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足元まで伸びる網

「ほー……たいしたもんだ」

「おう! これくらいの敵なら楽勝よ! 俺に任せときなさい!」

「それはそれは頼もしい限りで」


 入口から続く一本道を歩くこと数分。少しだけ開けた空洞が彼らを出迎え、そこで二人は一頭のモンスターと対峙した。

 冷えた地面に横たわる小型の獣脚類をウィムは慣れた手つきで解体する。


「にしても、ここは外より涼しいなー!」

「僕には寒いくらいだけど」

「動いていれば寒さなんてへっちゃらだろ! なんてことねぇって! 運動! 運動!」

「そーだね。動いていられれば、それが一番かも。最悪、動かなくなって、冷たくなって、ま、そん時は潔く輪廻に飲まれようかねぇ……さてさて……」


 ナイフを手放し、次にウィムは遺体へ腕を突っ込んだ。

 近くでスクワットをしていたレンはむごたらしい音に顔をしかめ、恐る恐るウィムに尋ねる。


「何してんの?」

「……んー? ちょっとねー……ここら辺に……お、あったあった。これじゃん、これじゃん」


 血塗れの骨を取り出し、指で何度か叩いて状態を確かめる。音の響き方を耳で精査すると、ウィムは首を捻って、それを投げ捨てた。


「結局なんだったん?」

「この種は基本的に群れを成して行動するのがセオリーなのさ。今は何故か一頭だったけどね。では、問題。集団で意思疎通をするにはどうしたらいいでしょうか?」

「目配せ?」

「もっと直接的」

「……言葉?」

「そうそう。言葉。あいつらも会話で集団行動しているってわけ。で、さっきのは一定の周波を鳴らすための骨なんだけど、もう使い物にならなくてさぁ」

「あー……」


 奇形に変化した亡骸。レンが思い切り何の躊躇もなく全力で殴った結果である。

 別に誰が悪いという話でもないが、彼は彼で罪悪感を抱いていた。


「オレンジボーイが気にすることじゃない」

「んー……そうかなぁ……」

「そうだよ。それに必要な物なら予め自分で用意しておくのが、強者に及ぶ絶対効だしね」

「それ使い方合ってる? まぁいいけど。そういえばウィムはずいぶんと身軽だよな。苦労しないの?」

「するかしないかで言えば、するね。客観的にはそう見えるだろう。でもでも、僕は一度だって苦だとか愚だなんて思ったことないし、むしろこれを幸福とすら思っている。くだらねーまじないは糞食らえですよ」


