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砂丘の中の氷

 肌がべたついていて、不快だ。濡れているし、固まっている。ドロドロという言葉が一番しっくりくる表現だ。

 目を覚まして、すぐ異変に気が付いた。


「血……」


 髪をさらに赤く染め上げるそれは、彼女を甚だ不安にさせる。

 辺り一面に広がる赤い海。焦げたような生臭い空気。

 自分でも体の震えが分かった。

 フェリシアは生気を失った顔をして、虚ろな目で手元を確認し、床に転がって血に浸かっていた剣を握る。身震いしながらも何とか立ち上がって、少しの間、その場で目を閉じ息を整えた。

 首元の水晶が僅かに光を帯びている。それはこの暗闇の中だと強い輝きに感じられた。


「これは……エンギュルグ……よね」


 近くまで寄って、その異様さに戦慄する。

 焼け溶けた皮膚。そして、破れた腹部。中からは骨や臓が飛び出していて、目にした瞬間、吐き気が襲った。


「一応こんなでも、送った方がいいのかしら……」


 眉間に皺を寄せるフェリシアはネックレスを手に取って、エンギュルグの焼死体に水晶を向ける。程なくして、その亡骸は消滅した。

 その作業を終えて、大切なことを思い出す。鈍器で殴られたような衝撃が彼女を襲った。


「レン!? レンは!?」


 狂ったと思われるほど躍起になって彼の名を呼ぶ。

 最悪の結末だけは考えまいと苦心して、五感を最大限に研ぎ澄ませて辺りを探った。すると、どこからか笑い声が聞こえてくる。

 フェリシアはその先へ向かった。

 だが、途中で目の前は光に包まれ、世界は白く染まっていく。そして、何もなくなった。




 気が付けば、そこは砂漠。意識を失っていた感覚はないが、何だか妙な違和感を覚えた。


「あ! みなさん!」


 最初に声を上げたのはクローディア。その隣には呆気に取られた顔でティーネが立っていた。


「え? ん?」

「みんな無事だったか! いやー良かった! なんかすげー久しぶりな気すんな!」

「うん! おひさー! おひさー! たいよーがまぶしーなー!」


 アルムは炎天下の中でも激しく動き回る。


「え? ん? んん? んんん!? ハニー! ハニーだ! 会いたかったー! ハニー!」

「レンさん……良かった……」

「ちょっと!」


 フェリシアの一喝で騒ぎは即座に静まった。


「私達どうやってここに出たの?」


 全員が互いに顔を見合わせて首を傾げる。


「あまり覚えていないです……。でも、突然ここに出た気が……」

「なんかね、急に周りがほわーってなって、それで気付いたらここにいたよー!」

「アタシも! アタシもそんな感じ!」

「んー……俺はまったくと言っていいほど覚えてないな! うん! あと、ティーネさん……暑いでござんす……」

「おかしいですね……」


 フェリシアもそれに頷いて、ビビの方に目をやった。


「ビビ?」

「……」

「ビビ、どうかしたの?」

「……え? あぁ、いや、ちょっとね」

「何かあったのね。詳しく聞かせてもらえる?」


 レンを目の前にしても気持ちを昂らせないビビは明らかにおかしい。

 彼女は苦々しい顔をした後、ゆっくりと首肯した。


「……うん、そうだね。いいよ」

「ちょっと待ってくれ!」


 皆が一斉にレンの方に向く。


「イッキは? イッキはどこいった!?」


 確かにイッキの姿が見当たらない。広大な砂漠にある人影は六つ。レン。フェリシア。クローディア。アルム。ビビ。ティーネ。


「あぁ……それなら」


 口を開くビビに一同の関心が移る。


「裏切ったよ」

「え」

「裏切った、そう、それで話があるの」

「待て! イッキが裏切ったって!」

「ダーリン、聞いて。ね?」


 真剣に話すビビを前に、レンは大人しく耳を傾けることにした。


「さっき、ここに来る前、実はイッキと会ったんだ。それでね、イッキは他に二人の男の人と一緒にいたの。その一人に……その……似てるっていうか……その……同じ……」


 ビビは深呼吸をして言葉を続ける。


「レンがもう一人いたの」

「え!? 何それ!? どういう!?」

「ティーネ」

「は、はい……」

「それで、そのもう一人のダーリンと常に笑ってるおじさんにイッキはついていくって言ってた。そうしたら帰れるから、って」

「イッキが……そう言ってたのか……間違いなく……」

「……うん」


 レンは今までに見せたことのない思い悩んだ顔をして、しばらくの間、顎に手を当て黙っていた。

 気が狂いそうになる暑さと身を削る乾いた空気。突風が巻き上げた砂に目を瞑って、風が収まると同時に、レンは頬を緩め、気さくに笑った。


「おっけ! イッキが決めたなら、それでいい! あいつがそうしたいんだから、そうすればいいんだ! 俺が止める権利はどこにもない!」

「でも……」

「いいの! 俺が勝手にここに来て、それでイッキが追って来て……。ホントはあいつは来るはずじゃなかったんだよ。だからさ、あいつ一人が帰ったって、それは……それは……わかんねぇ! わかんねぇけど、これでいいんだよ! 何も怒ることなんてない! だからさ、ビビ」


 突然名前を呼ばれたビビは驚く。レンは優しい声で彼女に言った。


「裏切ったなんて言うなよ。な?」

「……ごめん」

「うむ! 今後気をつけるように!」

「分かったよ、ダーリン。でさ」

「ん?」

「あのダーリンは何者?」

「えー……あぁ、あれはだな。もう一人の俺だ」

「というと?」

「その……えーっと、ク、クローディア。助けて」

「え、あ! はい! それでは失礼して……」


 クローディアはレンに代わって事の真相を詳しく話して聞かせた。

 この世界に伝わる神話、二つの世界と一つの剣。

 話の途中、レンが自らの境遇を付け加えることもあった。事件からの様々な不思議体験などである。

 ビビとティーネは終始信じられない様子で笑っていた。アルムは興味深そうに張り付いて、ぶんぶんと首を縦に振っている。

 話を終えたところで、ビビとティーネは各々首を捻り、意外と早い段階で決意を固めた。


「そっか、そうだったんだね! いやー、ハニーの事もっと知れて良かったなー!」

「へ?」


 ティーネの発言に、レンではなくフェリシアが腑抜けた声を出す。


「だって、そうでしょ? ね、ビビ姉!」

「そうだよねー。いや、実際最初は驚いたけど、人間そんなものでしょ!」


 双子は見分けのつかない同じ笑みを浮かべていた。


「二人とも、何かありがとな!」

「ところでレン」

「ん? なんだい?」

「その熱ってのは、こっちに来てから出てないわよね?」


 フェリシアが言うのは、レンが事件から発症するようになった定期的な熱病のことである。


「おお! そういえば! 治ったのか!?」

「うーん、何とも言えないけど、熱を出してないってことは、そういうことなんじゃない?」

「うおー! やったぜぇー!」

「バカなあんたが病気だなんて信じられないけどね」

「何をぉお!」

「レンさん。落ち着いてください。発熱はしなくても、暑さで倒れますよ」

「アルムはどれだけ溜め込んでもへーきだもんねー!」

「ダーリン! 倒れたらあたしが介護してあげる!」

「あ! ビビ姉ずるい! ハニー! アタシもアタシも!」

「……はぁ、バカしかいないわ」


 砂の上で踊る風。夜になると身も心も震わせ、そして、また朝になると風は熱と埃を運ぶのだ。

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