ミッドナイトサン
禍々しい牙、鋭い眼光、全長の半分以上を占める尻尾、大気を揺るがすほどの風を生み出す大きな翼。二人の前に姿を現した青色の飛竜は、咆哮して大地を震わせる。
完全に思考が停止しているレン。打って変わってフェリシアは、実に活き活きとした顔をしている。
「来そうな予感はしてたのよね。これで当分の間飲み食いできるわ」
「これ、やるの?」
「あったりまえよ! ただ、小さ目だからいつもより額が落ちると思うけど」
「小さ目!?」
今まで出したことのない声が口から発せられた。
「死にたくなかったら離れて見てなさい! 私がこいつを引き付けるから!」
フェリシアは剣を抜いて両手でしっかりと柄を握り、飛竜に真正面から突っ込んでいく。一方、飛竜は一度大きく息を吸い込み、何かの準備を始めた。
レンは知っている。見覚えがあった。バーチャルで幾度となく目にしてきたその動き。仮想世界では恐るるに足らなかった、むしろ攻撃の絶好の機会であったそのモーション。しかし、現実で目の当たりにすると、そんな戯言冗談でも漏らせない。これからしようとしていること、間違いなくそれは――
「ブレスだ!」
青い飛竜は地獄の炎のように赤い火球を吐きだす。まるで小さな太陽だ。
「んなの言われなくたって分かってるわよ!」
なんの躊躇もなくその業炎に向かっていくフェリシア。手にしている剣の刀身が奇妙に光る。それを火球に斜めから降り下ろし、真っ二つに切り裂いた。
「うそおおおおん!?」
唖然とするレン。フェリシアは二つに裂けた太陽の間を走り抜け、飛竜の頭に切りかかる。
「うおおおおおおおおおおお!」
妖艶な光を放つ剣は飛竜の頭部をも上から下に、豆腐を切るかのように軽々と切断した。血が噴き出る。その鮮血を目にしてレンは生を感じた。
「意外とあっけなかったわね」
剣に付いた血を払い一息つく。そして剣を鞘に納め、首から下げていたネックレスを外して倒れているドラゴンに向けた。ネックレスについている丸い水晶が輝きだすと同時にその死骸が徐々に消え始める。
レンは目の前で起こっていることに何一つついていけない。立ち尽くす姿を見て、フェリシア。
「よし、仕事完了。初めてのドラゴンはどうだった、レン。もしかして、びびっちゃった?」
「……」
黙りこくるレンに首を傾げる。
「レン?」
「……すっげえええええええ! お前めっちゃ強いんだな! 超かっこよかった! どうやって炎切ったんだ!? しかも一発で倒すとか、くぅぅぅぅうううううううう! なんか俺も戦いたくなってきたぜ! 次は俺がやる!」
先程までの恐怖はどこへ行ってしまったのか。自分でも不思議なくらいいきり立っていた。もうレンの頭には『戦』の一文字しかない。
「やっぱりあんたバカだわ」
そう言うフェリシアの顔はどこか嬉しそうだった。
「全然この世界でもやっていけそうね。心配して損したわ。じゃあ、とりあえず今日はおしまいよ」
「はい! リーダー!」
一仕事終え、その場を立ち去ろうとした二人の耳に嫌な音が入り込んでくる。それと共に強風が吹き荒れた。
「まさかね……」
空を見上げると先と同じ種の飛竜の姿がひとつ。ただし、その大きさは二倍、いや三倍はあるだろうか。
レンはニヤリと口角を上げる。
「俺の出番だな」