表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/82

選択の整合性

 死の川を渡り行く船頭達が、幾度も手を招いて誘ってくる。甘い誘惑に負けないため、その都度、彼は川の水をすくって顔を洗い、それが放つ生々しい鉄の臭いで意識を保つのだ。




 必死に目指した希望の光は絶望の始まり。レンを待っていたのは、数えることも嫌になる程の魔物の群れである。その集団のおぞましい叫び声が耳に入っていたのにも関わらず、彼は一心に光を目指し、歩みを止めなかった。それ程、その時の彼は切迫していた。

 狡猾な目を持つ狼。翼を広げる小さな爬虫類。二足歩行の牙獣。地を這う巨大な多足類。様々な魔物が暗く湿った空間で互いを潰し合っている。おそらく、各種の領土を広げるための縄張り争いだろう。その中心地がまさにここである。

 当然のことながら、その地に足を踏み入れた彼は否応なしに襲われた。

 真っ先に反応したのは狼である。そいつはレンの顔を目掛けて突進してきた。彼は間一髪で回避したのだが、その仰け反った体勢を崩すように別の狼が脚を噛む。堪らずレンはその場に倒れ込み、二匹の狼が体に乗っかってきた。素の力で振り払おうと試みるが、押さえ込まれてどうにもならない。


「……!?」


 左肩に牙が食い込む。さらに胸部、腹部を鋭い爪で引き裂かれた。

 激痛に打ち負かされそうになる直前で、レンは極鍛術の使用を決意する。

 一瞬、何かが彼の中をよぎったが、それを無視し、力を体に余すことなく巡らせ、意識は中央に、中心に向けた。

 そして、彼の目は黄金色に輝き、微かな淡い光が全身を纏う。さっきのような吐き気は襲ってこない。

 レンは全力で、顔に牙を向ける一匹の狼を頭突きで振り払い、肩を噛んでいる狼を右の拳で殴り飛ばした。その際、二匹の血が彼の体中に降り注がれる。頭突きをされた狼の頭は原型を留めていなく、また、殴り飛ばされた狼も、おかしな方向に四肢が曲がっていた。


 レンは立ち上がって周囲を見渡す。

 地獄絵図。これほど醜い光景を今まで目にしたことはなかった。虫は毒液を吐き散らしながら牙獣に巻きつき、その膠着状態にある二匹を爬虫類が炎で丸焼きにする。かと思えば、その爬虫類は狼達に囲まれ、あっという間に亡骸と化した。ある所では、地面に転がる爬虫類の肉をめぐって、牙獣と牙獣が争い、また別の所では、蜘蛛が糸を張り巡らせて、その他の虫を捕食していた。

 凄惨な悲鳴と飛び散る肉片。滴る体液に、むごい悪臭。

 初めて体感する出来事だ。きっと……いや、どうだっただろう。分からない。

 魔物は次々と襲い来る。レンが奮闘して倒した数は十、二十くらいだろう。それでも、その数は全体の十分の一にも満たず、どこまで続いているか分からない、どこまで深いか分からない闇の中から、さらにおびただしい数の魔物が出てくるのであった。


 レンはその場から離れることを決心し、来た道を戻る。後ろを振り返っても何もなかった。無残な黒だけ。しかし、それでも地獄にいるよりは良いだろう。進んできた道を辿るというのは、とても辛いことだ。全てが正しくなかったことのように思えて堪らない。

 傷だらけの体を引きずる形で魔物の群れに背を向ける。だが、それをのうのうと逃すほど現実は甘くなかった。後ろから追って来る魔物が数体。

 満身創痍で走るレンの視線の先に、突如、青い炎が宿った。それを見て、魔物は後ずさりし、地獄へと引き返していく。


「もしかして……」

「誰!? 誰か、誰かいるの!?」


 レンは炎に向かって叫ぶ。


「フェリシア! フェリシアだろ!」

「レン!?」


 徐々に近付いてくる光と共に、フェリシアが泣き出しそうな顔をして姿を見せた。


「よ、良かった……本当に良かった……。私、てっきり死んだのかと……」

「ん~っと、どっちの意味?」


 フェリシアは呆気にとられて、しばらくの間、剣に青い炎を纏わせながら黙っていた。


「どっちもよ」

「そっか! じゃあ大丈夫だ!」

「何が大丈夫なんだか」


 安心した様子で少し微笑み、彼女は地面に落ちている肉片が付いた骨を拾って、その先に火を移す。その後、もう一つ骨を拾って、それにも青い火をつけた。


「はい。松明」

「え、これ?」

「そうよ。暗かったら歩けないでしょ? いつまでも魔法使ってちゃ、私の体がもたないしね。それに獣は火を嫌うのよ」

「あー……うん。そりゃ骨まで焼かれればね……」


 複雑な表情でレンは手に握った松明を見つめる。


「レンも落ちてきたの?」

「え、フェリシア、自分で突っ込んで落ちたの? ドジっ子?」

「違うわよ! ってか、突っ込むって何? 私はトラップにかかって落ちたのよ」

「ドジっ子じゃん」

「ちが……はぁ、もう行きましょう」


 そう言ってレンの姿を見たフェリシア。


「な、何! どうしたのよ! あんた大丈夫!?」


 今まで暗がりでよく見えなかったが、松明に照らされた今ならしっかり見える。レンの体は傷だらけで、左の肩からは止めどなく血が流れていた。全身が血まみれで、臭いもひどい。


 その姿は、まるで、あの時の。

 前にもこんなことがあった。

 そう、前にも……。

 二度と、二度と、あんなことには。

 誓ったはずだ。

 誰かを犠牲にして自分だけ生き残るなんてこと、絶対にあってはならない。

 絶対に。


「私が……今度は、私がちゃんと守るから」

「フェリシア……」


 苦しそうな顔をするフェリシアの前で、いきなりレンは上半身裸になる。


「え、ちょっと! え?」


 レンは脱いだボロボロの服を自らの肩に縛り付け、止血した。


「心配すんな! 守るのは男の仕事だからな! 女は黙って守られとけ!」


 笑ってなだめる彼の姿は、こんな闇の中でも明るい。


「レン……」

「お? なんだ? 惚れた?」

「臭いわ」


 フェリシアは清々しい笑顔をレンに向けた。


「どっちの意味?」

「どっちもよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