 つかみどころがないというか、不安定というか、もやがかかっているというか。

 今にも何処か訳の分からない場所へ消え去ってしまいそうな。

 ぼさぼさな頭に詰まっている果肉は赤く燃えていて、覆い隠された眼には己が映る。

 些細な挙動もその枠に納まれば一つの真義と足り得よう。

 レンは呆けた顔で一度として目にしていない眼に焦点を合わせ、深く頷き拳を握った。


「よくわかんないけど、すげぇぜ! まじリスペクトっす!」

「ところでオレンジボーイ」

「なんすかー?」

「オレンジボーイって呼ぶの疲れたからさ、略してレンって呼んでいい?」

「普通にレンって呼んでくれ」




 広間、と呼ぶには少々狭い空間なので、小広間とでもしておこう。

 この小広間から拡がる道は全部で三つ。厳密に言えば、二人が通ってきた道を含め四つ。入り口から見て、左、中央、右、へと洞は分かれている。


「どう進もうか」

「男は黙って真っ直ぐ進めぇい!」

「待った待った。薄々思っていたけど、レンは馬鹿だね?」

「そうです!」

「清々しい返事をどうも」


 ウィムは穴の近くまで寄り、それぞれの前で数秒立ち止まった。

 音。におい。風。

 感じられるものを感じられるだけ感じ、その奥に潜むものを探る。


「……よし」

「どう? 分かった?」

「さっぱりだ」

「はぁん!?」


 ひょうきん男は腕を組み、口笛を吹きながら辺りを見回していた。

 涅槃の穴と恐れられるノヴァス。一度潜り込んで戻らなかった者が後を絶たないという。

 厄介な化け物が多く生息する地獄のような場所。そこに飾られる魅惑の鉱石、艶やかな植物、その他多くの希少物。奇奇怪怪な煩雑環境を繋げる巨大な迷路。

 それがノヴァスの実態である。


「やっぱり真っ直ぐ行こうぜ! 悩んだらとりあえず進むべし!」


 そんなレンの言葉を無視してウィムは飄々と小広間を闊歩する。


「ウィムさん……シカトはきついっす……」


 またもレンの言動を流して、彼は一人楽しそうに考え事を進めた。

 未だ床に転がり異臭を放つモンスターの死体。

 ウィムはそれが目に留まると閃いた様子で駆け寄る。ぐちゃぐちゃという音を立てながら、再び解体作業を始めた。


「おぉう……なんだか生々しくてつらいぜぇ……」

「今更そんなことが言える義理でもないだろ? うん? ……さて、こいつはどっから来たんだっけな」


 死体の腹部をいじりながら彼は尋ねる。


「え? そいつ?」

「そう。右、左、真ん中。どこだっけかね」

「確か左だな!」


 それを聞いたウィムは立ち上がって、赤黒く汚れた蕾を宙に放り投げた。


「じゃあ左だ」


     -・ ・・ --・ ・・・・ - -- ・- ・-・・


「悪夢って?」

「それが……えーっと……」


 思い出そうとしても思い出せない。しかし、何かあったことは確実だ。気持ちの悪い、不快で苦痛な夢。

 ティーネはクローディアの震えた手からコップを受け取り、静かに中の冷水を喉へ流した。


「何か……何かとても怖ろしいことが……」


 彼女は自分の髪を握りしめて、呼吸を荒くしている。

 フェリシアはそれを見て冷静に言った。


「禿げた夢とか?」

「違うよ! 断じて違うよ! それだけは絶対ないよ!」

「なんでそう言い切れるの?」

「う……確かに……」


 何も思い出せない。ただ恐怖だけが脳裏にこびりついていた。


「嫌なことなら無理に思い出さなくてもいいと思いますよ」


 落ち着きを取り戻したクローディアがベッドの傍らで苦笑する。


「……それもそうだね」


 場が一段落したと思えたのも束の間。

 ビビが冷や汗をかいて目を覚ます。顔面蒼白。彼女の動悸は激しく、何かに襲われた風だった。


「禿げたの?」

「禿げてないよ! ってか開口一番ハゲって何?!」


 フェリシアの様子を見て、まだ酔いが抜けていないのだろうかと陰ながら心配するクローディア。


「あたしは今……いま……あれ? なんだったかな」

「ビビ姉! それアタシも! とにかくヤバかったのだけ覚えてる!」

「え、ティーネも? 良かったー!」

「いや、何も良くないけどね!」


 妙な威圧感に押される室内。気味の悪い空気がコテージを漂っている。

 黒い気配が場を包む中、アルムは頓狂な顔で二人に言った。


「二人とも酔ってるだけじゃないのー? お酒くさいし!」

「「え、ホントに?」」


 双子は声を揃えて驚き、同じ動きで自らの体臭やら何やらを確認した。


「分かんない……どう? ティーネ」

「うーん……アタシもあんまりかな……」

「え~くさいよぉ~」

「素直に傷つく……。じゃあ、お風呂入ってくるかな。ダーリンに嫌われたくないし……」

「あれ?」

「ダーリン/ハニーは?」


     -・ ・・ --・ ・・・・ - -- ・- ・-・・


 蛇のように絡みつく管と管が感覚を狂わせた。

 無数に拡がる如来の脈は果てに迷いを打ち消し静寂と帰す。

 たびたび襲い来る小さな獣を蹴散らしながら、二人の奔走は順風満帆といった感じであった。


「……ここさっきと同じところじゃね?」

「いーや、鉱物の質が違う。それに先から来る空気……よし、そこの分かれ道を右に行こう」

「それにしてもだいぶ深くまで潜った気がするなぁ」

「そうだね。直線距離で三十キロくらいかな」

「ほーん……。ここってさ、なんかもっと怖いところだと俺は思ってたけど、意外と拍子抜けっつーか」

「いやいや、地獄の一丁目だよ。外面如菩薩内心如夜叉、まさに女の子のようにね。あーこわいこわい」


