く何もない地に飛ばされたんだ……」

「それはあまりにも……!」

「いや、いいんだ。僕は僕の性分を理解していたからね。あの場にずっと残っていたら……もしかしたら更に多くの子を犠牲にしていたかもしれない……」

「ディルガーさん……」

 

 何とも言えない表情で二人の姉妹は唇を噛んだ。

 ディルガーは己を自覚し、涙を流して上を向く。決して洗い流されない大きな罪を一身に受け、押し潰されそうになりながら。


「ああ……僕はなんてことをしてしまったのだろう……。許されやしない……。僕はどうすれば良かったのだろう……。…………触れるべきではなかった、美しいものはそっとしておくべきだったのかもね」


 彼がそう言うと周りの棚が急に振動して、中から無数の人形が飛び出した。そのどれもが本当に綺麗で美しく、この世ならざるもののような魅力を放っている。

 人形たちは何か言いたげな顔をしてディルガーを見つめていたが、最後には笑って空へ帰って行った。

 

「さあ、これで仕舞いだ。人形にした子たちは元々魂を抜き取っただけだからね。元の身体は意識がなくなっていただけで、心臓の機能は停止していない。今、みんなに魂を還したからこれでせめて……。さて、クローディアちゃん、と言ったかな。お願いだ。おじさんを消してくれないか」

「え、あ、はい。え、あの……」

「ちょっと待って!」


 戸惑うクローディアにティーネは言った。


「消さないで。くーちゃん。確かにディルガーは……ディルガーさんは悪い事をしたけど、その、今ちゃんと反省して皆を無事に戻したし……消す必要はないんじゃないかって。……それにディルガーさんを消すってことは、アタシ達の記憶からディルガーさんを消すってことでしょ?」

「……はい、そうなります」

「ダメ! そんなの……!」

「ティーネちゃん」


 どうにか消滅を阻止しようとする彼女にディルガーは優しく、子供に言い聞かせるように。あの時の笑顔で彼は柔らかい声でティーネに言った。


「ううん、いいんだ。ティーネちゃん、ありがとう。でもね、おじさんはその言葉だけで十分だよ。おじさんは消えなくちゃいけない。今は自分を制御できているけど、いつまたさっきみたいに理性が飛ぶか分からない。そうしたら繰り返して多くの子を傷つけてしまうんだ。だからね、ここでさようなら」


 奇怪な見た目をしていたディルガーはその姿を正し、いつかのあの日の姿で三人の前に立つ。

 ボロボロで、汚れていて、土と葉の匂いがして。けれど陽だまりのようにあたたかい心で包んで。


「フェリシアちゃん、久しぶりだね。ごめんね、また寂しい思いをさせてしまって」

「いえ、その……」

「そうか、もう長い月日が経ったもんね。人は変わって、成長していく……。フェリシアちゃん、何か辛いことを思い出したかい?」

「……!」


 その言葉にフェリシアは心臓が飛び出しそうになる。冷静さを取り繕おうとしても身体が震えてしまって、汗も止まらない。

 彼女の弱々しい手をディルガーはそっと握った。


「大丈夫だよ、大丈夫。人生はね、何があるか分からないんだ。自分でどうにかできることもあれば、いくら頑張ったって人の力じゃどうしようもないこともある。いいかい、全部を自分のせいにするんじゃない。君はすべてを一人で抱えようとする癖がある。誰のせいでもないことは許していいんだ。他人を大切にするのと同じように自分を大切にして。ね?」


 ディルガーが微笑むと、フェリシアはその目を見てゆっくりと頷いた。

 彼女が安心したのを見てホッとすると、彼は次に双子の方へと向き直る。


「君たち二人も見ない間に随分と変わってしまったようだね」

「フフーン! どうこの金髪似合ってるでしょ?」

「アタシの銃さばきも進化したよ! ほら、二丁を自由自在に操れるんだから!」

「ふふっ、そういう陽気な所は変わっていないね」


 嬉しそうに懐かしむ表情でディルガーは二人に話をした。


「君たち双子は似ているようで似てない。ビビちゃんは普段軽く振舞っているけど、変な時に考え込んでしまう。心配しなくても良い事まで心配して失敗する傾向にあるんだ。反対にティーネちゃんは軽率すぎる。いざという時に考えなくはいけない事を考えず我武者羅に突っ込む節がある。気付いてた? そして二人に共通すること。それは他人を広く受け止められるということ。自分に優しく、他人に優しく。簡単なようで意外と難しい。それを君たち二人は持っている。どうかそれを捨てないで、強く優しく生きてね」

「うわ、なんか恥ずかしいな」

「ね、照れちゃう」


 ビビとティーネはディルガーと笑い合って思い出に浸かった後、上を向いてクローディアに話しかけた。

 いつまでもここにいるわけにはいかない。

 夢は覚めるものだ。

 彼女たちには今がある。現実がある。

 しっかりと決別しなくてはいけない。


「では、みなさん、いいですね。これからディルガーさんに関する記憶を消去します。目を覚ましてから、その記憶を取り戻すことはありません。……本当にいいんですね?」

「えぇ」

「うん」

「いいよ!」

「……お願いするよ」


 全員が口を揃えて承諾した。

 そしてクローディアがディルガーの寄生する記憶を抹消し始めると、彼の体は徐々に薄れていき、消えゆこうとする。

 幾千もの光の粒が螺旋を作り、天へ高く高く。



「それじゃあ、みんな、おやすみ。良い夢を見るんだよ」



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                                安らかに

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