銘々迷路で混迷迷走
「いやあああああああああああぁぁぁぁぁ!」
ティーネ絶賛落下中。
彼女の下で待ち受けているのは無数の刺。それはもう尖りに尖った針山である。串刺しになるまで、あと二秒と言ったところだろう。
「ぁぁぁああぁぁああぁ!」
鋭利な刺が、まさにそのままの意味で、彼女の目の前に向かってきていた。
遡ること三分。迷宮の一室から宝石……いや、仲間を求めて飛び出したティーネとアルムは、入り組んだ道を本能の赴くまま、あてもなく彷徨っていた。
「す、すごい……! こんなに集まるなんて……!」
手から溢れんばかりの宝石を抱え、それに負けないくらい目をキラキラさせる。
「ね~? 言ったでしょお?」
「うん、ありがとう! ちゃんとアルムにも分けてあげるからね!」
「ん~? アルムはいらないかなぁ」
その言葉に思わず口元が緩んでしまう。
「え、ホントに? ホントにいらないの?」
「うん、アルムはそういうのに興味ないんだ~」
手を横に広げて、くるくる回りながら、アルムは先に進んでいった。すると、少女は何かを見つけて急に立ち止まる。
「およ~?」
今まで平坦だった壁に大きな窪みがあった。例えば、狭い通路に岩なんかが転がってきて、それを避けるために使う壁の窪み、を想像してもらえれば良いだろう。しかし、今、まさに二人は狭い通路にいるわけであるが、そんなことは都合よく起こらない。
その窪みの上方には祭壇のようなものが設けられていて、一際輝く特大の宝石が祀られていた。
「何あれっ! あんなにキレイなもの見たことない!」
あれをどうにか手に入れたい、とティーネは思い、とりあえず、窪みの手前隅に宝石を丁寧に置く。それから、彼女は窪みの反対にある壁まで下がり、深呼吸をし、気合いを入れて、駆け出した。
「うおりゃっ!」
高く跳ぶため、思い切り踏み込む。
「っ……あ?」
脚を曲げ、それを伸ばそうとした次の瞬間、床が消えた。
「いやあああああああああああぁぁぁぁぁ!」
そして現在。
「ぁぁぁああぁぁああぁ!」
針山地獄は目と鼻の先。死を覚悟して、ティーネは目を瞑った。
痛みは無い。宙に浮いている。そんな気がした。きっと、魂が抜けだしたのだろう。激痛を味わうことなく、天に帰すことになったのであれば、それはそれで幸せかもしれない。いや、しかし、心残りがある。ここを去る前に、せめて一度だけでも彼、彼女の顔を見ておきたい。
そう思って、ティーネは閉じていた目を開く。眼球すれすれの位置に針。
「ひゃああああああああああああ!」
本当に宙に浮いていた。ティーネの体は刺の手前で静止していて、ほんの少しでも動いたら刺さってしまいそうなくらい近い。
「だいじょーぶー?」
落とし穴の外からアルムの声が聞こえる。
「ムリいいいいいいいい! はやく、はやく上にあげてええええええええ!」
「はいはーい!」
アルムは力をコントロールして、死の淵からティーネを救い出した。
「はぁ……はぁ……。し、死ぬかと思った……」
四つん這いになって、目を見開き、息を荒げる。何とか落ち着いてから、ティーネはアルムの方に顔を向けて、心の底から感謝の言葉を伝えた。
「ティーネは火のよーじんだね~」
「火の用心? 不用心のこと?」
「それかも! じゃあそれー!」
「ん……まぁ、なんでもいいや。ありがとね」
「あっつぅぅいいいい! フーフー……」
レンは急激に熱されたナックルダスターを冷やすため息を懸命に吹きかけるが、その努力も虚しく、その金属は己の拳をジリジリと焼くだけであった。
「ダメだ! うおおおお! あっつ! どうしよ、これ!」
「レンさん! それ、はずせないでしょうか!」
「そうか! 待ってろ! 今、はずし……あっつ! あっつ! ちょ、ちょ、ちょ……!」
どうにか自分の手からナックルダスターをはずし、それを地面に捨て置いて、熱されていた部分を泣きながら冷やす。
「……っ」
「大丈夫ですか? ……あぁ」
ひどい火傷だ。皮膚は腫れていて、所々剥がれている。赤黒く焼かれた皮は、見ているだけで苦痛を伴う程であった。
「い、今すぐ手当てします! 安静にしていてください!」
クローディアは涙ぐみながらも、迅速に処置していく。
「ごめんなさい……私が足手まといだから……」
「まー、戦いに関しちゃな。でも、今の戦闘、クローディアは全く悪くない!」
「本当に申し訳ないです……本当に……」
さらに落ち込んでしまった少女に、レンは痛みを振り切って笑いかけた。
「大丈夫だって! それ以外はマジで助かってるからさ! 今やってくれてる治療もそうだし、頭使うこととかさ、ホント言い切れないくらい! こう見えて、めっちゃ感謝してんだぜ! あんがとな!」
「レンさん……」