 ウィムが言う通りに右の通路を進んでいくと、熱気が肌をかすった。


「なんだかぽかぽかしてきたな!」

「やっぱりね。浸かっている暇なんてないけど」

「温泉!」


 あつらえたような温泉広間が先に見える。

 レンはいそいそと広間へ向かおうとしたが、ウィムがそれを制止した。


「先客だよ」


 洞の陰からこっそりと覗くと、男女が仲睦まじく湯に浸かっている光景が目に入る。

 温泉の近くには脱ぎ散らかった鎧が一組と大槌が置いてあり、女性用の武具は一切見当たらなかった。

 湯あたりらしからぬ頬の染め方をした男は緩み切った顔面で女体をまじまじと見つめ、対して、白銀の髪を持つ耳の尖った女は淫靡な仕草で視線を誘う。

 レンが興奮して飛び出そうとするも、またもやウィムに止められた。


「あれエルフだろ! めっちゃかわいいんだけど! 早く行こうぜ! 行こうぜ!」

「遠目で我慢しな」

「えー……なんで……」


 そう言いながらレンは渋々従う。

 ここからではあまり見えないので、極鍛術を使い、そのエルフの体を鑑賞することにした。

 その金色に輝く目を怪訝な顔で窺うウィム。


「それは?」

「あー……えーっと極鍛術。なんか修行したらできるらしいけど、俺はすぐできちゃった」

「ふーん……」


 魅惑的な身体に釘付けのレンは彼の言葉を半分聞き流し、その横で質問者はボロの手帳を広げて何かを書き込んでいた。


「やっべー! やっべー! うっひょー!」


 はしゃぐレン。

 そして、ウィムは静かに語りだす。


「あれはエルフじゃなくてイフェルトだよ。エルフはもっとしとやかで高潔さ。しかし、あのイフェルトってやつも見ての通り綺麗で可愛いだろう? けどね、実はとんでもなく下衆で屑野郎なんだ。いや、野郎じゃないか……。まぁ見てな。あの阿呆が悪魔に飲まれる憐れな瞬間を」

「……飲まれる?」

「ああ、イフェルトは人を食うからね」

「は!? あのゴリマッチョ食われんの!?」

「そーかな? それはあいつ次第だねぇ……楽しみ楽しみ……んん?」

「こうしちゃいられねぇ!」

「あ! おい!」


 レンは即座に広間へ駆け込み、男とイフェルトの元へと向かう。


「そこの人! そのねーちゃんから離れて!」

「あ?! なんだてめぇ!」


 男が立ち上がると、イフェルトはその容姿にそぐわぬ鋭い歯で男に噛みつこうとする。


「やべぇ! 間に合わねぇ!」


 すると、意外にもその裸男は己の屈強な腕でイフェルトを殴り飛ばした。


「ふんっ!」


 剛腕は一撃でイフェルトを落とし、激しい剣幕でレンを睨む。

 二メートルはくだらない巨体。腕も脚も丸太のように太く、筋肉隆々。こちらこそ化け物じゃないかと疑うレベルである。


「小僧のせいで癒しの一時が台無しだ」

「そ……それは大変失礼致しました……」


 全裸の巨漢に叱られるレンの後ろから、ゆっくりとウィムが現れた。


「それはひどいんじゃない? 彼はあんたを助けようとしたんだからさ」


 大男はウィムの姿を見るや否や顔色を変える。


「……シフル? こんなとこで何してやがる」

「いやいや、それはこっちのセリフってもんよ。あんたこそ何してんの? ガドさん」

「えーっと……ウィム、これはどういう状況?」


 その名前を聞いて男は豪快に笑った。


「お前また飽きもせず偽名使ってんのか? しかもセンスねぇ名前だな!」

「年上だからって調子乗ってると殺すよ?」

「お前も年下のくせに粋がってんじゃねぇぞ」


 今にも死合を始めようとせん彼らをレンが必死になだめようと努める。


「まぁまぁ! お二人さん! ここは僕の顔に免じて……」

「黙れ小僧! ってか誰だ!」


 バカには無理だった。


「彼はレンっていう……なんだろうな……まぁ風来坊かな」

「風来坊?」


 ガドという男はレンを殺しそうな目つきで見やって、一定時間経つと興味なさそうにウィムもといシフルへ視線を戻した。


「で? お前は何でここに?」

「質問を質問で返すようで悪いけど、ガドさんこそ何故ここに?」

「それはお前、メルの酒場で可愛いねぇちゃんに頼み事されたからに決まってんだろ」

「何も決まってないけどね。ってか、そういう……はぁ……。ちなみに何日前からノヴァスに?」

「五日前だ」

「音信不通の理由はそれか……」


 シフルは呆れた様子で薄い笑みを浮かべる。


「パラベラが怒ってたよ。そりゃあもう面倒なくらい」

「ふーむ……だが、あの子に怒られるなら、それはそれでアリだな!」

「本当にどうしようもないね。この屑は」

「あぁ? やんのか陰毛頭」

「……さすがに笑えないぜ、淫乱ジジイ」


 殺伐とした空気の中でレンはどうしていいか分からず、ただただ頬を引きつらせるだけであった。


「……まぁ、今は勘弁してやらぁ。そんで? 見つかったのか?」

「さてね。けどまぁ、事は上手く運ぶと思うよ」

「ふむ……」

「で、依頼には応えられそうかい?」


 未だ真っ裸のガドは自分の鎧が置いてある場所へ向かい、その中から誇らしげにラミィの蕾を掲げた。


「はっはっは! どうだ!」


 頭を抱えてシフルは笑う。


「蕾の状態で摘み取ったら花は咲かないだろう。まぁ、頭にはお花が咲いているみたいだけども」


 冷静沈着な人柄だと思っていたシフルは案外喧嘩っ早い気質の持ち主なのかもしれない。

 人の性格はいつまでたっても把握できないものなのだ。

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