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ポプラナ高原の入口までやってきた二人。
「なぁ、これふざけてんのか?」
顔をしかめて指した先には『ここからさきぽぷらなこーげん』と書かれた看板。
「いや、前来た時はこんなもの無かったはずだけど」
「しかも、こんな所にポツンとひとつだけ……」
見渡す限りの大草原の中、その案内板は特に目立っている。
「ってかこれモンスターとかが壊さないのか?」
「んー、まぁここ広いし、運良く残ってるんじゃない?」
「ほーん……」
ファーストインパクトこそ強かったものの、もうどうでもよくなってしまったレンとフェリシアは、ふざけた看板の謎は放置して戦場へと足を進めた。
「さ、気を引き締めなさい。ここからは命を賭けた勝負よ」
「つっても何にもいねぇぞ」
フェリシアもそれについて疑問を抱く。
「確かに気味悪いくらい静かね……ちょっと待ちなさい」
フェリシアの目が赤く光る。
「うおおおおおおお! なんだそれ! 超かっけええええええ!」
「うっさい! 少し黙って!」
紅蓮に染まる瞳で、遠くの岩を見つめて何かを確認した後、何度か瞬きをして目を正常な色に戻した。
「向こうの岩陰にスライムが一匹いるわ。試しに戦ってきなさい」
「なあ、なあ! それどうやってやんの! どうやってやんの!」
キラキラと目を輝かせ、興奮しながら子供のように尋ねる。
「うざいっての! そういうイノセントな目で見るな!」
ワクワクしながら回答を待つレンに負けたのか、渋々とフェリシアはそれに応じた。
「……これは見えないものまで見えるようにする術。極鍛術の一種で魔法とは似て非なるものよ。極鍛術は文字通り鍛えて極める術。魔法のように元から体に宿る特別な力を使わずに、つまり分かりやすく言えば魔力を消費したりせずに使える術で、訓練すれば誰でも使えるようになるわ。ただ、相当な修行と気力が必要だけどね」
「ようは気合だな! よし! 集中! うおおおおおおおおおおおお!」
ほとんど理解していない様子のレンに、呆れるフェリシア。
「ほんっとにアホね。今すぐにできるもんじゃないって言ったでしょ。って聞いてんの!?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
無視して叫び続けるバカ男。
「せいぜい勝手に頑張ってちょうだい」
そんな言葉も届いておらず、ひたすら叫び続ける。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおお! ……お、お……おええええええええええええ」
「きったな! ちょっと、何してんのよ!」
「き、気持ち…悪い……。酔った……」
「酔った? 何に?」
ゆっくりと目を開けるレンを覗き込むと、そこには金色の瞳があった。
「こ、これって……まさか」
視覚を強化する極鍛術には三段階ある。まず一段階目。瞳の色は緑に変化して、視力が通常の二倍になる。次にフェリシアが使った二段階目。瞳の色は赤に変化し視力は五倍に、また、完全ではないが透視能力に近い性能を有することができる。そして最後の三段階目。瞳の色が金色に変化し、視力は十倍になる。そして、透視はさることながら、相手の筋肉の動きを読み取り、次の動作を予測することも無意識に可能になる。
この三段階目をレンはたった数秒で身につけたのだ。
「嘘でしょ。あんた一体……」
「……え? !」
フェリシアの姿を見るや否や、瞬時に目をそらすレン。
「どうしたの、いきなり。……あ」
何かを察して、見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「意外と胸大きかったんだな」
「こんのド変態がああああああああああああ!」
頭上に夜空のものに劣らぬ綺麗な星々が舞った。
「……ったく」
「本当にすいませんでした」
レンは正座させられて数分ほど説教を受けた。目の色はすでに普段の黒に戻っている。
「じゃあ早くあそこのスライム倒してきなさい。ちょっと離れた所で私は見てるから」
腰から短剣を抜きそれを手渡した。
「了解っす!」
早速立ち上がるが、少し足が痺れていてよろめく。しっかりと地に足がついたところで、岩へと進み始めた。と思ったらすぐに振り向く。
「スライムと戦って死ぬってことある?」
「まずあり得ないわ。それに眠っていたから、ゆっくり近づけば気付かれずに襲えるわよ」
「おお! そうか! なら安心」
抜き足差し足忍び足で気配を消しスライムに近付いて、あと数歩で短剣を刺せる距離まで到達した。
オレンジ色のスライムには目もなければ口もない。丸々としていてぶにょっとしている。まるで――
「グミ?」
どう考えても大きめのグミだ。
「これってアイテムじゃないの? 回復とかできるやつじゃないの?」
ここで悩んでも仕方がないと思ったレンはグミ(大)に切りかかる。
「もらった!」
スライムは勢いよくレンの腹に突進した。
「ぐほぁっ!?」
その場でうずくまる見習い剣士。嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねるスライム。
「くっそ……フェリシア……嘘つきやがったな……」
フェリシアは白々しい態度で口笛を吹いている。
「おんどりゃああああああああああああああ! くそがあああああああああああ!」
悔しさのあまり発狂したレンは、強風とともに雄たけびを上げた。それと同時に、スライムはどこか遠くへものすごい速さで逃げていく。
「はっはっは! 俺の覇気だけでモンスターを撃退したぞ! どうだ、見たかフェリシア!」
そう言って彼女の方に体を向けると、目の前に見えたのは一体の飛竜。
「待ってました」
唇を舐め嬉しそうな表情を浮かべるフェリシア。
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
高校生は早くも死を悟った。