その言葉が偽りでないことを彼女は容易に判断できた。レンは気遣いができるほど器用でないから、そのまま思ったことを口に出してしまう。しかし、それゆえに、いつも彼が発する言葉は空っぽでなく、ありのまま本心を曝け出しているものだと確信が持てるのだ。
レンの手当てを終えたクローディアは瞳に溜まった涙を拭い、少し赤くなった目を細くして笑顔を作った。
「サンキュ! 助かったわ!」
「いえいえ、お互い様です。それにしても……」
クローディアは包帯で雁字搦めにされたレンの拳を見て呟く。
「炎って撲殺できたんですね」
「クローディア……言い方がこえぇよ」
少女は呆けた顔で、可愛らしく首を傾げた。
ドーム状になった部屋の中央で二人は少し休む。この部屋の壁には廊下と同じような灯があり、空間全体を薄暗く照らしていた。しかし、実は先刻まで、内部は幾分か明るかったのである。なぜ部屋は暗くなってしまったのか。現在、二人がいる場所では、先程まで大きな炎が燃え盛っていた。だが、あろうことか、それは炎を纏った、いや、炎そのもののモンスターであったのだ。二人が部屋に立ち入るや否や、その炎は彼らを襲う。それをレンが何とか破壊して、火炎の化け物は無残に消え去った。そして、今に至る。
「やってみるもんだな。めっちゃ熱かったけど……」
「あまり無茶はしないでくださいね」
「分かってるよ! 程ほどにだろ? 程ほどに!」
「はい! お願いします!」
レンは大の字に寝転がって体を休めた。中央に向かって高くなっている天井を見上げて、息を吐く。
「みんなどこいったんだよ~」
「やっぱり待機していましょうか?」
「ん~……」
その時、どこからか悲鳴のような音が聞こえた気がした。
「誰か向こうにいんのか!?」
「ど、どうしました?」
「なんか叫び声みたいなの聞こえたんだよ!」
「私の耳では聞き取れませんでしたけど……」
「あっちだ! 行こうぜ!」
「ま、待ってください!」
「これはあたしの獲物だったでしょ! だから、あたしの!」
「でも、最終的に仕留めたのは私じゃない。なら、報酬をもらう権利は私にあると思うんだけど?」
「フェリたん強情~」
「あんたもね」
互いに一歩も譲らない。
十字路の真ん中で揉める二人。四方向に広がる道には巨大なサソリが死屍累々として、見るに堪えない。また、こちらの争いも見るに堪えなかった。
「だってさー、こっちの二列はあたしで、そっちの二列がフェリたん、って決めたじゃん!」
「そうだけど、苦戦してたでしょ?」
「してないしー! ちょっと場所的に手間がかかってただけって言うかー」
「それを苦戦した、って言うんじゃない」
「違うしー! もー! 昔のフェリたんなら譲ってくれたのにー!」
フェリシアは急に鋭い目つきになる。
「な、何? やるの?」
少し驚いた様子のビビの頭上目掛けて、フェリシアは剣を横に切った。
「ひゃっ!? ちょっと! ホントに殺す気!? ……!?」
ビビの頭に生臭い液が降り注ぐ。真っ二つに裂けた巨大サソリ、上半身と下半身がビビの両脇に落ちた。
「うへぇ……」
「私のでいいわね?」
「はい……」
一定の距離を保ったまま、イッキとツクノは会話する。
「味方? そんな言葉信じられるか」
「あー……まぁ、そうだよなぁ。でもよ、お前一人ここら辺ぶらぶらしてたら、ぜってー死ぬぞ?」
否定できなかった。それは紛れもない事実だろうから。
「だったら方法は一つだ。俺らと一緒に来い」
「……俺がそうしたとして、お前らに何かメリットはあるのか?」
ツクノは静かに笑って答える。イッキは気を引き締めた。
「あぁ、あるぜ。俺が楽しめる」
「……はぁ?」
つい嘆息を漏らしてしまう。
「いや、なぁに、別に変なことはしねぇよ。ただ、そっちのこいつに関して、色々と聞いてみたいと思ってな」
ツクノは彼の後ろにいるカンナを指さして言った。
「それ……だけ?」
「それだけだ」
イッキは警戒心を解こうとはせず、むしろ、それを強める一方である。
「あ~……そうだ、もう一つ良いことあんぜ?」
また、楽しそうな顔をして彼は言った。
「お前を元の世界に帰してやる」
ゴールデンウィーク!
お疲れ様です。作者でございます。
連休ですね! まぁ、あと一日しかありませんが……。
人によっては九連休というものも存在するようで、羨ましい限りでございます。
しかしながら、私ども学生は毎日が休みと言われても仕方のない堕落した生活を過ごしていますので、連休が長くても短くても、変わらない気がしますけどね。
さて、本編についてですが……迷宮編に突入しました!
もちろん、いつものごとくノープラン! 書きながら考えます!
楽しいから頑張れる、そう思いますね。
では、また次回!




